第48話
ハンスはセレナの劣勢を案じ、周りの冒険者達にバレてもしょうがないと、オーガロードに向かって|睡眠(スリープ)》を唱えた。
しかし単発で唱えたにも関わらず、
「ちっ! ユニーク種か!」
オーガロードが特にいきり立っている様子もなく、冷静にセレナの攻撃を受け流しては反撃をしている様子から、ハンスはオーガロードがユニーク種だと判断した。
ユニーク種と言うのはハンスの同僚で、主に魔物学を研究している女性が名付けたもので、同種族の中から突発的に生まれた特別種だった。
ユニーク種の特徴は同種族に比べ、遥かに優れた能力を持っていることと、色や形など、少しだけ同種族から離れた特徴を持つことだと彼女は言っていた。
そしてもう一つ、彼女にはハンスが発見した際に伝えていることだが、状態異常の一部が完全に効かないという特性を持っていた。
今ハンスがかけた
ユニーク種の発現条件は謎に包まれており、もしこのオーガロードの遺体を彼女の元へ連れていけば、泣いて喜んでくれるだろう。
そんなことをふと思ったハンスだが、ガバナになど戻れるわけもないことを思い出し、彼女だけではなく、自分も大概に研究バカだなと苦笑した。
「とにかく、ユニーク種ならどれが効くか試してみないと分からないからな」
試しにいくつかの状態異常の魔法を唱えてみる。
その間もセレナは果敢にオーガロードに立ち向かっているが、なかなか切り口を見つけられないでいた。
試した結果、
「
思いつく限りの状態異常を付与する補助魔法をかけていくが、尽く効かなかった。
ハンスは徐々に焦りを感じ始めていた。
「これならどうだ。
魔法陣から光線が飛んでいき、今度はオーガロードの体に、くっきりと紋様をかたどった。
途端に視力を失ったオーガロードは無闇矢鱈に腕を振り回し始めた。
その隙を狙い、セレナが攻勢へと転じる。
無造作に振り回される腕を潜り抜け、セレナは革鎧で覆われていない、オーガロードの身体目掛けて短剣を振るった。
脚の裏を切り裂かれたオーガロードは、痛みに唸り声を上げ、よりでたらめに腕を振り回した。
目の前に迫ったオーガロードの右手を持っている短剣で下から上へと切り上げる。
大きな音と共に、長大な剣を持つ手首から先が切り落とされ、地面へと転がった。
オーガロードは今度は叫び声を上げ、左手で切り落とされた手首を掴みながら、その場に立ち止まっている。
セレナは大きく跳躍すると、オーガロードの首を懇親の力で振り抜いた。
短剣の刃がオーガロードの首に到達する寸前、横目に見えた光線を身体に受けたセレナによって、オーガロードの首は一刀の元、切り落とされた。
ハンスが
三本の角と鋭い牙を携えた、子供の背ほどある頭が地面に転がると、残っていた冒険者達から再び歓声が上がった。
どうやらセレナがオーガロードと戦っている間に、残りのオーガは冒険者達たちが倒してくれたらしい。
鳴り止まぬ称賛の嵐の中、恥ずかしそうにセレナは主人であるハンスの元へと駆け寄っていく。
ハンスは満足そうに頷いた後、セレナの頭をフード越しにぐりぐりと撫でた。
セレナは強敵に打ち勝った高揚感なのか、それとも主人の手が自身の頭を撫でてくれることによるものなのか、顔を紅く染めている。
オーガの集団に打ち勝った喜びも束の間、冒険者たちは我に返り、まだ息のある同業者や、傷を負った仲間の処置をし始めた。
その隙を見て、ハンスはセレナにおぶってもらうと、出来るだけ早くその場から立ち去った。
セレナの安全のためしょうがなかったとはいえ、大勢の冒険者達の前で、いくつもの補助魔法を使ってしまった。
ユニーク種であるオーガロードの遺体は惜しいが、ややこしいことになる前に逃げ出すのが得策だと考えたのだ。
出口を越え、ティルスの門の近くまで辿り着くと、セレナはハンスを降ろし、一息ついた。
いくらハンスが筋肉も脂肪もさほどついていないとはいえ、大の大人一人を抱えて足場の悪い道を駆けたというのに、セレナは息一つ上がっていない。
「最後のオーガはもったいなかったなぁ」
「すいません。私がもっと上手くやっていれば……」
「セレナのせいじゃないさ。それにしてもユニーク種に出会うとはなぁ。借金を返すためだけに始めた冒険家業だが、悪くないかもなぁ。魔法の研究にもいいし。それに……」
「……? それに、なんですか?」
セレナは不思議そうな顔で問いかける。
「いや、なんでもないよ。ひとまず疲れたし、街へ戻ろうか」
「はい! ハンス様!」
『それにセレナにも会えたしな』
そう言いそうになった口を止めたハンスは、自身はおぶってもらってばかりで、身体など大して疲れてもいないのに、誤魔化すため適当なことを言った。
何故だか自分でも分からなかったが、その言葉を口にするのは、ひどく恥ずかしい事のような気がしたのだ。
街の門へ向かう数分間、ハンスは既に気持ちを切り替え、今回の成果と、今後の自分の研究について思考を巡らしていた。
そして仲間であるセレナがこんなフードなど被らなくてもいい街、まだ遠いカナンへの旅路を思い浮かべていた。
ふと、一陣の風が舞い、いたずらするようにセレナのフードを払い除けた。
慌てて流れる白髪を両手で抑えながら、セレナは小さく悲鳴を上げる。
その頭の上にはピンッと立つ獣のような耳が二つ見えている。
ハンスは愛おしいものでも見るような目付きで、その様子を見た後、優しくフードを元の位置に戻してあげた。
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