補助魔法はお好きですか?〜研究成果を奪われ追放された天才が、ケモ耳少女とバフ無双

黄舞@9/5新作発売

第1話

「やった! やっと完成した!!」


 書類の束が乱雑に置かれている部屋の中心から、嬉々に満ちた声が響き渡った。

 声の主は、今まで机にかじり付くように、一心不乱に筆を走らせていた白髪の青年。

 その青年ハンスは、喜びの声と共に身体を起こし、勢い余って椅子ごと後ろに倒れてしまった。


「あいたたた……はっ! こうしちゃいられない。早速試さないと!」


 たった今、長年取り組み自ら作り上げた理論を使った全く新しい魔法を完成させた。

 机の上に置かれた檻の中にいる、小さな魔物に向け、その魔法を唱える。

 魔物というのは大小様々な危害、損害を人間にもたらす生き物たちの総称。

 ハンスは魔法を向けたのは、ベアラットと呼ばれる。

 毛の全くない姿をした、尖った前歯で何にでも食らいつく、小さいが獰猛な魔物だった。


 ベアラットはダンジョンだけでなく、街の地下を走る、下水道などでもよく見かける。

 繁殖力が高く、人の生活圏近くでも生息するため、常時討伐依頼が出されている。

 討伐依頼は駆逐することが多いが、ベアラットは捕獲も多い。

 その数の多さと、獰猛な魔物とはいえ一匹ではさほど驚異ではないことから、様々な実験に用いられていた。


「さて、と。まずは、こっちからかな」


 ハンスが呪文を唱えながら空中で手を動かす。

 光を帯びた指先を追うように、空中に魔法陣が刻まれた。


敏捷低減スロウ!」


 ハンスの声に応じて、魔法陣は一際光を強める。

 魔法陣を型取りながら、ベアラットに向け光線が飛ぶ。

 光がベアラットの腹部に当たると、そこには空中に描かれた魔法陣と同じ模様が浮かび上がる。

 その瞬間、檻の中でせわしなく動いていたベアラットは、まるで水中の中に放り込まれたように、緩慢な動きを見せた。


「おおお! 成功だ! やった! やったぞ!! とうとう俺も魔法を唱えることに成功した!」


 ハンスは喜びのあまり大声を上げ、手足をじたばた動かしていた。

 まるでとびきりお気に入りのいたずらが大成功した時の少年のような喜びようだ。

 その振動で積み重ねられた種類の束が落ち、その音に驚きビクッと身体を震わせる。

 ハンスはその場に誰もいないのに、恥ずかしさを誤魔化すように一度わざとらしい咳払いをした。


「あ、おほん! 落ち着けー。残りの魔法も試してみないと。でもなぁ。こっちはもしもの事があったらまずいしなぁ。魔物にかけるか? いや、でももし檻から出るようなことがあれば、俺の身の危険も……」


 ハンスは一人ブツブツと思考を声に出し考え込んでいる。

 思考を声に出すのは、ハンスの昔からの癖だった。


「やっぱり、魔物にかけよう。思わぬ副作用とかあるとまずいしな。さすがに人に向けてぶっつけ本番はないだろ」


 整理が付いたらしく、ハンスは先程とは違う呪文を唱えながら、同じように空中に異なる形の魔法陣を刻んでいく。


「出力は小さくした方がいいな。まずは、敏捷増加クイック!」


 先ほど同じように、魔法陣から光線が飛ぶ。

 異なる檻に入れられた、別のベアラットの背中に紋様が刻まれた。

 途端に、ベアラットはまるで抵抗を無くしたかのように素早く動き出す。

 制御が追いつかないのか、檻の格子に何度も身体をぶつけ始めた。


「おおお! こっちも成功だ! くぅぅぅ! 長かった! 本当に長かった!」


 ハンスは目の前で起きている事を、感慨深く噛み締めていた。

 七年間という長い年月をかけ、ハンスは、今までこの世界に存在しなかった、新たな魔法の分野を開発したのだ。


「まだまだ! 色々と試してみないとな」


 ハンスはウキウキしながら、実験動物である檻の中の魔物に次々と魔法をかけ、その効果を検証して行く。

 陽気な様子でも、効果に対して向けられる視線は研究者特有の鋭さを持っていた。


「なるほど、状態異常は複数かけることが出来るが、強化の方は基本的には一つが限界だな」


 魔物に使った魔法の効果、気になる点や改善の可能性を、事細かく書いた書類の束を見つめながらハンスは息を吐いた。

 自分が想像通りの結果も、自身の開発した新たな魔法体系が発展の可能性を十分に持っていることも、ハンスの胸を躍らせていた。


 ハンスは自分の開発した、新たな魔法に【補助魔法】と名付けた。

 そして近々開催される、魔術師大会に発表するための資料作りを開始する。

 これで、今まで無能の天才と揶揄していた魔術師達を、見返すことが出来るはずだとハンスは自分を鼓舞した。

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