第10話 なんで分かってくれない

なんで分かってくれない

SIDE A.もしかしてヤバイのかも

婆ちゃんが写真を送ってくれた。まさか、あの歳でスマホを使いこなすとはね。

「ま、いいか」

写真のサムネイルをタップして、表示する。

パッと見はブリーフを履いた男の子の幼児二人が並んで、川辺で水遊びをしている写真だ。

「ん? 腰のところになにか書かれてるな」

写真を目一杯拡大してみると、『カズオ』とカタカナで書かれていた。

「カズオ君か。なんであーちゃんって呼んでいたんだろうな? カズオが呼べなくて、あーちゃんになったのかな? まあ、小さい頃の俺に聞かないと分からないか」

「ブル、電話は終わったのか?」

「太、向こうはいいのか?」

いつの間にか太が俺の横に立っていた。


「まあ、なんとか落ち着いたみたいでな。今は仲良く飯食ってるよ」

「なら、お前も側にいてやればいいのに。ハーレムだろ?」

「お前、それ絶対にあいつらの前で言うなよ!」

思わず太に胸ぐらを掴まれ、凄まれる。

「分かったよ。俺も揉め事は勘弁だからな」

「分かってくれればいい」

そう言って、太が俺を解放する。


中山が太に気があるのは俺の目から見ても明白だ。太もそれを薄々気付いている。そんなに中山と仲が悪い訳でもないのに太には中山の気持ちに応える気はないみたいだ。

まさか、太には他に好きな子がいるのか? 今度、由美にでも聞いてみるかな。

でも、もし太が片思いしているのなら、そういうのは邪魔することになりかねないか。まあ、気にはなるがやめとくか。


そんなことを考えていると太が横で難しそうな顔をしている。普段はあまり考え事をしない男がこんなに難しい顔をしているのは、やっぱり中山の気持ちを知ってしまったことが原因なのかな。全く片思いはするのもされるのも面倒だな。


昼休みの終わりを告げる予鈴がなったので、太に教室に戻ると言って、屋上から下りる。


「太! あれ? まー君は?」

「ああ、もう教室に戻ったよ」

「そうなんだ。まー君にも見せたかったな~」

「なにをだ?」

「これ! さっき奈美から送られて来たんだ。人探しをしてくれているお礼みたいなものだってさ」

「俺にも見せてくれるか?」

「いいよ、はい」

それは二人の幼児が川辺で遊んでいる写真だった。


「ん? んんん?」

「なに、太はこんなちっちゃい男の子にも興味があるの?」

「まさか、俺は健全な高校生男子だぞ。それに『も』ってなんだ? 言っとくが俺も被害者だからな」

「あら、そうなの?」

「幸、お前まで言うと洒落にならないだろ。せめてお前だけは信じてくれよ! お前とは小学校からの付き合いなんだからよ」

「ふふふ、それもそうね。思えば長い付き合いよね。それなのにねえ……」

「幸、どうしたの?」

「由美。ううん、なんでもないの」


教室に戻ると、なぜか教室内の雰囲気が悪い。どうしたのか、隣の席に座る男子に理由を聞くと「アレのせい」と指を差す方向をみると吉田がなにかを呪詛のようにず~っと呟いている。

よ~く聞いてみると「俺だって……俺の方が……あんな奴……マー君って、どこの誰だよ!」と繰り返しているのが分かった。

「変な奴」

「な? アイツの周りの連中もビビってしまって、あの雰囲気なんだよ」

「そうなんだ。でも、なんでまたいきなり?」

「さあてね。なあ、アイツが言っているマー君って、お前のことじゃないよな?」

「はぁ? 俺が? アイツに? なんの接点もないぞ?」

「まあ、そうだよな。だけど、今のアイツならそれだけでも攻撃対象になりかねないぞ。気をつけろよ!」

「ああ、分かった。ありがとうな」


その後の授業では教科担任が吉田のことを気にするも、なにもなかったかのように授業を進める。

「よく無視出来るもんだな。こっちは集中出来ないってのに……」


とりあえずは何事もなく放課後になり、さて帰ろうかと下校準備をしていると吉田が、すくっと立ち上がると同時に教室を飛び出す。

「うわ、大丈夫だろうな、アイツ……」


まあ、俺が気にすることじゃないかと俺も、教室を出る。


「まー君、今帰り?」

「なんだ、由美か。部活はどうした?」

「部活は試験休み。いくら、スポーツ推薦でも赤点はダメだからね。ねえ、勉強とか手伝ってくれないかな? ダメ?」

「お前、俺に人の勉強みている余裕があると思うのか?」

「でも、私の試験範囲はまー君達はもう終わっているところでしょ? なら、復習ってことで教えてくれてもいいじゃん」

「そうだぞ、ブル!」

そう言って、背中をバシッと太が叩く。

「なんだ、太も試験休みか?」

「ああ、なんだ? 意外か?」

「いや、そういう訳じゃないが、太ぐらい活躍していればいくらか免除があるんじゃないのかと思っていたんでな」

「まあ、オリンピック候補にでもなれば、ありえるんだろうが、今はちょっと強いだけの高校生男子だ」

「なあにが、ちょっと強いだ」

そう、太は中学生時代に全国三位の実力を持つ猛者だ。それが『ちょっと強い』なら、俺の強さのレベルは虫並みじゃねえか。


「で、由美となんの話をしていたんだ? 俺だけ、除け者はないだろ?」

「別に……ただ、まー君に勉強を教えて欲しいってお願いしていただけだから」

「なんだよ、それ! ずるいぞ、俺にも教えろよ!」

太が、太い腕を俺の首に絡ませながら、脅してくる。


「あら、ほら、あそこのアレって……」

「あ! やっぱり、そうよね。はっ! こうしている場合では……貴重な瞬間を記録しないと!」

「そうでした! 私としたことが」

その言葉に反応したのか、周りにいた数人の女子がスマホで俺達の戯れ愛を撮影し出す。


「なあ、太。これどうするんだ?」

「なんか、すまん。俺のせいで」

「そう、思っているんなら、早く解放してくれないか?」

「俺もそうしたいんだが、由美が喜んでいるみたいでな。悪いが、もう少しだけこのままで」

「な!」


「ねえ、聞いた? 『もう少しだけこのままで』って! きゃ!」

「これは、忘れないうちにメモしておかないと! 会報には絶対に載せるわよ!」


「太、お前……わざと燃料を投下していないか?」

「……」

「太?」

「すまん。由美が喜ぶもんだから……」

「はぁ。ったく……で、いつまでこうしているんだ? 俺にはなんのメリットもない訳だが?」

「そうよ! 太君。もう材料は揃ったから、十分よ」

「そうか。悪かったな、ブル」

「なんだか、色々腑に落ちないことだらけなんだけどな」

「まあ、そう言わずに。で、田中君が私達に勉強を教えてくれるの?」

「はあ? 中山は俺と同じクラスだろ? 俺がお前になにを教えるっていうんだ?」

「そんなこと言われても、私は理数系がさっぱりだし。ね、ついでじゃない。お願いね」

「そうよ! まー君。私達を助けると思って。ね、お願い!」

由美だけでも大変だと思っていたが、太がそこに加わり、おまけ中山まで参加したいと言ってきた。

「分かったよ。でも、俺の家じゃ無理だぞ。この人数を俺の部屋に入れるのは無理だ」

「むぅ~じゃ、その辺のファミレスでもいいから」

「すまんが、俺の小遣いはそこまで裕福じゃないんだ。学校の図書室でいいだろ?」

「ちぇ! 久々にまー君の部屋に行けると思ったのに……」

「由美、勉強が目的じゃなかったのか?」

「そ、そんなことはないよ? じゃ今日は無理だね」

「そうみたいだな」

「あら? 私も田中君の家にお邪魔したかったな」

由美に太に中山とそれぞれが納得したようなので駅に向かう。


駅のホームで電車を皆で待っていると向かいのホームにやたらと血走った目でギラついている吉田が目に入る。

「こりゃ危ないな」

スマホを取り出し、向かいの吉田を撮影すると奈美に送る。

送った写真が既読になる前に奈美へ電話を掛ける。



SIDE B.なんとなく回避したり

奈美と一緒に学校を出ると駅へと向かう。

今朝はなにもなかったけど、帰りは大丈夫なのかな?

そんなことを考えながら歩いていると、奈美のスマホがメッセージの着信を知らせる。

スマホの画面を見た奈美が、不思議そうな顔をする。

「え? なんで? 誰なの?」

奈美がスマホの写真を見ながら、訳が分からないという。


「奈美、どうしたの?」

「あのね、まー君から写真が送られて来たんだけどね、私も知らない人なの。亜美は知ってる?」

そういって、奈美が向けたスマホの画面にはあの吉田が写っていた。

「え! 吉田? なんで、奈美のスマホに?」

その時、奈美のスマホが鳴り出す。

「あ。ちょっとごめんね。はい、もしもし。まー君、あの写真はなんなの? え! なんで……そう、分かったわ。心配してくれてありがとう。じゃ、またね」

電話を終えた奈美にさっきの続きをと、質問する。

「ねえ、なんで? なんで、奈美のところにこの吉田の写真が送られてくるの?」

「あ~そのことなんだけどね、この写真の男の子はまー君と同じクラスで、今朝からず~っとなにかを呟いていて、挙動不審でね。普段とは違う方向のホームに立っていたんだけど、そのホームが私達の使う駅の方向だから念の為に注意するようにって電話だったの。亜美? どうしたの? 亜美、大丈夫?」

「ダメ、駅に行ったらダメなの! 怖い、どうすればいい! ねえ、奈美。どうしたらいいの?」

「亜美? ねえ、なにがあったの? とりあえず、駅には行けないわね」

その時、ちょうどタイミング良く別の駅へと向かうバスが近くの停留所に止まる。

「ねえ、亜美。とりあえず、ここにいるのも不安だし、あのバスに乗らない?」

奈美からの提案に黙って頷き、停留所に向かうと止まっているバスに乗り込み空いている席に座る。


「それで、亜美はこの写真の子を知っているのね?」

「うん、昨日待ち伏せされて、襲われかけたところをお兄ちゃんに助けてもらったの」

「ねえ、もしかしてだけど、その子に『婚約者のマー君』のことを話したの?」

「話したけど、それがどうしたの?」

「まー君が言うにわね、授業中もずっと『マー君って、どこの誰だよ!』って呟いていたって言うんだ」

「うわぁもう、重症だね」

「亜美が狙われているんでしょ? そんな呑気なことでいいの?」

「そうよね」

「まあ、このバスなら隣の駅まで行くから、会わずにすむとは思うんだけどね。あ!」

何かを見つけた奈美が私の頭を押さえ込む。

「ちょっと、奈美! 急になにするのよ!」

「少し、黙ってて!」

数分後に奈美が押さえていた手をどかす。

「もう、なんなの?」

「写真の子が歩いてたの」

「え? 本当に?」

「うん、間違いないと思う」

「うわぁ、本当に来たんだ。奈美のまー君に感謝だね」

「それはいいけど、このままでいいの? もう、学校にいないと分かったら、家まで来るんじゃないの?」

「う~ないとは言い切れない……」

「なら、このまま私の家に泊まる?」

「それはありがたいお誘いだけど、いいの?」

「いいわよ」

「ありがとう。ちょっとお兄ちゃんにメッセージだけ送るね」

「そうね、心配させない方がいいわよ」

「でも、替えの下着とかどうしよう。いくらお兄ちゃんでもタンスを開けられるのはイヤだな」

「私のでよければ使っていいわよ」

「うっ、それは嫌味かな?」

「なんで?」

「あ~もう、天然ですか? それと同じサイズの物を貸して頂いても私には無理です!」

奈美の胸を突きながら、そう告げる。

「あん……もう、亜美ったら! やめてよ、酷いじゃない!」

「酷いのは奈美でしょ! そんな大人サイズの物を子供サイズの私に押し付けるなんて!」

そう言って、もう一度突く。

「あん……もう、やめてよ。もう、サイズに不満があるのなら、妹のを貸すから」

「うん、よろしい! 最初からそう言えばいいのに」

話がまとまり、少し落ち着いたので、ふと周りを見ると皆の視線が奈美の胸に集中していた。

「あちゃ~やっちゃったな~」

「亜美? どうしたの?」

「いいから、亜美はその立派な物をしまいなさい!」

「立派な物?」

「はぁダメだ。この子の天然砲には敵わない……」


バスが目的の駅に着くと奈美と一緒に降りる。

「じゃ、ここから電車に乗るけど、一応周りには注意してね」

「うん、奈美に任せる」

「任せられても私も女の子なんだけどな~」


駅のホームへと向かうとタイミング良く電車が滑り込んで来たので奈美と一緒に乗り込む。


いつもの駅ではなく、奈美が使う駅で下り、奈美の家に向かう。

目の前の角を曲がれば、すぐに奈美の家に着くという時に不意に小学生くらいの男の子が目の前に現れる。

「待ってたぞ! 奈美!」

「大君、なんでここにいるのかな? もうやめてって話したよね?」

「そんなの関係ない!」

「そんな……どうしよう……」

「ねえ、奈美。この子は誰なの?」

「この子は大君で、ご近所の小学生でまー君の弟なの」

「ありゃま」

「誰だ? お前は」

「あら、年上にお前呼ばわりなの? 十分な躾がされていないんじゃないの?」

「亜美」

「なんだよ、年上っていうけど、由美みたいにちんちくりんじゃないか!」

「くっ……このクソガキは!」

「もう、まともに相手しないの! 大君、すぐに帰らないとまー君を呼ぶわよ。いいの?」

「だから、兄ちゃんは関係ないだろ!」

「でも、そうしないと大君は、このままでしょ? いい? 呼ぶわよ」

「お、俺は諦めないからな! 奈美は俺の女なんだからな!」

そう叫びながら、男の子が走り去る。


「奈美、あんたも大変なんだね」

「私はまだ、小学生だし。それにまー君もいるから大丈夫なんだけど、亜美はそうじゃないでしょ?」

「あ~そうだった~お父さんにも連絡しとかないと」

「それがいいわよ。じゃ、私の家に行きましょう」

「うん、お邪魔しますね」

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