第30話
ふわふわな雲のような柔らかさを足の裏に感じ、コルネリアは目を開けた。先ほど自室のベッドで横になったばかりだったが、今日はまだ満月の日ではない。
顔を上げるといつものようにふわふわのテーブルや椅子があるが、その上にご馳走はない。コルネリアが一番早かったようで、次々に水色衣の聖女の姿が現れる。
「ユーリエ様!ご無事でよかったですわ」
「コルネリアもね。まだ移動してる最中だけれど、私たちは無事よ」
ユーリエが穏やかに微笑んで言う。その顔はいつもよりも疲労感が強く出ていた。
ラウラやカタリーナ、リューイなど10名の聖女が揃うと、目の前に狼を従えた女神が現れる。いつになく表情が固く、怒りを感じた聖女たちは跪く。
「いつも苦労をかけていますね。これから、法国と帝国へは警告の夢を見させます。それでも、その2カ国に留まる人たちには、天罰が下されるでしょう」
天罰、という言葉に、コルネリアの体が強張る。
(――みなさん。夢を見てから逃げてくれればいいけど)
今まで治療をしてきた法国の国民の顔がよぎり、コルネリアはぎゅっと拳を握りしめた。
「コルネリア、カタリーナ、ラウラ。あなたたちの国は、第三王子を支持して法国を奪還するように」
名指しをされた聖女は、コルネリアを含めて驚いたように顔をあげる。カタリーナの国は大国であるものの、現在は法国や帝国と良好な関係を築いている。コルネリア、ラウラのいる国は小国であり、法国の奪還は難しいように感じられた。
「それは、戦争を起こせということでしょうか?」
コルネリアの言葉に、女神は真剣な表情のまま首を振る。
「いいえ。戦争にはならないでしょう。あなたたちの国はこれからちょうど一か月後に、法国へ兵をあげて入るようにしてください。戦いにもならないはずです」
(――ヴァルター様を説得できるかしら)
リューイなど個人を保護することと、兵をあげて他国へ入ることは全く意味が異なる。コルネリアはヴァルターへ何と言えばよいのか、と頭を悩ませると女神が初めて少し微笑んだ。
「戦いにはならないので、あなたたちの国に損害はありません。また、第三王子を支持してくれた3つの国に関しては、それぞれの王が在位している間は災害が起きないことを約束しましょう」
「かしこまりました。女神様」
コルネリア達が返事をすると、女神が頷く。
「今日は満月の夜ではありませんが、一時的に集めさせていただきました。これから私は法国と帝国のみなさんへ警告の夢を見せてきます。急に呼び出して悪かったですね。さあ、目覚めなさい」
いつもならば真剣な女神モードの後に、かわいらしい素の女神が現れるがこの日はそれはないようだった。女神は聖女たちにそう言うと、ぱちんと両手を鳴らす。その音を合図にするかのように、コルネリアははっと目を覚ました。
ぱち、とコルネリアが目を開けると自室だった。隣ではヴァルターが穏やかな表情で眠っており、外はまだ薄暗い。どうやら早朝に目が覚めてしまったようだ。
「今頃、法国のみなさんは夢を見ているんだわ」
コルネリアのつぶやきに、隣に寝ていたヴァルターの目がゆっくりと開く。
「コルネリア?起きてしまったのか」
「ヴァルター様。すみません」
体を起こしたヴァルターにコルネリアが謝ると、彼は首を振る。
「コルネリアの声で起きられるのは、幸せなことだ」
そう言って笑顔を浮かべると、そっとコルネリアの顔にかかっている前髪を触った。
「なんだか不安そうだな。第三王子のことか?」
コルネリアはすぐに先ほど見た夢の内容を伝える。ヴァルターは話を聞くと、少しの間黙り込む。
「なるほど。女神としてはサルシア国、ゲーラ国と連携して法国を奪還しろというわけか」
サルシア国はカタリーナ、ゲーラ国はラウラがいる国のことだった。ヴァルターは難しそうな表情を浮かべている。
「女神様の言う通りなら、一か月後に法国へ入れば戦争にはならないと言っていましたわ」
「戦いが起きないというのなら、それに越したことはないが。一度サルシア国王とゲーラ国王の意思も聞かなければ、この話は進まないな」
「そうですわね」
気が付けば何か国も巻き込むような、大きな話となっていた。
「おそらく今日中にはサルシア国王とゲーラ国王の耳にも、この話が入るだろう。一度、こちらから使者を送って三か国での会合を提案する」
「そうしてくださると、聖女として助かりますわ」
コルネリアがヴァルターに頭を下げると、彼はコルネリアの腕を引っ張って自分の体の上に倒した。
「きゃっ」
「顔色が悪い。この話はまた起きてから話そう。さあ、もうひと眠りしようか」
自分の胸の上にコルネリアの頭をのせると、優しい手つきで緑の髪の毛を撫でた。
「そんな。こんな状況で眠れるわけが、ありませんわ」
そんなことを言いながらも、しっかりと眠れてしまうのが図太いコルネリアである。頭をなでられているうちに目がとろんとし、すぐに眠りへと入っていった。
すやすやと自身の胸の上で寝息を立てるコルネリアを見てヴァルターは微笑むと、真剣な表情で天井を見つめる。
「ネバンテ国にとっては、良い転機になるかもしれんな」
そう呟くと大きなあくびを一つして、ヴァルターも瞳を閉じた。
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