ネコのヨコ

渡貫とゐち

ネコのヨコ

 大きな道路を挟んだ反対側の歩道へ移動したいようで、ガードレールの隙間から左右を窺っている青猫がいた。

 彼(彼女かも?)は、ひっきりなしにやってくる車の多さに、既にお尻を地面につけて、動きがないようにも見える……。

 ないだろう車の切れ目に、しかしほんの少しだけ、期待しているのだろうか……。


「ないよ」


 私は屈んで、その青猫に語りかける。

 気づいた彼が首だけを回して私を見た……、近寄った段階で逃げないところを見ていたので、警戒していないのか、人懐っこいのか……。

 声をかけたからと言って驚いて逃げてしまうということはなかった。


 猫によってはびっくりして、道路に出てしまい、そのまま轢かれてしまうこともあるわけで……そうならないで良かった。


「ここは大通りだし、交通量が多いからね……、渡りたいなら歩道橋や地下道があるから、そっちにいきなよ。信号もあるけど……、押しボタン式だから、ネコには難しいかも……。

 良ければ押すけど、ついてくる?」


 言葉が分かったわけではないのだろうけど、私が立ち上がって歩くと、後ろをついてくる……、言葉は分からずとも、私の意図を汲み取ってくれたのだろうか……。

 だとしたら賢いネコである。


「車は無人だよ。今や、ほとんどの道路にレールが引かれていてね……車はその上を走っているだけ。等間隔に並んで走っていてね……、レールの切り替えと車間距離の判断で、お互いの車が安全を優先して道を譲り合っている……全部が機械で管理されているの」


 これは独り言だ……、

 だけど後ろをついてくるネコが頷いているようにも思えた。


「交通量が多い都市はほとんど移行が完了したかな……。私の実家の方は田舎だから、完全に移行はしていないけど……する必要あるかな? と思っちゃうけどね。

 田舎だから、交通量もそう多くはないし――」


 車を運転するのが好きなドライバー(そして都市では絶滅しているバイクなど)は、田舎に移動している……、懐かしい車道だが、自由に走れるサーキット扱いだ。


 都市の車道は、レールに乗った車しか移動できないため、プライベートの乗用車は乗り入れできない(となれば、バイクも、である。自転車は路肩にスペースがあるので、そこを通る仕様にはなっているが……、無人の車には遠慮がないので、隣をびゅんびゅんと走っていく……、かなり怖い体験をしたのが未だに忘れられない……)――今や都市の車移動は、無人タクシー、もしくは乗用車サイズの路面電車のようなものだろうか。


 全ての車が無人であり、仮に運転席に乗ったとしても、全ての操作は受け付けられない。大元の管理会社が設定を解除しない限りは、常に決まったルートを走り続けている……。

 たまにレールの仕様上、いけない場所もあったりはするが、その場合は『車の乗り換え』が必要になってくるが、案内は出るし、乗車賃も適宜、変わっていく。


 都市に住んでいれば嫌でも受け入れるしかない仕様だった……。

 未来的な進化、と言えるか……?

 まあ確かに、無人であることは未来の証明にも思えるし(でも田舎にも無人販売所とかあるし……機械で管理しているかどうかの違い?)、渋滞がなく移動がスムーズになったことを考えれば、昔からあった問題が解消されたと言えば進化と言えるのかも?


「にゃあ」


 とネコが鳴いた。

 目的地を変えたのか……そもそも反対側の歩道へ渡りたかったのかも曖昧だけど……、ネコは曲がって、大通りから離れていった。

 見えたのは細い道路だ。

 レールが引かれているが、交通量はそう多くない。左右を見て安全を確認すれば、遠い信号機までいかなくとも横断できてしまう道路だった。


「あ、ダメだよ」


 道路を横断しようとするネコを抱えて止める。

 手元でじたばたと暴れる青猫を逃がさないようにしっかりと……、数十秒こうしていると、諦めたのか、ネコがだらんと脱力させた。

 ……止めたんだったら、ほら、信号機まで連れていけ、と言わんばかりである。


 いいけどさ……、確かに左右を見て、走っている車がないから安全かもしれないけど、仮にタイミング悪く猛スピードで車がやってくれば?

 ……無人の車は人の横断程度で止まってはくれない――止まるように設定されていないのだ。


 車同士の衝突を最優先に回避するが、人間相手にそれは適応していない。なぜなら本来、そこは人間が立ち入る場所ではないからだ。

 ネコも同じく……、横断歩道を渡っている人間は認識するが、それ以外の場所で確認される人間は石ころと同じく……、自慢の堅いボディで突破する……。

 つまりルールを破り、横断した人間は容赦なく撥ね飛ばされるわけだ。


 いくつも前例があるが、無人の車に罪はなく、それを管理している会社にも責任はない。なぜかって? だってルールを破り、横断したのは人間本人だから。

 安心安全を保証するために設けたルールを破ったのだから、当然、こういう結末になるわけで……、想定していたでしょ? だ。


 轢かれてもいいから、横断したのだと思っていた……、あれ? 違うの?

 轢かれた本人と、そのご家族へ渡されるものはない……、保険も適用外だ。


 ズルをした末路は受け取るべきである。


 まあ、リスクを覚悟した上で得をしたいならいくらでも横断すればいい。


 轢かれて死んでも、賭けに負けただけなのだから……。


「生粋のギャンブラーなのかな……ま、私にはできないね……勇気がないもの」


 得られるものがどれだけ大きくても、失うかもしれないと思えば、たとえ小さくてもなかなか手を出しにくい。だったら安全に、堅実に……小さな得を積み重ねていく。


 それが一番、性に合っている。



 ―― おわり ――

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