邪神の衣~イエスロリータノータッチ!~アンデッド使いと家族の旅路~職業差別がまかり通るこの世界で、ただ平穏に生き続けたいだけなのに~

折本装置

第1話 その水は彼にとってだけは聖水

「じゃぶじゃぶーじゃぶじゃぶー、じゃっぶじゃぶ!」



 川沿いに、とある大きな家屋があった。

 木製だろうと思われるその家は、建築からそれなりに時間が経過しているのだろうか、表面の木が黒ずんでボロボロになっており、幽霊屋敷のような不気味さを醸し出している。

さらにいえば、ボロボロであってもなくても小屋は川沿いに似合わないものだった。

普通は川の氾濫を恐れて川岸には建てないだろう。

そんな不自然な一軒家の傍で、十歳くらいの見た目の少女がいた。

少女は、足踏みしながら不思議な歌を口走っている。

 白いフリルの付いたワンピースを着て、黒い髪はおかっぱにしている。

 蒼い宝石のような丸くて大きな目、透明感のある白い肌、整った目鼻立ちといった彼女の容姿も相まって、可愛らしいと表現できるだろう。

 足踏みする彼女の足元には水の張られた大きな桶があり、それだけならば子供の水遊びとも取れる。

 ただし、彼女の体が「全く濡れていない」という、奇妙な事実に目をつぶればの話だが。

 体だけでなく、彼女の服も濡れていない。

 それどころか足を突っ込んでいるはずなのに、しぶきさえ上がらない。波紋も起きない。

 水で満たされた桶の上で動いているというのに、水には何の変化もなく、彼女の足がすり抜ける。

 まるで、彼女の存在などないかのように水面は静かだ。



「おはよう、リタ」

「おはよう!ピーター!」



 少し離れたところから、ピーターと呼ばれた青年が少女――リタに声をかける。

 深緑の髪は短く刈り揃えていて、黒いローブに身を包んでいる。

 髪は濡れており、少し離れたところで水浴びをしてきたことがうかがえる。

 その呼びかけに応じて、リタは足元の桶から移動し、ピーターの方へと駆け寄る。

 駆け寄る、とはいったものの、若干素足は宙に浮いており、汚れ一つない。

 因みに、濡れてもいない。

 いくらか浮いているリタを見て、ピーターは特に驚く様子もない。



「朝食をとった後、すぐに移動するよ。急げば今日中に町、アルティオスに着くだろうからね」

 


 平坦な声で、今日の予定を伝える。



「わかった!それまでわたしはなにしてればいい?」

「朝食ができるまで、向こうでハルと遊んでくればいいよ。終わったら呼ぶから」

「はーい!いえのほうだよね?いってくる!」



 リタは、ふわりと浮かんで先程までピーターがいた、今も彼らの仲間であるハルがいる方へと飛んでいく。

 人ならざる存在――アンデッドである少女は、物理法則を無視して浮かぶことができる。



「さて、と」



 ピーターはリタが本当に飛んで行ったことを確認してから、しゃがみ込む。

 そして、彼は先ほどまでリタが遊んでいた水の入っていた桶を持ち上げると。

 まず、においをかいだ。



「うん、いいね。匂いも素晴らしい」



 客観的に考えて、別にこれといっておかしなところはない、普通の水だ。

 かいだ本人が、なぜか非常に嬉しそうな表情を浮かべていることを除けば。

 そしてピーターの行動はそれだけにとどまらない。

 桶に顔を近づけて、桶の中の水に口を付けて、中の水をがぶ飲みし始めた。

 水が大量に入った桶は、かなりの重量が入っているはずだが、特に気にした様子はない。

 口の端から水があふれているが、それに気づく様子もない。

 ひとしきり飲んだ直後、ピーターは顔を上げる。

 その表情は、まるで違法薬物を摂取したかのように、或いは絶頂したかのようにこうこうとしたものだった。

 見れば頬も紅潮している。

 彼は、それだけにとどまらない。口の端からこぼれた水、服にかかった水を吸い始めた。

 まるで、それがーー先ほど川で汲んだだけの水がーーとても貴重であり、もったいないとでもいうように。

 ピーターは、そのまま桶を足元に置くと、彼女たちが遠くに行ったことを確認して。

 深く、息を吸い込んだ。

 まるで、心にたまったものを吐き出そうとするかのように、否、実際にそうしようとして。



「ああ!今日も、リタの入っていた水は最高だ!」



 万感の思いをこめて、毎日叫んでいる台詞を口にした。

 叫んでから、リタがきいていないことを確認し、安堵する。これもいつものことだ。

 客観的には、普通ではなかったが。

 しばらくして、ピーターはアイテムボックスから鍋を取り出す。

 そしてそのまま、その桶の中に残った水を、鍋に投入する。

 さらに、塩と肉、野菜を鍋に投入していく。

 リタの入っていた水を使って、スープを作るのはこの変態青年の習慣である。

 ライターを使って火をおこし、あらかじめ集めていた枝に着火させて焚火を作る。

 さらに大きな石を三つ敷き詰めて台にして、三点で鍋を支える。

 木の棒などを使って鍋をつるすという方法もあるのだが、面倒なのでそれはしない。

 どのみちピーター本人以外は食べることはないから、手抜きでも何の問題もないのだ。

 リタやハルは基本的に食事をしないし、何よりリタが使った水でできた料理を誰かに譲る気は毛頭なかった。

 しばらくたって、三人分――もとい一人の三食分のスープが出来上がる。

 一人分を食べ終えると、残りを鍋ごとアイテムボックスにしまい込むのが彼の習慣だ。

 もう少し量を入れてもいいのだが、鍋の大きさを踏まえるとそれが限度だ。

何より、アイテムボックスの保存性能がないのであまり意味がない。

保存機能のあるアイテムボックスは希少であり、彼のような庶民が手に入れられるようなものではない。

アイテムボックスからパン、木皿、お玉、スプーン、布のシートを取り出す。

あらかじめ村で購入していたものだ。

布を地面に敷き、その上に胡坐をかいて鍋と木皿を布の上に置く。

更にスープを木皿に注いで、パンを別の皿の上に置く。

ちなみにスプーンやお玉も全て木製である。

金属製のものより、こちらの方が安価だったりする。



「食材と、水と、何よりもリタに感謝して。いただきます」



 そんなふざけたような、しかして本人にとっては大まじめないつも通りの食事の挨拶をして、ピーターは食事を始めた。



「うん、今日もリタの出汁が出ているスープがおいしい」



 いつも通りの感想を口にしながら、スープを飲んだ。

 一杯だけ飲んで、残りはアイテムボックスに収納する。

アイテムボックスに入れておけば、内部でこぼれる心配はないため安心である。

そんな感じで、一日三食、同じものを食べるのが彼の基本的な生活スタイルである。

 食後、リタを呼び戻して出発することにした。

 自分のホームグラウンドである、迷宮都市アルティオスに帰るために。

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