幻想の撃鉄少女-バレットガール-~団長様なんだから私のハートを撃ち抜きなさいよね!~

龍威ユウ

第1話:日給100万円って明らかにあやしすぎる

 近年のソーシャルゲームが家庭版よりもずっと手軽にかつ、おもしろい者ばかりは増えた。


 何よりも無料で高クオリティーのゲームが、スマホと言う小さな機械一つで遊べるのだから、月並みな言葉なのは否めずとも、凄い……たったこの一言に尽きるだろう。


 ソーシャルゲームの何が面白いか。それを選ぶ理由も十人十色。


 手軽さであったり、無料であったり……そういう意味では少年――大鳥おおとり 一颯いぶきはキャラクターが如何にかわいく魅力的であるかを重視する。


 近年のキャラクターは、とにもかくにもかわいくて若干エロさもあって等しく魅力的な少女ばかりだ。


もちろん、男性キャラが登場するゲームも一颯はこなよく愛するし、しかしいざ統計的に言えばどちらが多いかとなるとやはり、かわいい女性キャラクターの多数登場する方が圧倒的な割合を占めていると断言できよう。


 やっぱりキャラクターはかわいい方がいいに決まっている。


 そんな一颯がプレイしているゲーム――【幻想の撃鉄少女バレッドガール】は、つい一週間前にリリースされた最新作だ。


 剣と魔法の異世界ファンタジーに銃、そしてエイリアンの侵略となかなかの異色な設定なのはもちろんこと、


 やはりなんといってもキャラクター一人一人の魅力だけでなく、有名な人気声優が数多く収録に携わっている。


 情報が公開されてから一年間、ずっと話題だっただけあって、リリース開始からわずか三日足らずで総ダウンロード数が500万を突破するほどの超人気話題作となった。


 これは、とても面白いゲームだ。

 心からそう思い、早い段階で課金金額も軽く五万を超えた。

 これからもきっと、飽くことなくサービス終了するまでずっと遊び続けるだろう。


 そう揺るぎない確信があっただけに、突然の別れを前にした一颯の心境は今だかつてないぐらい大きく狼狽していた。


 課金するのだって、無料タダではない。

 当然ながら対価あってこそはじめて石が得られる、ガチャを回せる。


 そのためにも資金はどうしても必要不可欠であるし、日給100万円という破格の金額は一颯を魅了するには十分すぎる魅力だったと言えよう。



「新しい実験に付き合ってほしい」



 と、そう言った初老の男は、実に胡散臭い男だった。

 薄汚れた白衣を纏い、如何にも博士と言った風体が余計に胡散臭さを増している。


 この時点で常人であったならばきっと、どれだけ大金だろうと断るのが普通だろう。


 よっぽど金銭面で苦労している者ならばいざ知らず。なりふり構わず受ける輩も少なくはあるが、ゼロではない。


 そういう意味では、この一颯という少年は裕福な家庭の人間であった。

 資産家である父を持ち、現在に至るまで金銭面での苦労をしたことがない。

 バイトはあくまで、己自身のために。

 親の威光にすがることを一颯は極度に嫌った。

 欲しいものはすべて、己の手で掴み取る。

 そのために始めたバイトで、大事なゲームのデータを台無しにされた。

 厳密には、大本であるスマホそのものにウィルスを感染させられた。

 これに怒らないほど、一颯は温厚な性格ではない。



「ちょっと、何をしてくれるんですか!?」



 と、白衣の男の胸倉を一颯は掴んだ。



「ほっほっほ。まぁまぁ大丈夫じゃから、気持ちはわかるけど落ち着きなさい」



 と、白衣の男。まったく悪びれる様子がない。



(何が大丈夫だからだ。これが落ち着いていられるか――)



 と、一颯は思った。

 データは二度と戻ってこない。


 一颯がこの【幻想の撃鉄少女バレッドガール】に費やした課金額は、ざっと10万円ちょっと。


 彼の家柄を考慮すれば、たかが10万円である。


 その10万円は間違いなく大金であるし、何よりも一颯には大事な思い入れがあった。


 思い出は金ではどうしようもできない。

 だから一颯はここまで怒りを露わにしている。

 そんな怒りの矛先を前にしても、白衣の男の態度はまるで変わろうとしない。



「まぁまぁ。君の怒りはもっともだよ。だからこその仕事じゃないか」

「どういうことだ?」

「君、この求人の仕事内容をきちんと見たのかい?」



 と、訝し気な視線を白衣の男が向ける。

 一颯は、そう言えばきちんと見ていなかった、とようやくながらに思い出した。

 単純に給料がよかった。


 何よりも日給で100万円という、怪しさしかない求人に単純に興味を持ったと言うのも少なからずある。


 従って内容の方は、となると一颯は実はまったくと言っていいほど、確認していなかった。



「やれやれ。ちゃんと見てもらわないと困るんだけどね……まぁ、こうしてコンピューターウィルスに感染しちゃってるし、このまま帰るなんて真似はしないだろうけど」



(当たり前だろ、この禿げ頭め――)



 と、一颯は自分の顔が林檎よりも赤くなるのがわかるぐらい怒りを覚えた。


 今にも、少しでも理性が振り切れれば殴ってしまいかねない。その気持ちを辛うじて、グッと抑え込んで――


「……それで仕事内容は?」

「仕事内容は新型のデバック作業のテストさ」

「デバック、作業?」



 と、一颯は間の抜けた声を出した。



「それは、素人にもできることなのか?」と、一颯。



 デバック――理工系の知識が皆無である一颯だが、意味ぐらいは朧気ながらに理解はある。


 要するに、バグなどを除去して機械を正常に作動させる作業の総称だ。


 一颯が素人でも、こう尋ねたのはこれまでに機械の類に関する知識が皆無であるため。


 未経験者募集ぐらいは確認すべきだったやもしれぬ。

 一颯がそう後悔すると、白衣の男がからからと笑った。



「大丈夫じゃよ。この仕事は未経験者でも可能、寧ろ君のような人がくるのを待っていたぐらいなんじゃから」

「それは、どういうことなんだ?」



 と、一颯は訝しむ。



「例えばの話じゃが、ウィルスに感染された場合もちろんウィルスハンターや、モートンと言った対ウィルス対策用ソフトを導入するのは基本中の基本じゃろ?」

「そうだな」

「じゃが、それでも完璧ではない。ウィルスも日々進化してより強力になっている。このままでは対策ソフトも追いつかなくなるじゃろう」

「じゃあ――」

 いったん、一颯はそこで言葉を切って、

「どうするつもりだ?」

「そこでワシが開発したこの装置じゃよ」


 白衣の男が得意げに指差した先には、とても大掛かりな機械があった。


 カプセルのような形状で、人間一人ぐらいならすっぽりと入れるだけの広さはある。


 一颯はまじまじとそれを見て、



「なんだか、疑似科学SF映画とかに出てきそうな機械だな」



 と、もそりと口にした。

 ところで肝心なこの装置の役目が一颯は皆目見当もつかない。


 ウィルスを除去する、これだけのためにはいささか大袈裟すぎる気がしないでもなかった。



「ふっふっふ。この装置はな、搭乗した人間の意識――電気信号へと変えて電脳世界へと送り込む。これこそよく漫画やアニメなんかによくある設定じゃろ。ワシはその誰も成し得なかった仮想を現実化することに成功したと言うわけじゃ」

「えっと、つまり。仮想空間に自分そのものを投影できるってことなのか?」



 一颯は、内心わくわくとした様子だった。



「まぁ、ざっくりと言えばそうじゃな。この装置があればどんな電脳世界にだって潜ることができる――まぁ、今のところはこの装置と接続した機械だけという制限付きじゃがな」

「少し尋ねてもいいか?」

「どうしたんじゃ?」

「なんでそんなものを?」



 用途についてはなんとなくながらも、学のないと自負する一颯にも理解できた。

 ただ如何せん、意味があるとも思えない。



(別にソフトでもいいような気がするのは、俺だけか?)



 と、そう思ってしまった自分に、一颯はどうしても尋ねずにはいられなかった。

 白衣の男は「ふむ」と、しばし考え込む仕草を見せた後に――



「特に深い意味があって作ったわけではないぞ」

「なんだそりゃ」



 あっけらかんと答えた白衣の男。

 意味がないのにどうして大掛かりなものを作る。一颯の疑問はここにあった。


 白衣の男の身なりを含め、環境から見やれば、彼が裕福でないことは一目瞭然である。


 有体にして言えば、とてつもなく家が汚い。


 掃除など恐らくはもう何日、いや何年という気が狂うぐらいされてないに違いあるまい。一颯はそんなどうでもいい自信だけがあった。



「君はわかっていないね。世間一般でいう、くだらない発明……確かにそう言われれば、そうかもしれない。でもね、そうした意味のないものから素晴らしい開発に繋がることもあるのだよ。何事も最初から完成するものはないし、何よりもつまらないじゃないか」

「ふ~ん……」



 一颯は科学者ではないので、やはり白衣の男の言い分については理解できない。



「――、そろそろ本題に入ってもいいか?」



 遊びに来たのではなく、ここへは仕事としてやってきた。

 ウィルスの件もある。

 一颯の胸中では未だそのことによる恨みつらみでいっぱいだ。

 白衣の男はにしゃり、と不気味に笑った。

 何を企んでいやがる。

 一颯はじろりと睨んだが、白衣の男はまるで気にしていない。



「ふっふっふ。それではまずこのカプセルに入ってもらおうか」

「これに入るのか?」

「入ってもらわないと始まらないからね」



 一颯は恐る恐る、カプセルへと身を投じた。



(まるで棺桶の中にでも入ってる気分だな……)



 と、不謹慎な考えに一颯はふっと自嘲気味に笑った。



「そこにスマホを置いて接続してくれ」

「ここか?」



 と、言われるがままスマホを設置した。

 これで本当に、どうにかなるものなのか。

 不安はまだ拭えない、がやる以外に選択肢がないのも然り。

 ゆっくりとカプセルの蓋が閉じられていく。

 完全な密閉空間は、思いのほか居心地は悪くない。



「聞こえるかね」と、白衣の男。



 頭上にあるスピーカーを通して聞こえる声に、一颯はサムズアップで答えた。

 音声は良好。特に仔細はない。



「それでは今からテストプレイを始めるぞ」

「なぁ」と、一颯。



 その顔には一抹の不安が宿っている。 



「これ、失敗とかしないよな?」



 一颯の不安は、被験者であれば至極真っ当なものであった。

 実験に失敗はつきものである。なるほど確かに、それは納得できなくもない。

 人間は失敗の積み重ねによって成長する。それは一颯も重々承知している。


 しかし単なる失敗ではなく、今回の実験には人間一人を用いることを忘れてはならない。


 人体に悪影響が及ばない、という可能性がないという保証もないのだ。

 よってそれなりの保証を求める一颯だったが――



「それを確かめるのが君じゃろう。日給100万というのも、何か人体に悪影響を及ぼした際の言ってしまえば治療費の意味合いもあるんじゃから」

「……え」



 血の気が顔からサッと引いていくのがわかるぐらい、一颯は恐怖を憶えた。

 そうこうしている内に、一颯は頭に帯びた不快感にハッとした。


 頭をすっぽりと覆うヘルメットのような装置は、外そうにも外れないようになっている。


 バチッと強烈な電流が全身を駆け巡った。

 不思議と痛みはない。一颯はそのまま眠るように意識をことりと落とした。

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