第14話 ご褒美が欲しいシス
昼飯時は、太陽が真上に登り、ついでにシスのお腹がぐうううう、と面白いくらい大きな音を立てると訪れる。
今朝狩っておいた動物の肉の残りと、途中で摘んでおいたビワが今日の昼ごはんだ。シスはこれに、私の携帯食糧をひと粒追加する。それだけ詰め込んで、ようやくお腹が膨れるんだそうだ。
「血が飲めたらその方がずっと持ちがいいんだけどなー」
「そういうものなんだ」
「まあ、吸血鬼だしな」
そりゃそうかと思いながら、私はちょっと筋張った肉をもぐもぐと咀嚼し続けていた。固いけど、味はしっかりとあるし食べごたえもあるから、少量でもお腹は結構膨れる。
味気なくなることを覚悟していた食事についても、シスのお陰で概ね満足していた。あの時シスと出会って、本当に幸運だった。どうやら私って運がいいらしい。
しかしなんだってあんな所に転がってたの、とシスに尋ねたところ、答えはこうだった。
「集落から出てきて、腹が減り過ぎて寝転んでた」
常に腹を空かせている吸血鬼。それがシス。不憫な子だ。可哀想過ぎて何も言ってあげられなかった。だからと言って、血を吸っていいよなんて絶対言いたくないし。
野原にポツンと生えた木の下で心地よい風を受けながら食事を取っていると、ヒトを食糧扱いする亜人が闊歩する世界を旅してるなんて思えないほどのどかな気分になる。
今目の前にいるシスもその亜人のひとりだけど、今のところ最初の時以外は私の血を欲しがることはなかった。あの時あんなに欲しがったのは、私が出血していたからなんじゃないか。多分、血の匂いにふらふらっと引き寄せられた、とみてる。
そう考えると、迂闊に転んだりして血を出してしまうと、またあのギラギラした目で襲われる可能性が高い。怪我をしない様に気を付けないとだ。
素肌丸出しの腕と足を見る。十日間外を歩いただけで、白かったお肌が日焼けしてしまっているじゃないか。肩の傷はすっかり治ったけど、膝の傷はまだ残ったままだし。うら若き乙女の肌がどんどんボロボロになっていく。
可愛い弟のほっそりとした顔を思い浮かべた。そう、全ては小夏の為だ。お肌がちょっと荒れるくらい、それと亜人にデザート扱いされるくらい、目的の為ならなんてことないんだから!
口の中に残っていた筋を無理やり飲み込むと、パン! と両手を合わせた。
「ご馳走様でした! ……じゃあそろそろ」
私が立ち上がり掛けると、シスが私の手首を掴む。とっくに食べ終わっていたシスの顔は、いつになく真剣そのものだ。
「シ、シス……?」
「小町、俺……」
超絶美形が、乞う様な顔つきで私を切なそうに見上げている。ちょっと、まさか今更私に惚れたとか? 駄目よ、だって私はヒトだし、シスは亜人だし――。
「デザートが欲しい」
殴ってやろうか。顔面を正拳突きしたら気分が晴れるかもしれない。
「なんでよ。さ、行こう」
ぐぐぐっと腕を引っ張ってみるけど、シスはびくともしなかった。泣きそうな顔で、私に訴え続ける。
「だって! デザートにありつけたのって、最初の日だけだぞ! 少ない! 頻度が少なすぎる!」
その端正で男前な顔で、下唇を出していじけ顔を作らないでほしい。……可愛くって叫んじゃいそうでしょうが。
「あの時は! 怪我をしたからでしょ!」
私の腕で綱引きが始まった。何とか腕を抜こうとする私と、絶対に離すもんかと両手で縋り付くシス。この馬鹿力には勝てる気がしないけど、負けたら多分血を吸われるから、私も必死だった。
「小町に噛み付くの、俺がどれだけ我慢してると思ってるんだ!? もう滅茶苦茶頑張ってるんだぞ!」
なんと、シスの金色に輝く瞳が、潤み始めてしまう。泣きながら言われても。
「あのねえ! 血が減ると、ヒトって動けなくなるの! 少し血が出たくらいならいいけどね、あんたみたいにゴクゴク飲んだら、旅が出来ないから!」
私が怒鳴りつけると、シスの眉がぴくんと動いた後、腕を力任せに引かれてしまった。
「きゃっ!」
バランスを崩し転びそうになった瞬間、シスが地面に膝をついたまま、私を抱きとめる。
整いすぎて直視してるのが辛い顔が超至近距離にあって、私の心臓は全力疾走後みたいな状態になり始めた。その所為だろう、シスの鼻がスン、と小さく鳴る。視線が私の首辺りを彷徨いてるから、血の匂いがしてるのかもしれない。
「……沢山吸わないから」
「噛み付いたら止まらなくなるでしょ」
切なそうに顔を近づけるので、顔を背けた。
「もう駄目って思ったら、あの臭いのを掛けていいから」
「……」
そっぽを向いた私をその顔で覗き込むのはやめて。ていうか近いから。近い近い。
「小町、俺さっき小町をちゃんと助けたぞ。護衛の役割果たしてるだろ?」
「う、うん。あれはありがとう、だけど……」
何となく、シスが何を言い出すのか分かったかもしれない。
鼻と鼻が付きそうな距離で、シスが言った。
「だったら、助けたご褒美がほしい。俺、頑張った。小町、ご褒美ちょうだい」
「……くっ」
とうとう、鼻の先同士がくっつく。わ、わ、わあああああっ!
「わ、分かった! 分かったから離れなさい!」
シスの顔を両手で鷲掴みにして押すと、変顔になっているシスは、それはそれは嬉しそうに笑ったのだった。
……ああ。
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