特別編SS 『クリスマス』紫夕目線

12月某日


「虹、クリスマスデートしましょ」

「え?」

世のカップルや片思い中の男子or女子が浮足立ってくるこの寒い季節にやってくる一大イベント「クリスマス」。『聖夜』とも呼ばれるその日は、初々しいカップルが初めて一線を越えたり、片思いしている相手に告白したり、『の6時間』と呼ばれる時間帯が存在するなど、「恋」という感情に対して多感である若人たちが大いに盛り上がる一日である。

そして私―――氷室紫夕―――も、例にもれず絶賛片思い中である。その相手は幼稚園の頃からの幼馴染である才川虹だ。この日、私は、虹にデートをしようと持ち掛けていたのだった。

‥‥もうナレーションっぽい喋り方は良いわよね‥‥。


「クリスマスデートよ」

「いや聞こえなかったわけじゃないけど‥‥」

もう1度声をかけると虹は困ったように口を開く。

「毎年クリスマスは俺たち6人の親も含めた全員で過ごしていたじゃないか。なのに急にデートをしようなんて言われても肯定的な返事はできないぞ?」


そっか。コイツは何も知らないんだし、そんな風に思うのも仕方ないわよね。ちゃんと1から説明してあげましょうか。


「それについては心配しなくても平気よ。私たち5人の中でもちゃんと公正な会議じゃんけんをして決めたことだし、お母さんたちからの許可ももらってるから」

「そうだったのか」

私の言葉に納得したように頷く虹。この様子なら私とのクリスマスデートも承諾してもらえそうね。


「そういうことだから、クリスマスデートするわよ」

「まぁ、紫夕がそこまで言うなら‥‥。でも行先とかは決めてあるのか?すぐにクリスマスはやってくるし、これから考えるなら急がないと間に合わないんじゃ?」

クリスマスデート自体には納得してくれた虹だけど、いろいろ不安に感じることがあるみたいだ。

でも、それなら大丈夫。私に考えがあるから。


「行先は決めてあるわ。いろいろ調べてみて、アンタと行ってみたいところを選んだから」

「そっか。一応聞くけどどこに行くつもりなんだ?」

『一緒に』の部分を強調するように言うと、虹は私の強調の意味に気付いてくれたようで、苦笑しながら聞いてくる。


「それはまだ内緒ね。当日までたのしみにしておくといいわ」

ここで言ってしまってもいいのだろうけど、まだコイツには話したくない。当日のプランは私の中で考えているし、コイツにはギリギリまで何も知らない状態で居てもらって、当日に最大限私とのデートを楽しんでもらいたいから。


「わかったよ。それじゃあ当日、楽しみにしてるね」

「ありがと。当日はお昼から行く予定だから、ちゃんと準備しておくこと」

そう言って、私は当日を楽しみにしながら、クリスマスまでの日を過ごしていった。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

12月25日―――クリスマス当日


「ふふふ。楽しみすぎるわね////」

私は最寄りの駅前で虹が来るのを待ちながら一人で呟いていた。

自分でも表情が緩み切っているのがわかるけど、今日だけは許してほしい。だって今日は待ちに待ったアイツとのクリスマスデート当日なのだから!私がこの日をどれだけ待ち望んだことか。

‥‥まぁ、楽しみ過ぎて1週間くらい前から全然眠れてないのよね。おかげで目元のクマを隠すのにすごく時間がかかってしまったのだけれど‥‥。


「悪い、紫夕!待たせたな!」

しばらくして虹が慌てた様子で駆け寄ってくる。と同時に虹の方へと周りの視線が集まる。コイツ、私たちに負けず劣らずで容姿が整っているのよね。本人は全く気付いてないけど。だからこれは私たちだけの秘密なのよね。まぁそんなことはどうでもいいわ。今日はデ、デートなんだから。

(あれ?まって。よくよく考えたらクリスマスデートってめちゃくちゃ難易度高くない?勢いでここまで来たけど、これってかなりレベルの高いことなのでは?!)

さっきまであまりにも楽しみにし過ぎていたせいで気づかなかったけど、意識した途端に急に恥ずかしくなってきたんだけど!やばい、帰りたい!


「紫夕?どうかしたのか?」

「ひゃいっ!」

急に声をかけられたせいで素っ頓狂な声をあげてしまう。そのせいでますます虹が怪訝そうな顔をしているけど、何とか取り繕わなくちゃ。

「な、なんでもないわ。ちょっと考え事をしていただけよ」

「お、おう」

結構強引な誤魔化し方だったけど、何とか納得してもらえた‥‥よね?と、とにかくこの空気をどうにかしないと!


「あ、その――――」

「そう言えば紫夕、今日の服かなり似合っているな。いつにも増して可愛くなってるよ」

「~~~~~~//////ばか!私が着てるんだから当たり前でしょ!/////」

なんなの?!この天然女たらしは!確かに今日は、ピンクのパールコートに黒のフラワースカート、ヒール、と気合を入れた服装にはしてきたけど、それを「可愛い」って口に出して褒めてくるのは反則過ぎる!思わず素っ気ない対応しちゃったし!


「アハハ、それもそうだね。でもいつも以上に華やかで上品な感じがするよ」

「~~~~/////!いいから行くわよ!もう電車が来ちゃうじゃない!」

照れているのを誤魔化すために虹の手を握って勢いよく電車のホームへと走り出す。

もうコイツのせいでどっと疲れたような気がするわ。目的地に着いたらこうはいかないんだから。今度は私がコイツを照れさせてやる!


「着いたけど、思ったよりも人が多いわね」

電車で1時間ほど揺られ、私たちは目的の場所へとやってきた。

「ここで何するんだ?」

何も知らない虹が不思議そうに聞いてくる。まぁ、コイツには何も説明してないししょうがないわよね。ちゃんと説明しておくか。

「この辺に大きいショッピングモールがあるわ。今日はそこでウインドウショッピングしましょ」

私がそう言うと虹は丸い目をパチパチと瞬きさせる。

「えっと、そんなんでいいのか?」

「何か文句でも?」

意外そうにする虹。ショッピングモールでのデートってそんなに意外なものかしら?結構あり得ると思うのだけれど。

「いや、むしろ紫夕らしいよ。変に気を貼ってない感じが特に」

バカにされているのか褒められているのかわからない感じの答え方をする虹。まぁでもおそらく後者だろう。コイツはこういう時はあまり貶したりはしないし。


「そ。それなら行きましょ」

そう言って歩き出そうとしたところでふと立ち止まる。さっきあれだけ攻められたのだし、私もここで何かしらアクションを起こそうかしら。


「‥‥えいっ!」

少し思案した後、思い切って虹の右腕に抱き着いてみる。

「わっ、っとと。紫夕、いきなりどうしたんだ?」

むぅ、これだけじゃ足りないみたいね。だったら、存分に武器を使ってなんとしても照れさせてやる!


ムギュムギュ―――――

「あの、紫夕さん?まずいものが当たっちゃってますよ?」

虹の声色に少し焦りが混ざったのを感じる。よし、このままいけば照れさせることができるわね。

「いいじゃない、別に。せっかくのデ、デートなんだし少しはこういうこともしてみたいし‥‥」

あぁぁぁぁ!だめだこれ!

確かに虹も照れているけど、それ以上に私への反動ダメージがでかすぎる!とても続けられる気がしない。


「は、早く行きましょ。いろいろ回る時間が欲しいわ」

「そ、そうだね」

お互い微妙な空気を残しつつ、ショッピングモールへと歩きを進める。

もう二度とこんなことはしない。心に決めた。


「やっぱりクリスマスだけあって人が多いなー」

「この辺りでかなりでかいショッピングモールでもあるのも、要因の一つだと思うわ」

ショッピングモールへとやってきた私たちは、その人の多さに驚いていた。どこを見ても人ばかりね。これじゃあ回るのも苦労しそうだわ。


「とりあえず手繋ごうか。はぐれたら困るし」

そう言って右手を差し出してくる虹。さっき、あんなことをしてしまったばかりだし、今ここで手を取るのもかなり恥ずかしいけど、迷子になるよりはマシか。

「う、うん」

そう言ってほんのりと左手を添える。

「――――あ」

すると力強く握り返される。まるで「離さない」と言わんばかりに。

(久しぶりにコイツの手を握ったけど、いつの間にかちゃんと男の人の手になってる。さっきは腕だったし、あんまり感じなかったのかしら)


「とりあえず服でも見に行こうか。そっからいろんなところ見に行く感じで」

「あ、うん」

気が付いたら虹が案内してくれているけど、嫌な気分にはならない。多分相手がコイツだからなんだろうけど。やっぱり好きな人にリードされるのは悪くないわね。


「うーん、これじゃないわね」

ブティックに来た私は、虹の服を見繕っていた。こういう風に人の服を見繕うのってかなり楽しいのよね。特に好きな人の服を見繕うと、その人が自分好みに変わっていく感じがして、なお楽しくなる。


「でもいいのか、紫夕?せっかくのデートなのに俺の服選んでもらって」

「アンタは今楽しい?」

申し訳なさそうに聞いてくる虹に、私は質問をする。

「え、まぁ楽しいけど」

私の質問の意味がつかめないようで、困惑しなが答えてくる虹。その返事が返ってくるのなら十分ね。

「ならいいじゃない。デートの内容なんて人それぞれでしょうし、お互いが楽しければそれはデートとして成り立つと私は思うの。アンタはどう?」

いろんな服を見比べながら淡々と言う。実際、デートの内容なんて誰もが同じわけじゃないし、定義なんて存在しない。だから私はお互いが楽しければそれはデートとして成り立つと思うの。

「そっか。それもそうだね」

虹も私の考えに納得してくれたようで、顔に笑みを浮かべる。

「ん、それならOK。それじゃあこの服着てみて」

虹の答えに満足しつつ、見繕った服を勧める。

「ありがとう。試着してみるよ」


「いやー、いい買い物ができたよ。選んでくれたありがとうな」

「‥‥別に大したことじゃないわ。ただ私が服を選ぶのが好きなだけだし」

お礼を言われて若干嬉しくなってしまい、返事が素っ気なくなってしまったような気がする。この癖、早く直したいのだけれど、なかなか直らないのよね。


「この後はどうする?」

「うーん。特に予定はないし、いろんなところ回りましょ。そう言うのも楽しみ方の一つでしょ?」

そう言う感じで話が決まり、いい時間になるまでショッピングモール内をぶらつくことが決定した。




「かなり暗くなってきたな。そろそろ帰るか?」

「そうね‥‥‥‥あ」

虹に返事をしたところで雑貨屋の一つの商品が目に留まる。

それはキレイな菫色のしずく型のイヤリングだった。

「どうかしたか?」

「あ、いや。なんでもないわ」

気になりはしたが、あまり虹を巻き込むのも悪いし、口にはしないことにした。また今度機会があったら買いに来ようかな。残ってたらだけど。


「それじゃあ帰りましょ」

「――――あぁ、悪い。ちょっとお手洗い行ってきてもいいか?電車に乗る前に行っておきたいからさ」

「まぁいいけど」

一応まだ電車までの時間はあるし、素直に承諾する。

「悪い。すぐ戻ってくるからここで待ってて」

そう言って全速力で走っていく虹。そんなに限界なのかしら?それなら早く言ってくれればよかったのに。


「ふぅー。今日は楽しかったわね」

近くのベンチに腰を下ろし、一人で思い出に浸る。最初の方は変に意地張ったりしちゃったけど、最終的にかなり楽しむことができた。クリスマスデートっぽいこともたくさんできた‥‥はず。

とにかくいろんなことが経験できた。初めてのクリスマスデートだったけどちゃんとできてとは思う。

「また行きたいわね」

「お待たせ!!」

「ッ!?」

ぼそっと呟いたタイミングで虹が帰ってくる。今の聞かれてないわよね?コイツの反応を見る限り聞かれてはなさそうだけど。


「え、えぇ、気にしないでいいわ。それより早く帰るわよ」

「あ、ちょっと待ってくれ」

「え?」

電車の時間も近づいてきたし、駅に向かおうとしたタイミングで虹に呼び止められる。この期に及んでなんだというのだろう?


「これ、紫夕に」

そう言って虹が渡してきたのは、きれいにラッピングされた小さな箱だった。

「ありがとう‥‥?開けてもいいかしら?」

「もちろん」

いまだに事態が呑み込めず戸惑いながらも、ラッピングを解いていく。


「‥‥え、これって」

ラッピングを解いて、箱の中から出てきたのはさっき雑貨屋で目に留まった菫色のしずく型イヤリングだった。

「どうして‥‥?」

「さっき一瞬だけ紫夕がそれを物欲しそうに見てたから。欲しいのかなって。勘違いだったらあれだけど」

私の疑問に当然のように答える虹。あの一瞬でそれを見破られるとは思っていなかった。実際、誤魔化せたと思っていたし。これも幼馴染が故なのだろうか。


「め、迷惑だったり俺の勘違いだったらごめん!でも、買わずに後悔するのはなんか嫌だったから‥‥」

「ありがとう。嬉しいわ」

私がお礼を述べると、虹も安堵したような笑みを浮かべる。

あぁ、その笑顔は反則ね。さっきまでの行動と合わせて、もっと好きになっちゃうじゃない。


「紫夕。えっと、その」

急にしどろもどろになりだす虹。一体何なのかしら?

「――――メリークリスマス」

どうやら、今日楽しかったのは私だけじゃないみたいね。虹の表情からなんとなくそんな感じがする。これも幼馴染故なのでしょうね。全く、とんでもないくらいの良い人を幼馴染に持って、なおかつ好きになってしまったみたいね。でも、後悔なんてしてないわ。それでこそ虹だし。


「メリークリスマス、虹」











―――――――――――――――――

‥‥まぁ、ギリギリ30日に投稿したということで、紫夕編でした。

結構時間かかっちゃいましたねwなんとしてでも年越しまでには5人分終わらせたいところです!


次は翠編です!!楽しみにしておいてください!

それではおやすみなさい。

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