第46話
セレナが戦利品として、オーガの角を切り取っている間、ハンスは妙な事に気が付いた。
冒険者の数が少なすぎるのだ。
考えれば、ここに来るまで、上層で採集をしていた駆け出しのパーティ達を除けば、先程助けたひとつのパーティしか出くわしていない。
ギルドの受付があれだけ混雑し、乗合馬車で同乗したパーティも、多くがオーガ狩りをするために来たというのにもかかわらずだ。
この階層では無いのか?
そう思い立ち、ハンスはセレナに次の階層へと進む旨を伝え、先へ進んだ。
いくつか階層を降り、ハンスは自分の考えが正しかったことを知る。
「ハンス様……」
そこには阿鼻叫喚が広がっていた。
大きな広場くらいに開けたその空間では、至る所で剣戟の音や怒声が上がり、それに混じって多くの救護要請の合図が上っていた。
見渡す限りに冒険者たちとオーガたちが戦闘を繰り広げている。
その足元には、既に力尽き、切り捨てられたオーガの死体と一緒に、地面に転がっている冒険者の姿もあった。
肉弾戦のみを行うオーガを相手にしているはずだが、冒険者が受けた怪我の中には、明らかに攻撃魔法によるものも見受けられる。
攻撃魔法は、その殺傷力の高さ、加えて範囲の広さにおいて、他の攻撃手段に追随を許さないが、混戦状態では味方への誤爆の恐れから、使い方の難しい諸刃の剣だった。
「ハンス様! どうしましょう?!」
状況に圧倒され、平常心を失ったセレナを尻目に、ハンスは冷静だった。
この状況では、
「セレナ。ひとまず、片っ端から倒してきてくれ。強化魔法はそうだな……うん。
「え?! 無理ですよ! こんなたくさん相手にするなんて!」
ハンスの言葉に全力で首を横に振り、セレナは主人が思いとどまってくれることを願った。
もしハンスが本気でセレナに命令をしたら、ハンスに付けられた特別な奴隷紋の効果により、セレナはハンスの命令を従わざるをえない。
「大丈夫だよ。二回ほどオーガの動きを見てたが、今のセレナなら眠らせなくても一撃で倒せるし、あんな遅い攻撃当たらない。それにセレナがやらないともっと人が死ぬよ? それは辛いだろう?」
「それは……」
正直なところ、セレナにとってハンス以外の人間の生き死になど、大した問題ではなかった。
亜人を奴隷として扱うのも、ハンスに会うまで味わった苦痛の日々も、全て人間のせいだ。
しかし、ハンスがそう言うならば、セレナは動かざるを得ない。
この主人から失望の眼差しを受ける恐怖に比べれば、何十もいるオーガたちの相手をする方が、どれだけ簡単なことか。
セレナは決心して、大きく一度だけ頷いた。
ハンスも頷きで返すと、
セレナは両手にしっかりと、白虎族の牙から削り出された一対の短剣を握りしめ、悲鳴と怒声、冒険者とオーガの血の匂いが充満する戦場へと駆け出して行った。
セレナはひとまず、目に付いたオーガのに向け疾走した。
そのオーガは今にも目の前の冒険者の頭を、その手の中で握り潰そうとしている。
一筋の淡白い剣閃が煌めき、オーガに持ち上げられた冒険者の身体は、オーガの腕と一緒に、重力に従い地面へ落ちた。
「きゃあぁ!!」
自分の命が尽きようとしていた事も忘れ、冒険者の女性は地面に腰から落ちると、悲鳴を上げた。
直後目の前に落ちてきたオーガの腕に驚き、再び小さな声を漏らした。
セレナは女性のことなど構わないという風に、腕を切り落とされ、怒り狂うオーガの胸に右手の短剣を突いた。
心臓だけでなく気管もしくは食道を傷つけたのか、胸だけでなく口からも血を吹き出しながら、オーガは前のめりに地面に倒れた。
その後もセレナは瞬く間に戦場にいるオーガたちを切り払い、オーガの死体の山を築いていく。
その間、ハンスはもしもの時のために補助魔法をいつでも放てる準備をしながら、セレナの活躍を見失わないよう注意して目で追っていた。
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