第39話

 乗合馬車は冒険都市ティルスの門を通り抜け、防壁の内側にある馬車乗り付け場に停まった。

 ハンスは地面に降り立つと、振動からの解放に、腕を上げ大きく伸びをする。


 振動の衝撃を和らげるため、各々が工夫を施していたが、三日という期間は身体に影響を与えるには充分だった。

 降り立った地面は動いているはずなどないのに、未だに揺れているような感覚が続いている。


「馬車もそんなに良いものじゃないな。速いって言っても人が走るくらいの速度だし」


 ハンスは馬車に乗るのはこれが人生で初めてだった。

 十二歳で当時設立したばかりの冒険者育成施設に入ってから八年間。

 二十歳になった今までずっと首都ガバナを出たことはなかったのだから、当然といえば当然だった。


「セレナも馬車はどうやら良くない思い出があるらしいし、これからは少し大変でも歩いて移動することにしようか」

「分かりました。ハンス様。お気遣いありがとうございます」


 ハンスは降り立ったばかりの街並みを眺めていた。

 門を通って通り抜けた防壁は、首都であるガバナと比較しても重厚で高い。


 他の国が攻めてくる恐れのない、この世界唯一の人間の国家であるモール王国の最大の敵は、魔王が支配しているといわれる魔物たちだ。

 比較的周りに生息する魔物が弱い首都に比べ、すぐ近くにダンジョンという魔物の大きな住処を有するこの街の防壁が大きくなるのは、必然と言えた。


 防壁の内側はガバナ同様賑わっているが、王侯貴族が多く住むガバナに比べ、高級そうな格好をしている人の比率は少なく、冒険都市の名に相応しく、多くの冒険者たちが目に付いた。

 その冒険者たちの格好は様々で、駆け出しと思われる簡素な装備をした者から、相当の実力者と思われる重厚そうな鎧を身に付けた者までいる。


 その誰もが活き活きした目をしており、冒険者にとってこの街は住みやすい街なのだということが分かる。

 ガバナでのクエストに物足りなさを感じたら、いつかは移り住むことも考えていたかもしれない。


 しかし、ハンスたちにはそうすることは、既に叶わなかった。

 亜人嫌いの王女様、魔王討伐の旅に出たという聖女エマのせいで、首都ガバナでは亜人が住むことすら許されなくなってしまった。

 エマは段階的に徐々に住むことを認めない街を増やしていこうとしていると噂が流れている。


 多くの冒険者で賑わうこのティルスも例外ではない。

 ガバナのギルドで懇意にしていた男の勧めで知った、亜人の冒険者にとっての安住の地カナンへと、いつかはたどり着かなければならない。


 すぐに移動する必要はなくとも、この街も長居は出来ない。

 しかし、旅には先立つものが必要だ。


 更にハンスには定期的に返済を義務付けられた、多額の借金もある。

 行く先々で上手くクエストを受けられる保証もないから、ティルスである程度の収入を得なければならなかった。


「ひとまず、宿を取って、それからギルドへ向かおうか。オーガの出現した情報なども集めないといけない」

「そうですね。このくらい大きい街です。宿屋はすぐ見つかるでしょう」


 セレナの返答に反して、宿屋はなかなか見つからなかった。

 件のオーガのクエストを受けるため、外から多くの冒険者達が集まっているためだ。


「だめだな。何処も満室だ。このままじゃ、街の外で野宿になるか?」

「私はそれでも構いませんが、ハンス様の体力を考えると、出来れば今日くらいはゆっくりしたいですね」


 ハンスは様々な身体能力を強化する補助魔法を唱えることが出来る。

 その中には体力を向上させ、疲れづらくする魔法もあるのだが、残念ながら術者は自身に補助魔法をかけることが出来ない。


 また、通常魔物を倒すと、魔素というエネルギーが放出され、冒険者達は間接的にそのエネルギーを吸収し、身体能力を向上させていくのだが、ハンスはそれも出来ていない。

 白銅級の冒険者であれば、野宿など苦でもなくなる程度の体力を持つのがほとんどだ。

 しかしハンスの身体能力は一般人とそれほど変わらなかった。


 ハンスが魔素を吸収できない理由はセレナにあった。

 人間同士のパーティならば、誰が倒したとしても、魔素は一度霧散する。

 近くにいる者たちは、身に付けた魔素を吸収しやすい装具を通じて、少なからず魔素の恩恵を受けることが出来る。


 しかし亜人であるセレナは、人間と異なり倒した魔物の魔素を直接吸収できる。

 セレナは魔物を倒した際に発生する魔素を、意図せずとも一人で独占してしまうのだ。

 セレナにとって野宿や寝ずの移動など問題にならないが、ハンスにとって十分な休息は重要であった。

 

 慣れない街並みを歩きながら空いている宿を探したが、どこも空振り。

 このままあてもなく探し回る方が、余計に体力を消耗するとハンスが諦め始めた時。

 突然声をかけてくる者がいた。


「お二人さん。どうやら宿が見つからずお困りのようですな? どうです? 私の質問にちゃんと答えてくれたら、私が宿を紹介しますよ」


 ハンスたちは声のした後ろを振り返る。

 そこには乗合馬車で同乗したパックと名乗った男がいた。

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