バイティドッグス!~エクソシストにやられる専門のモンスター軍団とは俺たちのことです~
森ノ宮はくと
第1話 出会い
「かんぱーい!」
俺、大ヶ谷正吾は先月の誕生日で20歳になった。
他にも20歳を迎えた友人たちと共に、初めての居酒屋へ来た。
これで大人の仲間入りか。
そう少しだけ緊張しながら、ビールを口に含んだ。
苦い。
そういえば、ビールは喉越しが美味しいんだと聞いた気がする。
思い切ってぐいっと煽る。
先程よりも少し、美味しいと感じることが出来た。
友人たちも、同じくビールだったり、レモンサワーやファジーネーブルなどそれぞれが気になったお酒を楽しんでいる。
初めてのお酒に、驚いたり感動したり、笑いが絶えない。
「次はどれにしようかな」
あっという間に1つめのグラスを空にした友人が、メニュー表を見る。
「大ヶ谷は何か気になるのある?」
「んー、そうだなあ。梅酒とか飲んでみたいかも」
「いいねぇ、俺もそうしよ。割り方とかあるな。ロックいっちゃう?」
「いっちゃえいっちゃえ」
「んじゃ、梅酒ロック2つっと」
友人がタブレットを操作して、追加注文を完了させる。
俺は、追加分が来る前にグラスを空けようと、ビールを煽るように飲んだ。
「良い飲みっぷりじゃーん」
正面に座ってるやつが、グラスをぶつけてくる。
「いえーい」
俺も、空のグラスをぶつけ返した。
それにつられて周りの奴らもグラスをこちらに当ててくる。
グラスの鳴り響く音がガチンガチンと響いた。
楽しい。
気分が上がっていく。
お酒のせいなのか、空気のせいなのか。
すごく、気分がいい。
梅酒が渡されて、口をつける。
どろっと熱い液体が喉を通り過ぎていく。
楽しい。
なんだか、歌って踊り出したい気分になってきた。
楽しい、楽しい、楽しい。
今ならなんでも出来る気がする!
楽しい!
歌いたい!
踊りたい!
皆も踊ろうぜ!
席から、立ち上がる。
皆が、悲鳴を出して逃げまどっている。
どうしたんだろう。
首を傾げる。
「お前、モンスターだったのか」
友人の一人が、ぼそりと呟いた。
はて?
俺は、人間だけど。
何を言ってるんだろう。
「ぐぉああお」
友人の名前を呼ぼうと思ったのに、うまく喋れなかった。
酔っちゃったのかな。
というか、何故か皆の背が小さくなっている。
俺の半分くらいの身長になってないか。
はて?
「こんな身近にモンスターがいるとはな」
友人が、銀色の銃を俺に向ける。
え、なんでそんな物騒なものを持っているんだ。
怖ぇよ、こっち向けんなよ。
そう伸ばした腕が、毛むくじゃらの丸太だった。
あれ?
俺、長袖着てたよな。
「叶山、お前それ」
別の友人が、銀の銃を向けてる友人の名前を呼ぶ。
「ああ、俺はエクソシストだ」
叶山が、銀の十字架を見せてきた。
社会で習った気がする。
人間の敵であるモンスターを倒してくれる組織。
それがエクソシストだ。
「大ヶ谷正吾、お前を排除する」
叶山が、ガチンっと銃から音を立てた。
え、俺打たれるの? なんで?
逃げ出そうと後ろを振り返る。
他のお客さん皆が小さい。
お店も小さくなっている。
なんでだ。
驚いて、動きを止めた。
その時だった。
「失礼! 人間共の宴会場はこちらかな!」
ズパンっと壊されそうな勢いで、引き戸が開かれた。
現れた男は、如何にも金髪碧眼の外国から来たであろう見た目をしていた。
「む。楽しそうな催しをしておるではないか」
金髪の男が、こちらへやってくる。
「ふむふむ。オーガか。お酒を飲んで楽しそうだな」
お、そうなんですよ。
めっちゃ楽しかったんですよ。
でもなんか不思議なことになっちゃってるんですよ。
「店主! 余にも赤ワインを用意したまえ!」
「へ、あ、はい!」
金髪の男が、俺の座っていた席に座った。
「そこのエクソシストくん、物騒なものをしまいたまえ。余興にしてもつまらん」
「……貴様、指名手配のジャック・ヴァンフィールドだな」
「おお、君のような赤子にまで名前が知れているとは、余も有名になったものだな」
「誰が赤子だ!」
俺でも聞いたことがある。
ジャック・ヴァンフィールド。
指名手配モンスター、吸血鬼の男。
この国に住んでる人は皆知っているはずだ。
人間の敵。夜に住むモンスター。
吸血鬼に狼男、鬼や河童などのモンスター。
かつて人間と戦争を起こし、今もなお、戦い続けている怪物たち。
指名手配モンスターの中でも、ジャック・ヴァンフィールドは特に有名だ。
彼は、1914年に起きた第一次人魔大戦の頃から戦い続けているモンスターだ。
「ここで討ち取ってくれる!」
叶山が、ジャックに向かって銃を打った。
危ない。
そう思って手を伸ばそうとするが、その手はジャック・ヴァンフィールドに止められた。
「う、うわあああっ」
銃弾がジャックの肩を打ち抜いたのか、血が吹き出す。
「青二才のくせにやりおるではないか! ここは一度退散だ! いくぞオーガくん!」
ジャック・ヴァンフィールドに背中を押されて、俺も歩き出す。
どうでもいいですけど、俺の名前はオーガではなくて大ヶ谷です。
あれ?
なんで俺の名前を知っているんだろう。名乗ったっけ。
「待て、逃がすか!」
叶山がもう一度、発砲した。
まずい。打たれる。
そう思って目をつぶった。
しかし、一向に痛みは来ない。
恐る恐る目を開けると、吸血鬼が蹲っていた。
ジャック・ヴァンフィールドが、腕から血を流していた。
「ここは余が引き受ける。君は早く逃げたまえ!」
俺の背中がもう一度押される。
店の外に出ろということだろうか。
でも、出入口が小さくなっていて、出られない。
頭を下げて潜ろうとしても、肩が扉と壁にひっかかった。
邪魔だなあ。
「ふぐんっ」
勢いを付けて踏み出すと、背後から悲鳴が聞こえた。
「はははっ! 見事な壊しっぷりだな、君!」
ジャック・ヴァンフィールドが笑いながら、俺の背中を叩く。
喜ばれてる。
俺は嬉しくなって、笑った。
「今日のところは、これで引かせてもらおう。さらばだ、人間諸君!」
ジャック・ヴァンフィールドに背中を押されて、俺は夜道を歩き出した。
どこに向かっているのかはわからない。
でも、嫌な感じはしなかった。
それよりも、俺が歩くたびに道の人が逃げていく方が不思議だった。
あと、人も建物も全部小さく見える。それも不思議だった。
俺、そんなに酔ってるのかな。
酔う程飲んでないと思うんだけど。
梅酒、美味しかったな。
もうちょっと飲みたかった。
あれ、なんで飲めなくなったんだっけ。
そんなことをぽやぽやと考えていると、「止まれ!」と声が聞こえた。
声の方を振り向く。
俺より背の低い男の人が2人いた。
どちらも、銃を構えている。
今日はなんだか物騒だ。
「ほう、もう到着したか。人間のくせに機敏ではないか」
「ジャック・ヴァンフィールドと、その配下のモンスターだな」
「平和のため、お前たちを排除する!」
もしかしてさっきの無銭飲食になりますか!?
だから狙われてるんですかね!?
そういえば、荷物はどこだろう。
財布がないと支払えない。
俺は、おろおろと周囲を見回す。
そこで気が付く。
俺の体はぶくぶくと大きくなっていて、全身が毛むくじゃらだ。
着ていた筈の服が破れて、その切れ端が毛にひっかかっている。
なに、これ!?
手も、足も、腹も、全て長い毛で覆われている。
こんなの、俺の体じゃない。
「ぐぉごあああ」
なにもわからなくて、誰かに説明してほしかった。
しかし説明を求めた声は、くぐもっているし言葉になっていない。
呂律が回らないほど酔っているのか。
どうすればいいんだろう。
泣きそうになった時、ふわりと良い香りがした。
「大丈夫。ここは任せて2人は先に言ってて」
長い髪の綺麗な人が、ぽそりとそう言って、横を通りすぎていく。
「やだー、お兄さんたち、めちゃ物騒じゃん。なにこれー! コスプレ?」
「な、なんだ貴様は!」
「俺たちはエクソシストだ! 離れてろ!」
「えー、そんなのどうでもいいよー。ねぇ、それよりももっと良いことしようよ」
綺麗な人の「良いこと」ってなんだろう。
あの人の声を聞いていると、なんだか頭の中がぽわんとしてくる。
「よし、今の内に行くぞ」
もっとあの人の声を聞いていたかったのに、ジャック・ヴァンフィールドに背中を押された。
ちぇ、つまらない。
「ま、待て。標的が逃げる!」
「いいから、いいから~」
男性2人に腕を絡ませると、あの人はずりずりと引きずって行く。
意外と力持ちだな。細いのに、どうしてあんな力が出るんだろう。
俺は、後ろを気にしながら歩いていた。
「よし、ここでいいかな。座って座って」
綺麗な人は、少し開けた道に男の人たちを座らせる。
そうするとくるりと回転して、彼等の正面に躍り出た。
それだけの動作が、すごく綺麗で、魅入ってしまう。
「ねえ、そこを歩いてるお兄さんお姉さんたちも聞いて行ってよ!」
綺麗な人は、よく通る声で道行く人に呼び掛ける。
「皆には特別に、ヒビキのコンサートを聞かせてあげるから!」
「む、もう始めるか」
ジャック・ヴァンフィールドが、顔をしかめた。
「オーガくん、耳を塞ぎたまえ」
ジャック・ヴァンフィールドに、そう指示される。
なんで耳を塞ぐんだろう。
俺もあの人のコンサートを聞きたいのに。
でも、俺は指示された通りに耳を塞いだ。
道行く人皆が、あの綺麗な人に釘付けになっている。
綺麗な人は胸に両手を当てて、大きく息を吸い込んだ。
そして、口を開く。
「ぼえ~~~~~~~~~~」
俺は、目を瞬かせた。
あの綺麗な人から出ているとは思えないほど、ものすごく、その、なんていうか。
音痴だ。
綺麗な人に釘付けになっていた人たちが、ばたばたと倒れていく。
え、倒れるほど音痴かな?
そう疑問に思ったけれど、離れている俺たちが耳を塞いでも聞こえるくらいの大声量だ。
それで倒れたのかもしれない。
「ふう、危ないところだった。余たちまで倒れるところだったぞ」
耳から手を話したジャック・ヴァンフィールドが、額の汗を腕で拭う。
そんな大袈裟な。
そう思うけど、やっぱり声にならなかった。
「さて、追手もいなくなったし、行こうか」
俺は頷いて、再び歩き出そうとする。
でも、足が動かなかった。
「む、どうした、オーガくん」
無性に、頭がくらくらする。
違う。胃がぐつぐつする。
気持ち悪い。
「おえぇえええええええっ」
「のわっ!?」
俺は、その場で盛大に吐いた。
*
道の端っこで、ジャック・ヴァンフィールドに背中を擦られる。
指名手配モンスターに介抱されるなんて、そんな珍現象が起きるとは思っていなかった。
人生何があるかわかったもんじゃない。
「オーガくん、水は飲めそうかね」
「う、はい。ありがとうございます」
あれ?
声が出せるようになっている。
俺は渡された水を一気に煽って、それから自分の体を見た。
見慣れた人間の手に、足に、腹をしていた。
さっきまでのはなんだったんだろうか。
それを考える前に、自分の状態に気が付く。
「俺、裸じゃないですか!」
「ははは! そりゃ巨大化したら服は破けるだろうよ!」
俺の横で、ジャック・ヴァンフィールドが笑っている。
まったく笑い事じゃない。
俺は、小さく蹲った。
「ふむ。完全に人間に戻っているな」
ジャック・ヴァンフィールドが俺の匂いを嗅いでくる。
吐いた後だし全裸なので辞めてもらいたい。
「酒が入ってる時だけオーガ化するということかね」
オーガ。
そんなモンスターがいると聞いたことがある。
狂暴で知性が低くて、人間を食べる凶悪なモンスター。
俺が?
俺がオーガになるだって?
そんな馬鹿な。
両親は人間だし、俺だってずっと人間だった。
なのになんで、お酒を飲んだ途端にモンスター化するなんて話になるんだ。
というか、人間がモンスター化するなんて聞いたことがない。
モンスターは、人間を襲ったり食べたりする悪い奴らだ。
人間とモンスターは相容れない。分かり合えない。
だから、排除しなくてはいけない。
そのために、エクソシストが尽力してくれている。
そう、教わってきた。
「人間に戻ったなら話は早いな」
「え、うわっ!」
ジャック・ヴァンフィールドが、俺のことを片手で担ぎ上げる。
辞めてくれ! 俺は今、全裸なんだ! 丁寧に扱ってくれ!
「それでは、行こうか」
そういうと、ジャック・ヴァンフィールドは空高く飛び上がった。
「ひぃぃっ!」
ビルとビルの間を飛び跳ねるように、移動していく。
なんで俺は全裸で空を飛んでいるんだ。理解が追いつかない。
「君、下を見てみたまえよ」
ジャック・ヴァンフィールドがそういうから、つい、目を開けてしまった。
目を開けてみると、町がキラキラと光っている。
建物や街灯やモニター、色々なものがキラキラと光っている。
「これが、余と君が住んでいる町の、皆の営みの光であるぞ」
俺は、その景色に魅入った。
*
「さて、到着である!」
やっと地上に降りたと思えば、薄暗い路地裏のビルの前に居た。
看板も明かりも何もついていない、薄暗いビルは廃墟にも見えた。
「行くぞ、オーガくん!」
ジャック・ヴァンフィールドに手を引かれて、地下への階段を下る。
もしかして、俺はとんでもないことに巻き込まれているのではないだろうか。
知ってはならない裏組織に片足を突っ込んでいたりするのではないだろうか。
このまま売られるなんてこともあるのかもしれない。
どうしよう! なんで俺は大人しくついて来てしまったんだ!?
しかしそんなことを思っても後の祭り。
俺は大人しく指名手配モンスターに手を引かれるしかないのだ。
田舎の父さん、母さん、親不孝者の俺を許してください。
「お前たち! 余の帰還であるぞ!」
ジャック・ヴァンフィールドが勢いよくドアを開ける。
彼は、静かにドアを開けられない呪いにかかっているのかもしれない。
吸血鬼って呪いにかかるのか?
「そしてこれが本日の収穫である!」
そういって、俺が前に突き出される。
ああ、やはり売られるのか。
いや、モンスター相手だから食べられるのか。
先立つ不孝をお許しください。
「ジャック、そのガキ裸じゃないか! どうしたらそんな可哀想な状態で連れてくることになるんだい!」
俺が故郷の両親に祈っていると、真横を轟速で灰皿が飛んで行った。
ジャック・ヴァンフィールドは、それを片手で受け止める。
「仕方ないだろう。彼はオーガなんだ。巨大化した時に破れてしまったのだよ」
「お前のそのコートでもなんでも着せてやればいいだろうに!」
「ノン! コートまで含めてコーディネートである。余の偉大さを表現するには、靴下の一枚にも気を抜いてはならぬのだ!」
「知ったこっちゃないよ! まったく、これだから外の妖怪は」
先程からジャック・ヴァンフィールドと口論をしている女性に目を向ける。
喋り方が古めかしく感じられて、年上の女性なのかと思った。
しかし、あまり歳は変わらないように見える。
女性の中でも小柄で華奢な体格をしている。
髪は真面目そうな暗い茶色で、首の後ろで一つにまとめていた。
少し顔つきはキツく感じられる。
この人があんな勢いで灰皿を投げたとは思えないな。
そんなことをぼんやりと考える。
「坊主、名前はなんだい」
「え、あ、俺ですか?」
「他に誰がいるんだい」
あまり年が変わらなそうなのに、坊主呼ばわりである。
顔と言動が一致しなくて、少し混乱する。
「あ、えっと、大ヶ谷正吾といいます」
「大ヶ谷くんね。ちょいと待ってな」
そういって女性は、バーカウンターらしき場所から出てくる。
片手に包丁を持って。
「ひっ!?」
やはり俺は食べられるのか!?
しかしそれは杞憂で、女性は奥の部屋へと入っていった。
包丁を片手に持ったままで。
「彼女は、山友幸子さんだ」
ジャック・ヴァンフィールドが、彼女の名前を教えてくれた。
「ああ見えて400歳の山姥である」
「……400!?」
とてもそんな風には見えない。
山姥とも言っていたか。
モンスターは歳を取らないのか?
いや待て、山姥は老婆の見た目をしているのではなかったか。
では俺は茶化されているのか?
「れでぃの年齢を勝手に話すんじゃないよ」
山友幸子さんは、すぐに部屋から出て来た。
相変わらず片手には包丁を持っている。
そして反対の手には、洋服を持っていた。
「ほれ、これを着な」
「あ、ありがとうございます」
「ん」
俺に洋服を渡すと、山友幸子さんはバーカウンターの中へと戻っていった。
よかった。ひとまず命拾いをした。
そして俺は、有難く洋服を着た。
「あ」
「ん? どうしたんだね」
「俺、荷物を居酒屋に置きっぱなしにしてきちゃいました」
わけのわからないままに店を出て来てしまったから、何も持っていない。
荷物も服も何も持っていない。
正真正銘の一文無し状態である。
「それなら、回収しておいたよ」
ドアが開けられて、人が入ってきた。
「あ、さっきの……」
さっき道端で見かけた綺麗な人が、入ってきた。
いい匂いがするし、髪はさらさらのつやつやだ。
切れ長の目に、通った鼻筋。赤く彩られた唇。
見た目に負けないくらい声だって綺麗だ。
綺麗以外の表現方法がわからない。
モデルさんか何かだろうか。
「おお、でかしたぞ、響三郎! 褒めてつくぁっ!」
「本名で呼ぶなっつってんだろコウモリ野郎」
「い、いたっいたたっ! ツボにっ! 指がツボに入っておるぞ!」
ドキドキするくらい綺麗な人が、とんでもなく低い声でジャック・ヴァンフィールドの頭を掴んでいる。
俺の顔色はきっと、赤から青に変わっていた。
「僕は、魚沢。ヒビキって読んでくれると嬉しいな。セイレーンのクォーターです」
「あ、あの、聞いてもいいんですか……?」
「うん、何かな?」
「男性、なんですか……?」
「ああ、これ?」
ヒビキさん、と呼んでおこう。
ヒビキさんは、ジャック・ヴァンフィールドを放して、履いているスカートを摘まみ上げる。
「これは、趣味で着てる服。可愛いでしょ?」
「あ、はい。大変お似合いです」
うっかりときめくくらいには、女性の格好がとても似合っている。
「こいつは女装趣味の変態で、セイレーンのくせに音痴なのだ。あまり近付かぬ方が身のためだぞ」
こそこそと、ジャック・ヴァンフィールドが耳打ちしてくる。
「その変態音痴のお陰で逃げ切れたのはどこのどいつかな、ねぇ?」
「ヒビキ殿のお陰である!」
「うん、よろしい」
いまいち関係性がわからないな。
2人の、いや3人の繋がりがわからない。
そして俺が連れて来られた理由もわからない。
「ジャック、無事に連れて来られたんだね」
奥の部屋に続くドアが、そっと開けられた。
その隙間から、大柄の男性がこちらを覗いている。
「おお、レオ! こっちに来たまえ!」
ジャックが嬉しそうに、手招きをする。
手招きというか、その体勢は犬を呼ぶときの体勢ではないだろうか。
けして大柄の男性を呼ぶ体勢ではない。
「ジャック……俺、今は人型だから……」
「む、それもそうか」
「それよりも、その子に説明してあげた方がいいんじゃないかな?」
「おお! それもそうだな! レオは賢いな!」
「はあ? まだ説明してなかったの、ノロマ」
「これから説明するのだ! 魚野郎は黙っておれ!」
ジャック・ヴァンフィールドとヒビキさんが、睨み合っている。
「おまえたち、喧嘩するなら外でやりな!」
幸子さんの怒声が響いて、何かが飛んでいく。
ジャック・ヴァンフィールドとヒビキさんの間をすり抜けたそれは、出入口の木製のドアに刺さった。
包丁だった。
ヒビキさんが、降参というように両手を上げて離れていく。
ジャック・ヴァンフィールドは、こほんと1つ咳ばらいをした。
「それでは、紹介しよう。大ヶ谷少年」
ジャック・ヴァンフィールドは、コートをばさりと翻した。
「我々は、か弱きモンスターを守護するもの」
吸血鬼の牙が、電灯でキラリと光った。
「バイティドッグスである!」
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