第11話:第二夫人と後継者




 目の前の床に夫であるケヴィンと第二夫人のシモーヌを正座させたマリアンヌは、その後ろに執事とメイド長を立たせた。

 ケヴィンやシモーヌが嘘を言ったら、すぐに判るようにである。


「さて、確認しますわね。そこの第二夫人が産んだのは男児で、既に後継者として届け出ているという事で良いのかしら?」

 マリアンヌの質問に、シモーヌは頷き、ケヴィンは首を横に振る。

 ピクリとマリアンヌの片眉が上がる。


 反応して声を出したのはシモーヌの方が早かった。

「ちょっとどういう事よ!ジョアキムは侯爵家の後継者でしょ!?」

 横に座るケヴィンの腕を掴み、ガクガクとその体を揺すっている。


「私もその辺を詳しくお聞きしたいですわね、ケヴィン」

 マリアンヌがドレスの中で足を組んだ。

 令嬢としては無作法だが、支配者としてはとても良く似合っている。


 執事とメイド長は知らなかったようで、驚いた顔でケヴィンを見下ろしていた。



「こ、後継者はマリアンヌが産む子を……と思って」

 ケヴィンがボソボソと言葉を口にする。

「聞こえない!」

 マリアンヌが叱責すると同時に、ガツン!と大きな音がする。

 コッソリとモニクが用意したテーブルの上のサウンドブロックに鉄扇を打ち付けた音なのだが、床に座っている二人には、鉄扇でテーブルを殴ったように見えた事だろう。


「マリアンヌとの子を後継者にしたいから、まだ届け出てません!」

 ケヴィンが背筋をピンと伸ばして叫んだ。

「すぐに手続きをしなさい」

 ビシリと扇で顔を指され、ケヴィンは何度も頷く。


「ジェルマン侯爵家の後継者は、そちらの第二夫人が産んだ男児で決まりました。これで侯爵家は安泰ですわね」

 マリアンヌが口端を持ち上げてみせるが、目が笑っていない。

 これで一件落着とはいかないようだ



「そこの第二夫人、貴女はこれからも子作りに励みなさい」

「は?」

「良いですね。次の子が出来るまで、月のモノの時以外は毎晩です」

「何でよ!」

「それが貴女に出来る唯一のだからです」


 シモーヌは顔を真っ赤にして俯いた。

 確かに低位貴族出身のシモーヌでは、侯爵夫人どころか伯爵夫人としての仕事も出来ない。

 せめてそういう教育を受けてから嫁げば別だろうが、体で籠絡ろうらくして第二夫人に収まったシモーヌには無理だった。


「それ以外の仕事は私が行います。良いですね、一切の口出しは無用です」

 シモーヌには伯爵夫人、いては侯爵夫人としての権限を一切与えないと言っていた。


 自分の意思でドレスや宝石を買う事も、高位貴族の夫人として茶会に出席する事も、夜会に出る事も出来ないのだ。

 シモーヌはマリアンヌの許可がなければ、何も出来ない雁字がんじがらめの夫人となった。

 後継者を生んでいるので、瑕疵かしでもなければ離縁も出来ないだろう。



「病弱な正妻相手なら、好き勝手出来ると思ってました?残念でしたわね」

 マリアンヌはシモーヌの前まで行き、鉄扇でその顎を持ち上げる。

「持参金も払わず乗り込んで来たらしいわね。娼婦より性質たちが悪いわ」

 彼女達は引き際をわきまえているもの、とマリアンヌは笑ってみせた。



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