レイド
もちもちまんじゅうがに
第1話 異変
敵が固まって襲い掛かってくる。
「殺れ!」
奴に指示を出す。
俺を襲ってきた敵が、次々に切り裂かれていく。
味方はいない。
ただ切り開くまで。
戦い続ける。
それが、俺の存在意義だから。
急勾配を進むと、敵のアジトが
胸に手を当てる。
見ててくれ親父。
絶対に、帰るから。
―――――――――――――――――――
ふと目が覚める。
ここはどこだろうか
立ち上がる。
立ち眩みもなければ眠気すらない。今まで自分が寝ていたとは到底思えないほどしゃんとしている。
脚をスコップのように地面へ叩きつける。固い土。
視界は明瞭だが、やはりここがどこかわからない。
そもそも俺は直前の記憶がない。
確か、戦っていたと思ったが。
考えてみる、が、こんな記憶のない場所にいる理由がわからない。
「起きろ」
俺は寝ている奴を揺り起こす。
「飯か?」
欠伸をして聞いてきた。
呑気な奴。
銀色の髪を自らの手で振り払い、顔を見せる。赤く透き通った目、麗しいと言える端正な見た目、忌々しいと呼ぶ者もいれば、羨ましいと呼ぶ者もいる。
「違う」
「じゃあなんだ」
なんだ、と言われてもこちらが聞きたい。
とはいえそうか、飯か。
少なくとも敵はいなさそうだ。
「飯にするか」
「そうこなくっちゃ」
俺はこいつに腕を差し出した。こいつは待ってましたと言わんばかりに舌なめずりすると、俺の手にかぶりつく。八重歯が進化したかのような鋭い歯が俺の皮膚を貫く感触、上と下から波状攻撃。
一心不乱にこいつは俺の血を呑み漁る。毎度のことだが、慣れることはない、こいつらが人を噛むときにはアドリナリンだかドーパミンだかオキシトシンだかを俺たちの脳内に分泌させ、多幸感を味わわせようとする。理性をしっかりと保ち、この快楽に溺れないことが俺たちが選ばれる条件だ。
頭にじんわりと薄い雲がかかる。巻層雲から高層雲くらいの靄。これが俺の限界の合図。これ以上はまずい。
「終わりだ」俺はこいつの頭を叩いた。
「ぷはぁ」
まるで仕事帰りの親父がビールを流し込んだ後のよう。そのくせあどけない顔なのだからものすごいギャップ。どういう感情を抱けばいいのか未だに判断がつかない。
唇についた血を舌でぐるりと舐める。お菓子の粉を舐める子供のよう。
素直にこいつを憎めるような人間であれば、と何度思ったか。こいつが悪いわけじゃない、と俺の良心が叫ぶ。周りの奴らは大概こいつらに恨みがあるからそういう扱いになるが、俺にはそんな記憶がないからそうは思えないのだ。
「うまかったか?」
「無粋な質問だな」
「なら次の質問にも簡単に答えてくれ」
「なんだ」
「ここはどこだ」
奴は辺りを見渡し、さぁと掌を空に向ける。
「だよな」
「でも」
溜め込んで、不思議そうに再び見渡す。
「見たことある気がする」
俺も再び見直してみる。
木が至る所に生えている、針葉樹、松?
森や林のようにそこかしこに生えているため遠くを見通すことはできない。
俺たちのいるスペースだけが気も草も生えず、ぽっかりと空いている。不思議だ。
上空は何もない、そう、何もない。
雲もなく、そして太陽もない。
にも関わらず明るい。
ここがおかしな場所だと気づいた。
「見たことがあると言ったな」
「ああ、そんな気する。でも見たことない。一瞬だけよぎって……なんかそんな言葉あった……」
「デジャヴか」
「それ!」
勝手にスッキリした顔をしている。俺の方では全く解決してないんだ。それなのに、こいつの
いかんいかん。俺は自分の側頭に握りこぶしをぶつける。
「お前の最後の記憶を教えてくれ」
「んーと」俺をじっと見る。「決戦だった」
「ミツヤが戦いの前に爪を噛んでたのは覚えてるか?」
「違う、指を吸ってた」
ミツヤは普段から爪を噛む癖があるが、安心しきっていたり、逆に非常な緊張状態になると指を吸う癖がある。とは言え、親しくない人がいる前で堂々と指を吸ったりはしない。その癖を知ってなお受け止めてくれる奴の前でしかそう言うことはしない。不思議とミツヤが指を吸う癖が広まっていなかったのも、ミツヤが受け止めてくれる人間を本能的に嗅ぎ分けていたからなのかもしれない。無駄に高級な葉巻を吸うよりも安価で持ち歩く必要もないから、本人が気にしてる以上にどうでもいいっていうのも理由の一つかもな。
「親父が指揮を執って吸血鬼の群れを捌いたことは?」
「そういや髭剃りに失敗して顎のあたりに傷あった。しきりに触ってた」
「確かにそうだけど」
俺は親父が今朝珍しく失敗したと笑ってティッシュをあてていたから知ってる。百戦錬磨の親父も今日に限っては緊張してるんだと思った記憶がある。
でも、こいつはそんな事情を知らないはずだ。
「しょうもないところ見てるな」
「暇だからな」
こいつが親父を見たのは大隊長が演説をしてる時だけのはずだ。俺たちは大隊長の指示と喝に士気を高めていた時にこいつは――いや、こいつらは、というべきか――関係ないところを注視していて楽しんでたわけだ。
そんな呑気な調子だから同族と戦うことも許容してるのかもしれないな。
話を戻そう。
「俺たちは敵の中に突っ込んでいった。仲間がやられて、俺たちだけになって、それで……俺の記憶はそこからない」
「おいらの最後の記憶は」首をリズムよく左右に傾げる。あーでこーで、と言いながら、だ。それから「来いって言葉が聞こえて……」
来い、なんて言葉、直前の俺の記憶にはない。
「俺が言ったのか?」
「違う」
断言した。
「どのタイミングでそれが聞こえたんだ?」
「妙に強い奴に出会う前。セラが『他の奴の目が無いから行くぞ』って言って更に突っ込んでいって」
自分の額を中指で叩く。
「俺はそこら辺は記憶にないな」
「覚えてないのか」
俺は更に記憶を
「ドルファヌク城の時のことじゃないよな」
「さっきまでの決戦の時の話」
過去の記憶とごっちゃにしてるわけじゃないらしい。
記憶の範囲に誤差がある。これが何かの手掛かりになるのか。
「うわああぁ」
俺の後方から声。さっきまで鳥の泣き声すらもなかった静かな空間に情けない声が響き渡る。遠くて判別しにくいが、多分男の声だ。聞き覚えはあるようなないような。特に特徴的な声ではない。
「どうする?」
こいつは即座に訊いてきた。赤い瞳が俺の判断を待っている。
こんなところでじっとしてても埒が明かない。
「行こう」
「わかった」
俺はこいつの後に続いて駆けだした。
すでにそいつと言えるレベルまで離れた奴は、長く硬質化した爪を使って足元の草花を蹴散らし、邪魔な枝を切り落として進む。俺はその後を悠々自適に追いかけていく。
ぴかぴかな爪が鬱蒼とした木々の中を煌めかせて進む。
俺はそこで疑問に思った。
俺たちは決戦の場にいたはずだ。敵を倒せば爪は赤黒くなる。敵を倒した時の返り血がその爪を真っ赤に染め上げ、時間とともにどす黒くなっていくからだ。
さっきまで大規模な決戦をしていた。覚えてないほどの敵を倒して進んでいた。爪を手入れする時間も取ってはいない。つまり、赤黒くなっていなければおかしい。なのに、今朝、手入れをした後のようにぴかぴかなのはなんでだ?
そもそも、俺たちが決戦の渦中に身を置いていたのなら、もっと服装が汚くなってるはずじゃないか? でも、俺たちの服装は――
雑に服に目を落とした時、どんと衝撃が走った。硬い岩にでも当たったかのように、前に進んでいた力が自分に跳ね返ってくる。
「ちゃんと前見ろ」
当たったのはそいつの背中。端正で均整な見た目からはわからないほどの強靭な肉体。そいつらを俺たちは飼いならしてるんだという事実に改めて気づかされた。
「なんで急に止まったんだ」
「あれ」
そいつは長い爪をちょいちょいと動かす。その先を見ると、木々の隙間から人影が見える。しかし、その人影と対峙する相手の方が俺を驚かせる。
巨大な生物。人間の体格の二倍以上。
人影は何かを持っていた。太さは手のひらくらい、長さは五十センチくらいの棒。それをやけくそになった祈祷師のように振り回している。
対する巨大生物に、牽制としてはあまりに頼りない。
しかし、熊のようなその巨大生物には一定の効果があるらしく、低くうなりながらもその場にとどまっている。
男が一歩下がる。熊が一歩上がる。
一進一退の攻防とはまさにこのことか。
「どうする」
「行くぞ」
「わかった」
俺たちは、二つの生命体が交錯する場に赴いた。
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