片時も休まらないのがネズミ生ってやつ
とにもかくにも、寝室から離れないことには始まらない。僅かに開いた寝室の扉から顔を覗かせ、再び指指し確認を行う。
敵影なし、少女はいない……よし。さっさと行こう。ルートを思い出しつつ、常に死角になる四隅を駆け回るように移動しながら周囲に目を配る。
一般的な木造建築で、家電らしきものが全く置かれていない。テレビは愚か、食糧を保存する冷蔵庫、お湯を沸かすポット等の家具も見られず、地面には電気を流す為のコードが一切敷かれていないのだ。
灯りは篭に入れられた電球……というよりもランタンか。家全体を照らすには心許ない小さな灯りが、テーブルの上や壁に点在している。
……ちょっとここが現代かどうかすら怪しくなってきた。流石に電気が無いっていうのは想定外だったよ。あったとしても使わないんだけどな。なんせ私はネズミだし……私はネズミ私はネズミ。
ま、まあまだ進んでないどっかしらの国なら未だ自給自足を営んでる村人がいたとしてもおかしくはないがその時点でここは日本じゃない、間違いなく外国だ。
それもかなーり遠方の田舎の方で、まさに虫やネズミといった害虫害獣の温床である。私だったらこんな所住めないよねえ。不便だし汚いし。
───とまあ現に私はその恩恵に預かってるわけだが、そこを気にしたら負けである。首を振って邪念を振り払い、私は力一杯部屋中を駆け回った。
食卓を囲む横長なテーブル以外の遮蔽物が殆どなく、寝室以上に周囲に気を配らなくちゃいけない。
それこそ突っ立ってれば即座に見つかるくらいには広々としているし、おまけに私の姿は真っ黒な皮膚に白い包帯と色彩は地味だが色が浮いて見える分非常によく目立つ。
生まれは選べないというし仕方ないんだけどね、やっぱイエネズミにしても普通に産まれたかったというのが本音かな。多分ハウスラットなら茶色の木の床に同化してそこまで目立たないはずだし。
あとなにより包帯鼠マミーラットが単純に可愛くない。不気味で、長年放置された廃墟とかで蛆と一緒に沸きそうな見た目をしているし、片目は完全に包帯で覆われている。
(...。)
もうこれが夢だった──なんて甘い考えはしない。それほどにシロアリとの戦闘で感じた痛みや、少女に見つかりかけたことで高鳴った心臓の鼓動、シロアリの味や食感は過剰なまでに現実味を帯びていた。
私は本当に、鼠に転生したわけだ。果たしてこれを仕方ないかと割り切って良いものか分からないけど、駄々をこねる暇は無さそうだ。
「……。」
(……。)
なんせ今、お爺さんと目があっているんだから。
「○※△□────!?!?!?」
ゴンッ!!
ひいっ!?そんなお爺さんの杖攻撃!私はひらりと身をかわした!
というより外したな。すんでのところだったがなんとか当たらなかったようだ。
私の目の前にいかにも固そうな木の杖が頭上から差し込む光に照らされ、「次は仕留める」と言わんばかりに反射して輝いている。
・・・危ねえ。死にかけたわ。
安堵している私に向けてお爺さんは再び杖を振りかぶり、私目掛けて容赦なく杖を振り下ろした。
私の元いた地面を捉えた、ゴンッという鈍い音が響く。これは餌どころじゃねえ、とにかく退散だ退散。このままだといつ当たるかもわかんねえし、万が一当たったらひとたまりもないわ。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
爺さんは言葉になってない叫び声を上げて杖を振り回し半狂乱といった感じになっていたが、目はしっかりこちらを向いているのだから怖いことこの上ない。
……ゴンッ!
(危なっ……!)
ゴンッ!
(ひっ……)
ドンッ!ドンドンダン!
私はというと、頭目掛けて振り下ろされる杖を必死に避けながら脱出の糸口を探していた。
爺さんの方も拉致が明かないと察したのか、次第にピンポイントな点攻撃から杖を剣に見立てた柄攻撃へと変化させていく。
このまま予測不能な攻撃が続けばいつ当ててくるかもわからん。それにいくら相手が年配とはいえ、私からすればその攻撃の全てが致命傷といっても過言ではないだろう。
幸い爺さんの動きは遅いから、不規則な高速ダッシュでなるべく歩かせるプランで行こう。ご老体には悪いけど、こっちも命かかってんだ。
ようやく現実を受け止められた手前、こんな所で死んでられるかっての。
こいよ……このクソジジイ!!
「くぁwせdrftgyふじこlp」
爺さんが理性のない獣らしい叫びを上げ、まっすぐ杖を振り下ろす。年期の入った厳格な顔付きからだろうな、随分様になってるよ。
【緊急回避.Lv1を習得しました。】
私はスキル獲得通知と共に瞬時に真横に跳んで杖を回避した。それなりに速いけど全然避けられる、問題ねえ。
「……グオオオッ!!」
どうやら立った状態で無理な体勢をしたツケが来たらしい。爺さんはその場で腰を曲げた状態のまま、鬼の形相で恨めしそうに私を睨み付けて苦しそうに呻き声をあげていた。
動けないのが分かっていても結構怖い顔だこと。偏見でしかないけど剣道の師範代とかしてそうだ。
横凪ぎでこられたら当たってたかもしれないけど、単純な振り下ろしで助かった……にしてもとにかく一度撤退だ、椅子に乗ってテーブルに乗って……確かクローゼットにジャンプだな、届くかな。
いや、なんのために動物やってんだ私。このくらいの段差、飛び乗ってやるわ!
【ハイジャンプ.Lv1を習得しました。】
テーブルからクローゼットの上までハイジャンプで飛び移り、階段状に並んだ高い棚へと登っていく。
これで無事、巣まで帰還できた。とにかくマザーから餌をクレクレしないと。
えーと……マザー、マイマザー……ッ!!
『チー……。』
すんなりマザーは見つかった。だけどさマザー、その口に咥えてるモノは一体なんだい?パッと見、ベビーの下半身に見えるんだけど気のせい?
『チィィィ……』
あっ気のせいではないな、うん。それでさマザー、何でそんな目で私を見るんですか?まさかとは思うけど、食べるつもりではないよな?
『ペッ!!』
マザーが首のないベビーを吐き出し、すっと後ろ足で立ち上がった。そして彼女から圧のようなものを感じ、黒い背中の毛が一気に逆立つ。
『ヂャァァァァァッ!!』
あろうことか自分の身体にくっついていたベビーを振り落としたマザーが、唸り声を上げてこちらに全速力で突っ込んできたのだ。
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