雨森弥太郎は騒がない〜真夜中に拾った少女〜
猫背族の黑
第一章 真夜中の少女
■コンビニ_店内/11/11/24:00■
「雨森〜、もう帰るんか?」
「帰りますよ、ゴンさんと交代ですから」
「深夜は客が少なくて暇なんよ、もう少し居てもええんやで?」
「時給でます?」
「出んけど、おもろい噂話仕入れたで」
「どんな話です?」
「ちょっとしたホラーやな」
「夜中に怖い話はちょっと遠慮したいですね…」
「まぁそう言わんと、損はさせへんで」
「時給出ます?」
「いや雨森君、いじわるやなぁ。貧乏店長を脅そうやなんて」
「脅そうとしてるのはゴンさんでしょ。電灯もろくに点いてない真っ暗な道をこれから俺は帰るんですよ?」
「まぁ、それは置いといて。最近この辺で事件あったやんか、大穴事件」
「あー…、ありましたね。それが何か?」
大穴事件。
一週間程前に近隣の住宅街で起こった事件だ。
確かニュースでは近隣の工事で地下水を抜いてしまった為に地下空洞が出来た事が原因だと報道されていた。
「あれな、穴を埋めるために深さを測ってるらしいんやけど、どうもうまくいってないらしい」
「何がです?」
「噂やと、底無しらしいんよ」
「え…まさかホラーの話って、ホラ話ですか?」
「そうそう。ほら、穴の話やから、洞穴、ホラー…って、なんでやねん!俺は真剣に話してるで」
「ゴンさん、俺、なんか急に寒くなってきました」
「そやろ、ホラーやからな」
「それでどのへんがホラーなんですか?」
「いやきみ、底無しって十分怖いやんか」
「まぁそうですけど、確かなんですか?」
「穴に石を落しても音が返って来ないらしいで」
「ふーん…、あ、そろそろアニメの時間なんで俺帰りますね」
「いやいや、もう少し先があるんやわ、録画してるんやろ?」
「…してますけど、早くして下さいね、俺も忙しいんで」
「世知辛いなぁ、そんなに急がんでも」
「かえ〜」
「分かった分かった!それでな、調査の人が穴の深さを調べるのにレーザーを使って計測したらしいんやけど、ハッキリとした数値が出んかったらしくて、少なくても100メートル以上の深さやないとかいう話しよ」
「それは危ないですね…」
「それと丁度そのへんからこの近隣で盗難が多発してるらしいわ」
「盗難ですか?」
「牛乳とかカルピスの置き配とか、洗濯物とか家庭菜園の野菜とか」
「田舎ですからねぇ、例年通り猿が降りてきて悪さしてるんじゃないですか?ところで、そろそろ落ちは?」
「え、いや、落ちないように気をつけて帰るんやでって話しよ」
「…お疲れ様でしたー!」
まだ話したり無さそうなゴンさんの残念そうな顔を横目に俺はコンビニを出る。
■■路上/11/11/24:24■■
ゴンさんと無駄話をしてしまったために帰るのがかなり遅れてしまった。
「はぁ、結局よく分からない話だったな」
大学生から初めたコンビニバイトも3年目、店長のゴンさんとは友達みたいなゆるい関係になっている。
都内の大学までは電車通学し、講義が終わればサークル活動などもせずにすぐに帰路につく。
夕方から深夜にかけて最寄り駅付近のコンビニでバイトし真夜中に帰る生活も慣れたものでコンビニ近くのアパートへは徒歩で10分とかからない。ベッドタウンで閑静な住宅街と言えば聞こえは良いが、駅周辺にさえ飲食店がまともに無い田舎が俺の住んでいる『ニュータウン・ニュー新宿』だ。
24時間開ける必要も無さそうなコンビニの現状だが、本社はそれを許してくれないとゴンさんが日々飽きずに嘆くほど深夜から朝方の営業は暇をもて余していた。
「帰り道に気をつけてってもなぁ」
こんな人気のない田舎で通り魔に
底無し穴のある場所も方向からして違う、特に地面を気にする必要もないだろう。
■■アパート/11/11/24:32■■
ぼんやり考えながら歩くとすぐに年期が入った木造二階建てのアパート前に着いた。二階の角部屋が俺の部屋だが、このアパートには俺の他に居住者は居ないので騒音問題を特に気にしなくて良いのが気に入っている。
空室が5部屋ある事になるがこれも時代なのか部屋が埋まる気配は無い。俺がこの街に来るまでは他の学生も居たようだが、過疎化していく田舎の単身者向けアパートの現状はこんなもんなのだろう。
切れかかった蛍光灯を頼りに鉄骨の階段を登ろうとした時、違和感を感じた。何か視線のようなものを感じ辺りを見渡す。
「…気のせいか」
気を取り直して鉄骨の階段を登るとどうしても音が鳴る、深夜なので酷く響いた。
ゴンさんのホラー話で敏感になっているのだろう、寒さのせいもあり気持ちも萎えている。帰り際に買ったコンビニおでんを食ってさっさと寝よう。
「「あっ」」
黒髪ロング、青白い肌、上下黒の衣服の少女と廊下で目があった―――
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