第9話

 氷の壁がアナセマ達と自分たちを分かつ。

 アナセマはああ言っていたが、『鉄翼』のカイを相手に殺さず素早く、など容易な事ではない。

「こちらが早く終わらせる方が現実的でしょうか......」

「あら、心外ですね。私相手なら勝てるとお思いですか」

 エリフェンが考えを巡らせる最中、そんな言葉と共に鋭利な棘の生えた葉......に見える魔力の塊が無数に飛んでくる。

 それを魔力を纏った拳で払いながら、かつての模擬戦のように躱していく。

「いえ、どちら相手でも勝てるのですがあちらがどうだろう、と」

 彼女のそんな発言に気を良くする筈も無く、憂いを帯びた表情が段々と無表情になっていく。

「曲がりなりにも隊長なのでしょう?あなたが心配することなのですか?」

「我らの傭兵隊は特殊なんです。始隊長が命じれば5歳の子供でも隊長となるのですから」

 とある子供達の事を思い出しながら、魔力の葉を躱し続ける。

 するとあまり気分の良くない話を聞いたからか、それとも業を煮やしたのかは分からないが魔力の葉による攻撃が止む。

花の導リスタ・ラ・フロル。貴方のその黒い肌は、愛する心。貴方の棘が私を捕まえて離さないの。花言葉はそのなは束縛クロバラ

 詠唱の後、地面から生えてきた棘の生えた蔓が彼女を縛った。

 そして、縛り終えた身体から無数の蔓が腕のように伸びる。

「なるほど、捕まったら随分と痛そうですね」

「意外と気持ちの良いものですよ?植物に包まれるというのは」


 ______花の導リスタ・ラ・フロルという共通した詠唱の後、あの大きな本を開く。あの本に大きな魔力が集まっている所を見ると、彼女の魔証はあの本、あるいは本にある何か。

 彼女の持前の分析力は、ナナの幻創クオーレを少しずつ紐解いていく。

 そして無数の蔓がエリフェンを捕まえようと一斉に腕を伸ばす。

「持って来ておいてよかったです。これ」

 炎龍の炎袋。『業火絢爛』の隊長であるフェンの遺品をアナセマから受け取っていたのだ。

 詠唱もせず、魔力を込めただけの魔法の発動で蔓を焼き払う。

「そうそう、これですよ。やはり隊長の幻創クオーレがおかしいだけで、本来炎に弱いものをイメージする魔法はおとなしく炎に負けるべきなんです」

 炎をものともせず氷を放つあの隊長を思い浮かべながら、尚もこちらに向かってくる蔓を焼き続ける。

「可哀想......私のお花さん達......花の導リスタ・ラ・フロル

「させません。炎よ、その力を以て敵を討て!炎弾フレイム・バレット

 以前アナセマと戦った時とは比ぶべくもない、圧倒的な熱量の弾が放たれる。

「貴方の幻創クオーレの弱点、それは詠唱とその行動モーションの長さです」

 炎弾はナナを縛っていた蔓をいとも簡単に燃やし尽くし、その中にいる彼女にダメージを与えた。

 本は特別製なのか燃えはしなかったが、ナナは苦し気な表情で膝をつく。

「......全てを否定し」

 ナナは紡ぐ。ダメージを喰らい、膝をついて尚諦めなければ詠唱は止まらない。

 その時、まだ詠唱が続いていた事に初めて気づいたエリフェンが急いで炎による障壁を展開する。

花言葉はそのなは拒絶カーネーション

 金色の花弁を模した魔力の波が、エリフェンに押し寄せる。

 この密度では、得意の回避など確実に不可能だ。

「保ってくださいよ......」

 そうぼやき、彼女は詠唱を開始する。

「花に縋る、哀れな女よ。お前の力は歪な夢だ。本の世界で、永久とこしえに眠るがいい。枯れろ、雑草アンチマジック

 詠唱をしている間も、花弁が炎の障壁になだれ込んでいた。

 しかし間一髪、花弁の攻撃を喰らう事無くアンチマジックを発動することに成功する。

 ナナの持つ本から魔力が霧散し、花弁も消えてなくなる。

「私の花の導リスタ・ラ・フロルが......」

「一時的に無効化させていただきました。おとなしくしていただけますか」


 まさに絶望、という表情で本を見つめるナナを拘束しようと近づくと、氷の壁が砕ける。

「あぁ、そっちも終わってたか」

 その声と共に、氷で出来た紐のような物で眠った『鉄翼』を連れているアナセマが目に入った。

「ええ、大口を叩いていた割には遅かったですね」

「そうどやすな。飛んでる相手に氷を当てるのは難しいんだ」

 ______確かに、どうやって当てたのでしょう。彼が起きたら聞いてみますか。

「私の、私の本......」

 エリフェンが考えを巡らせている間にナナの悲しみが最高潮に達したようで、本を撫でながらぽろぽろと涙を流し始める。

 それと同時に、急激な魔力の増大が始まったのだ。当然、その中心は本を持った彼女だ。

 魔力の勢いに吹き飛ばされ、部屋の壁際に押し付けられる三人。

「おい、もう終わったんじゃなかったのか!」

「その筈です。彼女の幻創クオーレであるあの本を無効化して......」

 その時、彼女の魔力に当てられたのかカイが目を覚ます。

「ん......!?お、おい!お前ナナの本に何かしたのか!?」

 まるで、本を傷つけた事自体が問題だったかのように問う彼に、頷くエリフェン。

「あいつのアレはな、幻創力クオリアが高すぎて辺り一帯を草まみれにしないための枷みたいなもんなんだ!急いで止めねえと、この辺り全部植物で埋め尽くされるぞ!」

 彼の叫びと共に、ナナの付近から多種多様な植物の芽が顔を出す。

「凍てつけ!」

「炎よ、広がれ!」

 二人が氷と炎、相反する魔法が育った植物に降り注ぐ。

 太い茎が凍り付き、大きな葉が灰になる。

 しかし、植物を消し去る速度よりナナの生成速度の方が段違いに早い。

「お、おいおい!この拘束を解いてくれよ!俺まで草に飲まれちまうよ!」

「でも、何があっても俺達を止めるんだろ?残念だが肥料になってくれ」

 カイには死刑宣告を下し、焼石に水と分かりつつも草花を焼き凍らせる。

 ふとアナセマが凍った植物に目をやると、とある植物があることに気付く。

「あれ、フレニスの花か?」

「......フレニスの花は炎に反応して激しく燃え上がります。上手く使えば植物を一掃できるかもしれませんが、運が悪ければ部屋の酸素が無くなるどころか一緒に吹き飛びますよ」

 ______流石に奥の部屋にいるであろう子供たちの事も考えると、それは出来ないな。

「じゃあ火気厳禁だな。植物は俺が何とかするからエリフェンはあれをどうにかしてくれ」

「ちょっと待ってくれ!お前達に協力するからこの拘束を解いてくれよ!」

 カイは、会った時のような頑なさが無くなったように一心不乱に拘束を解こうとしている。

「どうしますか?」

「裏切られてもまた凍らせればいいだけだしな。わかった、じゃあとりあえず俺達を持ち上げて植物から遠ざかれ」

 アナセマはそう判断するや否や氷の紐を解除し、カイに捕まって詠唱を開始する。

 エリフェンもカイに捕まったまま、彼女の魔力を視る作業に集中した。

「え、俺お前達を担いだ状態でアレ避けるのかよ!?無理言うなって!」

 そんな文句も、二人にはもう聞こえていない。

 顔を掠める茨も、カイの無理な回避によって揺れる身体も。

 彼らにとっては些末な事だ。

六花千刃スノーブロッサム。からの氷結ロック

 エリフェンを打ち負かしたあの複合技コンボ。それでもなお植物の成長を一時的に止めるだけにとどまったが、それでも攻略法があるのとないのとでは大違いだ。

「雷よ、その力で痺れをもたらせ。麻痺パラライズ

 バチィッ!と大きな音が部屋に響く。

 氷の中に植物がいるのであれば、仮にフレニスの花であっても多少の電撃で引火することは無い。

 エリフェンの攻撃によって、ひとまずナナは気絶した。

 カイに降ろしてもらい、早速拘束を施す。

 ......危ない目に遭わされた恨みか、カイを縛っていた氷の紐より大分きつく縛ってあるが。


「で、気になることってのは?こいつの変化にも関係してるのか?」

 カイが突然、性格が変わったかのように自分たちを止めようとしなくなった。

 もとからこの様子だったのなら、もう少し交渉の余地があったようにアナセマは感じていたのだ。

「最初の違和感は、何があってもここを守らないといけないという、ナナさんの発言でした。その後、二人の魔力を視て確信に至りました。この二人は何かしらの方法でここを守ることを強制されていたのでしょう」

「洗脳、あるいは隷属か」

 いくら幻創クオーレを使う精鋭といえど、そういった魔法や魔道具に対して完全に耐性があるわけではない。

 何かの拍子に『この場を守る』という命令くらいならかけられてもおかしくないのだ。

「......そういや、依頼主から持たされてるものがあった」

 その言葉で思い出したかのように、カイがとあるものを取り出す。

 それはちゃぽちゃぽと音のする、黒く小さな立方体状の入れ物だ。

「これを肌身離さず持っておけ、と言われてた気がする。ナナも持ってるが、貰った時はこんな色じゃなかったはずだ」

「なるほど。少し待ってください」

 彼女は雑嚢から手袋を取り出すと、それを手にはめてナナの持ち物を検品していく。

 暫くして、薄く発光している白い立方体が発見された。カイのものと同じように、振るとちゃぽちゃぽと音がする。

「......恐らく、毒か何かをこの入れ物を通して与えていたのでしょう」

「おいおい、まじかよ。とんだ仕事掴まされちまったよ」

 傭兵をやめた、と噂されていた頃から洗脳されていたのだとしたら、そうぼやきたくなるのも無理はないだろう。

 こういった毒に詳しい者に見せる為に預かって良いかと彼女が問うと、預かるどころか貰ってくれと二度とその入れ物を見たくないような素振りを見せた。

「ところで、もともとこの入れ物はナナさんが持っている白い入れ物だったのですよね?いつから黒くなったとか、分かりませんか?」

 詳しいところに見せると言っても、情報が一切ないのでは分かることも分からない。

 可能な限り情報を得ようと、エリフェンはカイに根掘り葉掘り質問する。

 結果、昨日まではナナの物と同じ状態だったこと、エリフェンの眼から視て魔力の反応が極限まで薄くなっていることからとある結論に至った。


「多分隊長の幻創クオーレが何かしたのでしょう。捌番隊に見せれば喜んで研究してくれるでしょうから、ひとまずはここまでにしておきましょう」

「捌番隊?そういえば、壱番隊と弐番隊以外の担当を知らないな。あの陰険な隊長を見るに、壱が隠密だろ?で、弐番隊が隊の頭脳。毒がどうとかってことは、捌番隊は薬学担当か?」

 片方は寝ており、もう片方は降参しているとはいえ味方でもない者がいる状況で詳しい話をする筈ないでしょう、と諫めつつもこの任務が終わったら詳しく説明する事を約束するエリフェン。

「......聞いてもいいか?」

 そんな話をしていれば、誰でも気になるだろう。カイはどうせ負けているのだから、とあまり気負う事もせずに問いかける。

 エリフェンはアナセマを睨みつつも頷き、続く言葉を促す。

「お前達、一体何モンだ。『暗昏』の副隊長かと聞いたとき、今は違うって言ってたな。そっちのエルフも、幻創クオーレを使った様子も見せずにナナを倒した。どこの傭兵だ?」

 当然の疑問だ。

 二人だけの傭兵コンビとはいえ、共に幻創クオーレ使いなだけはあって情報には目ざとい。

 その二人が、少しの間傭兵をやめていた間に何があったのか。

 情報としてではなく、一人の傭兵として気になっているのだ。

「ほら、余計な事話すからこうなるんです。隊長が責任もって説明してください」

「っせ、わかってるよ。俺達は『調律師バランサー』だ。聞いたことくらいはあるだろ?俺は、それの玖番隊隊長だ」

「そして、私は弐番隊の副隊長です」


 ______沈黙。


 この人が呆けているのを待つ間も、『調律師バランサー』に入ってから増えたように感じるアナセマ。

 自分がカイと同じ立場であれば、唐突にこんな事を言われてのみ込める自信はない。

「あの伝説の......傭兵の方々だったんですね」

 目が覚めた様子のナナにも聞こえていたようで、彼女はカイよりも理解が早かったようだ。

「俺は最近入ったばかりの新人ニュービーだがな......まあいい、俺達は『調律師バランサー』の任務でここにいる。とりあえず洗脳も解けたようだし、おとなしくしていてくれないか」

「それが本当なら、上で感じた馬鹿げた魔力にも頷ける、のか?まあいいや、殺さないでくれるってんならおとなしくしてるさ。ナナ、具合は大丈夫か?」

 カイは理解さえ及べば、そう大きく驚いたりはしないようだ。

 既にこちらの事は視界に無く、相棒の心配を始めている。

「あー、じゃあ俺達はこの奥に用があるから。それと暫くしたらこの屋敷ごと吹き飛ばすから、それまでに移動しといてくれな」

 そう言い残し、アナセマとエリフェンの二人は奥の部屋へ向かった。

 その後、取り残された二人はドタドタと慌ただしい様子で屋敷から出ていくのが確認されたという。

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