調律師 -バランサー-

小鳥遊燦

第1話

調律師バランサー』。

 この世界には、その名を自称する傭兵団が存在する。

 莫大な金を払う事、依頼内容が気に入られる事。

 その2つの条件さえ達成すれば、どんな依頼でも請け負う傭兵団だ。


 天地を揺るがす大地震を起こした。

 都市を一夜で崩壊させた。

 原因不明の流行り病をとある地域にだけ発生させ、その地域の人間が全滅した。


 眉唾のような伝説だが、いずれも『調律師バランサー』の仕業だと言われている。

 当然、彼も都市伝説のようなものだと思っていたし、存在すらしないのではないかとも思っていた。

 今日、この日までは。


 △▼△▼△▼△▼△


『暗昏』は、ミュール帝国の依頼によってガルダ王国との戦争に参加している魔法傭兵団だ。

 帝国内では一、二を争う有名傭兵団でありながら、団員数は10人という超少数精鋭。

 特に、団長・マリーと副団長・アナセマが強力な術者で、特別な魔法を使えると言われている。

 本日の彼らへの依頼は、王国から送られてくる傭兵団の対応及び制圧だ。

 何年も続く王国との戦争も、そろそろ終わるのではないかと言われており、彼らの気も引き締まっている。

 帝国から南進した場所に位置する草原に、彼ら『暗昏』は陣取る。


 しかし、一向に王国の傭兵団の気配がしないのだ。

 情報が間違っていたのか、それとも、既に相手の術中に嵌っているのか......。

「アナー、そっちはどうー?」

「敵は居ない!それと、アナって呼ぶな!」

 アナセマは、マリーによる意図的に女性名に寄せた省略を指摘しつつもこの異様な雰囲気を感じ取っていた。

 明らかに______辺りの雰囲気が張り詰めているのだ。

 まるで、これから起こる出来事に怯えているかのように。

「おかしいと思わない?私の美しさに当てられてるのかな?」

 うっふんと手を頭に当ててセクシーポーズをする団長を無視しつつ、会話には返答をする。

「あぁ、生物の魔力が少なすぎる。まるで、何かの魔力に当てられているかのような感じだ。他の皆は大丈夫か______!?」


 ここでアナセマは気付く。

 数瞬遅れて、マリーもまさかといった風に口に手を当てる。

「俺たち以外の皆は何処だ......?」

 多少離れていたとはいえ、目に届く位置で警戒していた筈だ。

 まさか何も言わずに全員が離れたとも思えない。

 傭兵団のブレーンであるアナセマは、この異常に対応できなかった。

 団の中で培われた知識は、青年であるアナセマには間違いなく多様で、濃密であった。

 しかし、その知識が膨大であるが故に、全くの未知に対する思考の巡らせ方を学ぶに至らなかったのだ。

 彼の力が強大だったのもいけなかった。多少の無理も、彼の力なら問題なく通すことが出来たからだ。


 つまり、アナセマは......。


 どうすれば良いか考えるあまり、周囲への警戒を怠った。


「アナ、後ろ!」

「なッ!?」

 アナセマの影から這い出すように何者かの腕が伸び、その首を掴んだ。

「こちら影ノ壱カゲノイチ、目標を捕縛。始隊長を待つ」

 無機質な低い声が響き、少ししてこの腕の主から発された声なのだと気付く。

 マリーはそれを見て、即座に魔証を掲げる。

「動くな。お前たちの仲間は私の部隊が捕縛している。魔法を使えば一人ずつ殺していくぞ」

 そう脅しをかけられ、マリーは完全に停止する。

 そして、彼女が必ず動きを止めると分かっていたかのようにアナセマの影から男が這い出す。

 肌が褐色なところを見ると、ダークエルフだろうか。

 黒い軍服に身を包んだ長黒髪の男は、こちらを見据えて言った。

「私たちの隊長が直に来る。それまで動かない方が身の為だ」

「ぐ......」

 首を掴まれたままのアナセマは上手に息をする事も叶わずに、小さく咽ぶような声を上げながら抵抗を辞めるしかなかった。


 彼が抵抗の意思を捨てたのを見るやいなや、団長であるマリーも魔証を降ろした。

「アナにもう抵抗の意思はない。離してあげて」

「私がそれを信用するとでも?」

「仮に抵抗されても、どうにか出来るだけの力を持っているように見えるけど」

 彼女の言葉が事実だったからか、それとも他に理由があったのかは分からないが、男は何も言わずに首から手を離した。

「がはっ......はぁ、はぁ」

 身体が欲していた酸素をようやく取り込み、本来の落ち着きを取り戻していく。


「お前たちが、今回の標的だな?」

「王国に雇われた傭兵団か、という質問なら答えはイエスだ」

 アナセマはやはりそうか、と納得する。

 本来の傭兵団に対しての依頼であれば、帝国側の戦線に参加させ、帝国軍の手助けをさせるのが普通だ。

 しかし、今回は傭兵団一つを止める為だけに『暗昏』という有名傭兵団を呼び寄せ、かなり大きな額の金を動かした。

 つまり、帝国は何か情報を掴んでいた可能性が高い。

 それを悟ったアナセマは、自分の確認不足を呪って項垂れた。

「何が狙いだ?」

「待っていろと言った筈だ。始隊長が全て話す」

 見るに、この男がその始隊長とやらに寄せる信頼はとても大きい。

 十中八九、更なる強者だろう。そんな相手が、自分たちにどんな用なのか。

 今まで『暗昏』を率いてきた2人には、その問いに対する答えを出すことは出来なかった。




 暫くして、緊張で硬くなっていた身体も冷えてきた頃だ。

 今までピクリとも動かなかった男が、突然頭を下げたのだ。

「お、おい。どうしたんだよ」

「始隊長、こ奴らが目標の幻創クオーレ使いかと思われます。そちらのは目標ではありませんが、幻創クオーレ使いでしたので一応制圧せずにおきました」

 男は状況を報告を済ませると、頭を下げた状態のまま固まった。

 アナセマがその方向を見ると、先ほどまで誰もいないように見えていたその方向には、何かがいた。


「ハイエルフ......」


 銀色の髪に透き通った白い肌、金色の眼の女性がこちらを見据える。

 種族特徴として人間の5倍ほどの寿命が挙げられるエルフをして、寿命を全うした姿を拝んだ者はいないと言われている、エルフの上位種族だ。

 この存在が、呼吸をするのだろうか。

 そう思えるほど、独特のオーラを纏っている女性。

 亜神や精霊の類だと言われた方が、まだマシなレベルの威圧感だ。

 そんな彼女は、自らの喉に違和感があるかのように優しく喉をさすりながら言った。

「嗚呼ー、ア、あ、よし。ご苦労様、カゲマル。もう拠点に戻ってていいよ」

「始隊長、こ奴らは未だ敵にございます。軽々しく情報を口になさいませぬよう」

「うん、そうだったね。気を付けるよ」


 カゲマルと呼ばれた男は即座に女性の影の中に溶けてゆき、女性は神性を孕んだ瞳でこちらを見た。

「『暗昏』副団長、アナセマ。脅威的な氷の魔法を操り、君の討伐対象は痛みを感じる間もなく機能を停止する......。合ってるかな?」

 傭兵間で出回っている情報をかき集めたのか、世に出回っているアナセマの情報としては完璧だ。

 沈黙を肯定と受け取ったか、そのまま話し続ける。

「君が『暗昏』に入った経緯は、山賊に襲われて滅びる寸前だった故郷を丸ごと凍らせて、魔力を使いきって眠る君を『暗昏』前団長が見つけたことから始まったとか。この話は信憑性が低い情報だけれど」

「っ......!?お前、どこでその話を」

 声を荒げようとするアナセマに女性は静かに近づき、人差し指を彼の唇に当てた。

「その話が本当なら、君は類まれなる才能を持っていることになる。一つ、魔証を用いない幻創クオーレを使っている。一つ、幼い頃から膨大な量の魔力を持っている」

 少し強引な考え方とはいえ、実際に正解まで辿り着いている。

 アナセマは幼少期から膨大な魔力を持っていたし、幻創クオーレには魔証を必要としていない。


 とはいえ、このハイエルフの行動には疑問が残るのだ。

「だからって、敵対した相手をわざわざ捕えてまで何の用なんだ。お前達にとっては俺達なんて、簡単に殺せる相手のはずだ」

 カゲマルと呼ばれた男の洗練された動き、影から出てくるという特殊な魔法。

 あれも恐らく幻創クオーレだろう、とアナセマは推測している。なにせ強力すぎるし、見たことも聞いたことも無い現象だったからだ。

 そんな男が有無を言わさずに従うこの始隊長は、間違いなくここにいる全員を簡単に伸してしまう力を持っている。

 少し特殊な幻創クオーレを持っているだけの、ハイエルフである彼女からすれば赤子にも見えるであろう彼を生かしておく理由など無いはずなのだ。

「あら、まだ生きてる事に感謝されこそすれ、そんな言い方をされる道理はないと思うけど」

 拘束している身で何を、とも思うが彼女の言い分は正しい。

 アナセマ達は傭兵であり、捕虜となれば人道的に扱われる事が国際法によって保証される正規軍とは違う。

 その上、彼女達はガルダ王国から依頼されている敵兵である。即刻叩き斬られても何の疑問も無い。

「確かに、礼に欠ける発言だった。無礼を詫びよう」

 アナセマは軽く頭を下げ、自らの考えを改めた。

 これが彼の美点であり、若いと揶揄される部分だ。

 自らの命がかかっているこんな状況でも、己の糧になる知識を授かったり自らの誤りを指摘されればそれを改める。

 そんなアナセマを見たハイエルフは、思わず彼に抱きつく。

「あはは!随分素直で可愛いんだね。益々欲しくなっちゃう」

「ちょっ、私のアナ!」

 動く事を禁じられていたことも忘れ、マリーはアナセマに抱きつく彼女を引き剥がしにかかる。

「私の、婚約者様よ、は、な、れ、て」

「婚約?じゃあ、まだ可能性はあるってことだね。君、年上は好みかな?」

 ……これでは、幻創クオーレを使うタイミングを見計らっていた自分が馬鹿みたいだ。

 そんな感想を抱きながら、一言呟いた。

「勘弁してくれ」




 どうやら、ひとまず彼女に殺意が無い事は分かった。

 その証拠として、ソラと名乗った彼女は『暗昏』全団員の拘束を解除してくれたのだ。

「しかし、繰り返しになるが俺達に何の用だ?欲しくなる、とかどうとか言ってたが」

「そうだったそうだった。改めて、ボク達『調律師バランサー』は『暗昏』副団長のアナセマを我らの傭兵隊にスカウトするよ」

 アナセマは、彼女の言葉を噛み砕くのに少々の時間を必要とした。

 何せ、あの伝説とも呼ばれる傭兵団の『調律師バランサー』が実在し、このソラと名乗る女性がその隊長で、更にはその一員としてアナセマを招待しているのだ。

「あー......何かの冗談か?申し訳ないが、俺があの伝説の傭兵団にスカウトされているように聞こえたんだが」

「いかにも。ボク達の目的の為に、君の幻創クオーレが欲しいんだ」


 幻創クオーレ。それは、通常の魔法のように魔証に魔力を込めるだけでは使えない特殊な魔法だ。

 起こしたい現象のイメージに近い物体、例えば炎を起こしたいなら蝋燭、水を湧かせたいなら革袋を用意する。それを魔証と呼ぶ。

 魔証に魔力を込めることで大気中に漂うイメージの欠片、幻滓が集まり、そこに自分の起こしたい現象のイメージを混ぜ込むことで発生させる現象が、通常の魔法だ。

 しかし、幻創クオーレは更に難解に、複雑になる。

 まず、用意する魔証には非常に大きな思い入れがある必要がある。小さい頃から持っているアクセサリーだとか、親族の形見の品程には思い入れが必要だ。

 そこに、幻創力クオリアと呼ばれるイメージ力の塊と魔力を混ぜ込む。

 幻創力クオリアを混ぜ込む量が多ければ多いほど、魔証のイメージから離れた幻創クオーレを発動することが出来る。

 使用者のイメージに効果が大きく左右され、その多くは通常の魔法では発動できないことから重宝される技術だ。

 にも関わらず、幻創クオーレは使用者がとても少ない。

 何故なら、幻創力クオリアの扱いが非常に難しいからだ。幻創力クオリアは魔力を持つ者なら絶対に持っている力だが、意識的に動かすことがほぼ不可能。

 通常の魔法を使うときには無意識的に動かし、イメージ力としている。その感覚を上手くつかめるごく少数の上澄み、俗っぽく言うなら天才にしか使えない技術なのだ。


 とはいえ、世界中を探せば全くいないという訳ではない。

 であるなら、噂にささやかれているような幻創クオーレ使いを数多く抱えている『調律師バランサー』が、アナセマの幻創クオーレである『氷』など求めているはずがない。

 しかし......。

「君の幻創クオーレ、それは未だ進化していない」

「進化......?なんだ、それは」

幻創クオーレっていうのはね、新人君。魂と共に育つ魔法なんだよ」

 アナセマは、既に彼女が自分をメンバーとして迎え入れている事に嘆息しつつも質問を続ける。

「魂?魔力や幻創力クオリアを鍛えるのとは違うと?」

「厳密には違うね。幻創力クオリアを鍛えるのと近いけど、精神的に強くなる事が魂の成長には重要なんだ。そして、ボクの部下には君の幻創クオーレが進化した姿が見えたらしいんだ」

 顔も見たことのない相手が、自分の切り札の未来の姿まで見えているという荒唐無稽な説明も、彼女のような現人神じみた雰囲気によって説得力を増していた。

「......正直、俺の幻創クオーレを進化させるというのには興味がある」

「っ!じゃあ」

 彼の言葉に、嬉しそうに声を弾ませるソラ。

「だが、俺は『暗昏』の副団長だ。投げ出してなんて行けない」

「アナ......」

 不安気な表情をした婚約者に、少しはにかんで笑ってみせる。

 彼女は、こんな彼だから好きになったのだ。

 そんなピンク色の雰囲気を許す相手ではないという所が、2人が失念していた重要な部分だったのだが。

「何言ってるんだ。君は新たに結成される玖番隊の隊長、『終ノ玖ツイノキュウ』だよ。今のメンバー丸ごと連れて行けばいいじゃない」

「......は?隊長?」

「そう。部下の問題行動等には責任を持って貰うけど、一応人数の上限もないよ。君たちは少数の団だから大丈夫だろうけどね」

 アナセマの疑問はそこではないのだが、彼女には関係が無いらしい。


「じゃあ行こうか。ボク達の拠点に」

「ちょっと待て」

 話に水を差すのが好きだねぇ、と皮肉を吐かれる。

 しかし、彼にはとても重要な事なのだ。

「お前達、目的はなんだ?金じゃないだろう」

 そう、目的だ。

 盗賊まがいの目的なら、ここで仲間になるわけにはいかない。

 幼い頃から傭兵としてやってきた矜持というものが、彼にそんな疑問を抱かせた。



「君を手に入れた所で、やっと準備が整った。宣言しよう。我々『調律師バランサー』は、この世界から暴力を消す」



 先ほど喉を気にしていたとは思えない、凛と透き通った声。

 質問した本人であるはずのアナセマですら、少し呆けてしまった。

「あー、具体的に、どういう意味だ?」

「ふふ、簡単なことだよ。ボク達の力が圧倒的なんだと世界中に思い知らせて、戦闘行為を行った国からその愚かさを分からせていく」

 何故だか、アナセマは彼女の物言いに妙に得心がいった。

 つまり、戦争なんかしたくなくなるくらい、強い力を見せつけてやるということだろう。

「各国が協調し、俺達を攻撃してくる可能性は?」

 当然その可能性にも考えが及んでいるようで、自信満々の顔で続けた。

「そうならないように考えてあるけれど、最悪全面戦争も厭わない。ボク達にはその力があるからね」


 ......正気ではない。

 アナセマはそう思った。世界を相手に戦争をする?夢物語もいいところだ。

 しかし、ここでこの誘いを断ったところでどうなる?

 暴力を禁じられた世界で、傭兵として生きてきた己に出来る事はあるのか?

 それ以前に、脅威とみなされて殺される危険をどう避ける?相手は未来さきすら見えているのだ。現在いまの自分を捕まえることなど訳ないだろう。

 どうする......?

 隣では、未だ不安そうにこちらを見ているマリーがいる。

 ______惚れた女を不安にさせるようじゃ、ダメだよな。

「分かった。そのでっかい夢、付き合うよ」

「アナ、いいの?」

「あぁ。どうせ俺が居なくたっていずれやるんだろうし。それなら、当事者になってた方がマシだ」

 こうして、アナセマの幻創クオーレを進化させる為、そして世界から暴力を消す為に帝国屈指の傭兵団『暗昏』が、伝説の一員となったのだ。


「じゃあ手始めに、帝国を潰そうか」


 すまない、元雇い主。

 潰れて貰う事になるようだ。

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