5. 想定外、そして変化
第44話 不運な事故
放課後、学校から少し離れた場所にある競技場にて、陸上部の面々は夏大会に向けて練習に励んでいた。
三年生は最後の大会だからと気合いを入れており、その気合いに負けないようにと一、二年生も頑張っている。そのためか、部員全員のやる気は最高潮になっていた。
まずは全員でストレッチやアップをし、それからはトラック競技とフィールド競技に分かれて別々の練習をする。
競技ごとに練習メニューが分かれたところで、後ろから同じ競技を専門としている先輩に話しかけられた。
「頑張ってるな、
「はい。先輩たちに負けてられないので」
「おっ、俺だって今回は負けないからな。後輩に負けた先輩のまま引退するわけにはいかない」
「望むところですよ、先輩。じゃあ一本、一緒に走りませんか?」
「おう、もちろん受けて立つ」
俺たちは同時に、スターティングブロックに足をかけた。そして他の部員のスタートの合図とともに、思い切りスターティングブロックを蹴る。
100mを気持ち良く走り終えると、少し遅れてゴールした先輩が息を切らしながら近づいてくる。
「……やっぱり速いな、さすがは関東大会出場者」
「ありがとうございます。でも、こんなんじゃ満足してられませんよ。俺より速い奴なんて、そこら中にたくさんいますから」
「……そうだな。京也、もう一本一緒に走ってくれるか?」
「もちろんです」
それから俺たちは合計で四本100mを走り、一度休憩することになった。
水分補給をするべく、水筒を置いている場所に向かう。水筒の中に入っているスポーツドリンクを飲み、トラックを一生懸命走っている他の部員を眺める。
「お、やっぱり
八重樫は1500mと3000mを専門とする、長距離の選手だ。
少し長めのポニーテールを左右に揺らしながら、長距離を走っているとは思えないスピードでトラックを走っている。後ろには八重樫を追いかける人が散見されるが、トップを走っている八重樫とは距離がすごく離れている。
「すご……体力オバケかよ」
八重樫以外の人は彼女に付いていくので精一杯なのか、もう息が上がっているように見える。
対して八重樫は、まだ全然余裕そうだった。遠くから見ても分かる、圧倒的な差。さすがとしか言えない。
「…………あれ?」
八重樫の走りっぷりを見て感心していると、彼女の動きが少しおかしいことに気が付く。
先程までは勢いよく走っていたが、どんどん失速していき、左足を引きずって走っているように見える。
するとその数秒後、八重樫はフィールド内に倒れるように膝をついた。
「……っ! 八重樫!」
異変に気が付いた人たちは、一斉に倒れている彼女に近づいていく。俺も急いで向かうと、そこには息を荒らげながら左足を押さえている八重樫の姿があった。
「おい、八重樫! 大丈夫か!?」
「……ちょ、ちょっと左足、捻ったかも……」
えへへ、と苦しい表情を見せてから笑顔になる八重樫。
「ちょっと見せてみろ」
「……え? う、うん」
スパイクと靴下を脱がすと、八重樫の乳白色の足が露になる。しかしその乳白色だったであろう足首が、濃紫色に変色していた。
「恐らく捻挫だな。これはもしかしたら……」
夏大会は棄権した方がいいかもしれない。春の県大会で惜しくも予選落ちしてしまった八重樫は今度こそと意気込んでいたが、今回は棄権せざるを得ないだろう。
軽度でも、治すのに一週間から十日はかかる。一週間後に大会を控えているため、さすがに出るのは厳しそうだ。
「とりあえず冷やさないと。誰か氷を用意してください」
「は、はいっ!」
俺の指示を聞いた一人の後輩は、急いで氷を取りに保健室へ向かう。
じゃあ俺は……。
「…………え? な、なに? どうしたの、
「どうしたのって、お前を運ぶんだよ。観客席の方に」
「でもそれって……」
「その足じゃ歩けないだろうし、お姫様抱っこよりかはマシだろ」
「みのりんに悪いよ……」
「
俺は八重樫を背負うために、背を向けて片膝座りしていた。
彼女がいる、というのは関係ない。それで怪我人を放っておくほど、俺は最低な人間じゃないからな。
「じゃあ……うん、ありがと……」
そう言って八重樫は俺の肩に手を置き、背中に乗ってくる。俺は落とさないように気を付けながら立ち上がり、観客席の方へ向かった。
密着しているせいか、八重樫の吐息を嫌でも感じてしまう。それは妙に色っぽく、同時に彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐってきて変な気持ちになってしまいそうだ。
…………こんなこと言ったら絶対実莉に殺される。死んでも言わないようにしないと。
無事に落とさず八重樫を観客席まで運び、ゆっくりと足に負荷をかけさせないように下ろした。
「……ありがと、飛鳥馬くん」
「全然いいけど、大丈夫か?」
「……うん、なんとか。それより飛鳥馬くんも大丈夫?」
「え、なんで俺?」
聞かれている意図が分からず思考を巡らせるが、やはり答えは出てこない。
「だってさっきの状況、みのりんに見られたら飛鳥馬くんただじゃ済まないと思うよ?」
「うっ……」
「ふふっ、大丈夫だよ。言わないから安心して。本当にありがとうね」
「お、おう……」
正直あまり信用はできないが、信用するしかないだろう。
その後、後輩が氷を持ってくるまで八重樫と談笑し、しばらくして八重樫は先生に連れられて病院へ向かったのだった。
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