第23話:提案された契約




 以前のマリアンヌと同じ生活を1ヶ月もさせると、シモーヌは体調を崩して寝込み、ケヴィンは5キロ痩せた。

 当時のマリアンヌは、そのような状態でも無理矢理使用人に叩き起こされ、奴隷のように扱われていた。

 ここから何年も、骨と皮になり棺桶に片足を突っ込むまで、本来はその生活が続くのだ。

 それに同じと言いながらも、実際にはマリアンヌよりも遥かにまともな生活だった。


「これでケヴィンも自分の行いを自覚したでしょう。質素倹約ではありますけど、貴族らしい生活はさせてあげましょうか」

 マリアンヌは寝る準備をしながら、使用人達に告げた。

「奥様は甘過ぎます」

 モニクは悔しそうに呟くが、マリアンヌはケヴィンを殺したいわけではないのだ。


「これからは、私は好きな事をして過ごすわ。勿論、子供も産むわよ」

 モニクの口元がとても嫌そうにへの字に歪むのを、鏡越しに見たマリアンヌは笑う。

「ケヴィンの子供なんて産まないわよ。どうせなら優秀な遺伝子を貰うわ」

 マリアンヌはとても蠱惑的に笑った。




 翌日、朝食の席には三人分が用意されていた。

 ただし内容は、使用人の食事より少しマシな程度だ。

 それでも久しぶりの温かい朝食に、ケヴィンとシモーヌは喜んだ。

 食事を終えると、三人は応接室へと移動する。


「これからは、普通に生活しても良いですよ。その代わり贅沢は出来ません。理由は解りますね?」

 マリアンヌはシモーヌをチラリと見る。

「はい」

「解ってます」

 二人は素直に返事をする。

 そこで「自分は関係無い」と言う程、ケヴィンは愚かでは無くなった。

 前のケヴィンであれば、絶対に言っていただろう。

 教育の賜物たまものである。



「さて、後継者も居りますし、今もちゃんと頑張っているようですね」

 まだ成果は出ていないが、二人は毎晩はげんでいるようである。

「これから夜会など、公の場以外ではお互いに不干渉としましょう。女主人としての仕事はちゃんとしますので、それ以外は私のする事に、絶対に口出ししないでくださいね」

 マリアンヌは書類をテーブルへと並べた。


 公の場では、仲の良い夫婦を完璧に演じる事。

 ケヴィンを含むジェルマン侯爵家の人間は、別邸への立ち入りを禁止する事。

 屋敷内の事は、一切外へ漏らさない事。

 マリアンヌのする事には、これから絶対に口出ししない事。

 マリアンヌの産む子は、ジェルマン侯爵家とは無縁とする事。


 書類には、そのような内容が正式文書の小難しい言い回しで書いてあった。


「マリアンヌの産む子は……?」

 ケヴィンが書類から顔を上げてマリアンヌを見る。

「俺の子をどうするつもりだ!」

 ケヴィンが怒りをあらわにするのを、マリアンヌは嘲笑で受け止めた。



「嫌だわ。私、貴方の子なんて産まないわよ」

 マリアンヌが虫でも払うように手を振る。

「後継者も居て、第二夫人も居るのに、私に女主人としての仕事以上を求めないでちょうだい。私の子は、私の実家の伯爵位を継がせるわ」

「ジュベル伯爵家には、お前の兄が居るだろうが!」

 ケヴィンが両手でテーブルを叩く。


 身を乗り出してきたケヴィンの胸元を、マリアンヌは左手で掴んだ。

「本当に私の事に関心が無かったのね。母方の伯爵位が空いている事も、兄嫁が体が弱くて後継者を一人産むのも命懸けだった事も、説明したわよね?」


 男児が二人以上生まれたら、マリアンヌの母方の伯爵位を継がせたいと言われた事を、ケヴィンは薄っすらと思い出した。

 了承するつもりもなかった為に、その場では話を濁して終わらせてしまっていた。



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