他向けに剣を旅路に花を

何が起きたのか…私の胸に刺さるコレは、例えるなら「光の槍」だろうか。痛みというものは無くただ、私を貫いていた。


その時、あることに気づいた。


〈時が止まっている?〉周りを眼だけで{首がどうにも動かないため}見渡すと、ハンナが尻餅をついていた。

ただ私と同じように体が動いていなかった。妹はとりあえず無事なようで安心した。その時、どこからともなく【声】が聞えた。


「私は、〈テュール〉間違えなければ、君の信仰する神である」


信じられない…今、確かにこの声の主は私自身ましてや、村のみんなが信仰する神の名前を告げた。驚きを隠せないでいると、〈テュール神〉はこう続けた。


「君は神である私と話している。これが何を意味するか分かるだろうか?。」


頭の中で〈神託〉の言葉がよぎる。

「そう、その通り君は神託を受けている真っ只中にいる。今、君は君以外の人より過敏に意識を巡らしている。そのせいで、周りがまるで止まっているかのように見えてしまうんだ。」


少しばかり腑に落ちた。でも気になる事がまだある。

その質問を口に出そうにも、開かないし喉元でさえ動く気配がなかったので、試しに言葉を強く念じてみた。すると…


「段々この状況に慣れたようで嬉しいよ。だけどその質問に答えるのはあとだ…。これから神託の内容を話すからね…、

エーリカ村のウィンよ、これより貴殿をテュール神を信仰する【巡礼者】としての任を授ける。」


その瞬間、私の足元から頭の先まで得体の知れないものが上ってきた。


それを何と例えればいいのか分からないが、とにかく全身に血液とは違う何かが廻って来るのを感じた。するとどこか微笑んでいるかのような、声が聞こえてきた。


「フフッ…順調に進んでいるようで何より…。それでは最初の天啓を告げる。ウィンよ、貴殿はこれより都市【ランドン】にある教会に赴きなさい。そして次の天啓をそこで授かりなさい。」


「分かりました。私はランドンに向かいます。」いつの間にか口元が動くようになっており。気付けばそう答えていた。


「何よりです…。それでは最後に貴殿の名を名乗りなさい。それによってこの儀式を完了します。」


「私は、私の名前は…ウィンです!。」

そう答えた時、胸元を刺した光は消え。遠くから微かな声で「おめでとう」と聞こえてきた…。






また周りを見渡すと、ハンナも友達も目に涙を浮かべながら{ハンナにいたっては尻餅をついていたからか。}

2人して私の名前を叫んでいた。とにかく妹を慰めようと


「大丈夫…よ…。」そう告げた途端、私は膝から崩れ落ち、気を失った。






気が付いたとき、私の体はベッドに横たわっていた。まだ意識が朦朧とする中、最初に感じたのは周りの騒々しさ。

大人たちだろうか、私を横目に何やら話し込んでいるようだ。


「やはりこれは、天啓ではないだろうか?。」

「天啓というのは分かります。でもウィンに刺さった槍はどういうことなんですか?。話に聞くような授かり方ではないようですし…。神父様何か知りませんか?。」


目が慣れてくると、部屋を照らすランタンが周りにいる人達を教えてくれた。


如何やらこの部屋には、村長・母さん・神父様が私を囲むように立っていた。まだボーっとする頭のなか、神父様が続けた。


「私が授かった時、ここまで疲労するようなことは、なかったと思います。しかし、私の知る範囲で新しく聖職者になったという者は、ここ数年もしかしたら、数十年聞いたことがありません。ですからその間に神々の間で天啓の授け方が変わったかもしれません。」


大人たちがそれぞれ下を向き、唸っていたところ。

母さんは私が起きたことに気づいた。


慌てながらベッドに駆け寄り、膝をついて目線を横たわる私に向けて。「よかった…無事でよかったわ…。」


まだ重たい体を起こして、無事である事を母さんに伝えると今にも泣きだしそうな

様子で聞いてきた。


「体は何ともないようで、嬉しいのだけど…。ウィン、あなたを刺した槍のようなものは何だったの?。」


気を失う前に起きたことを伝えた。

〈テュール神〉との会話そして【巡礼者】になった事を…。





沈黙が部屋に満ちたとき、神父様が喋り始めた。


「私はこれから教会に戻る、もしかしたら本部からの手紙に見落としがあるかもしれない。それと今までの巡礼者についても調べてみる。村長手伝ってくれるかね?」


村長は深く頷き、神父様と一緒に部屋を離れた。母さんと私だけになり、ハンナの様子を聞こうとしたとき、またドアが開いた。


そこには息を荒くした神父様が立っていた。


「ハァハァ…ウィン申し訳ないが…明日、日が昇っている間いつでもいいから、教会に来てほしい。そこである程度、巡礼者について教えたい。」


ビックリしながらも頷いて答えると。「ありがとう」と言ってまた部屋から去っていった。


話を戻し、妹について聞くと。


「間近で見たものだから、心底怖がっていたわ。だから今は叔母さんの所に預けているの、だってウィンがいつ起きるか分からないし、私はあなたのそばを離れる事も出来ないからそれで…。」


「わかったよ母さん、じゃあ明日ハンナには私にあったことをちゃんと伝えるから。母さんも早く寝たら?。」


そうするわ、と言って母さんも部屋から出ていった。


ドアがバタンと音を鳴らしながら閉まるの見た途端、疲れがまだ溜まっていたのか、ランタンの火を消すことも忘れてまた眠りについてしまった。



翌日の朝、身支度を髪を結ぶ程度にして、急ぎ足で叔母さんの家に向かう。

太陽はもう村の真上まで登ろうとしている。


慌てながら家に向かう途中で妹と叔母さんに出会えた。


ハンナと一晩会えないなんて初めての事だった。

だからか姉妹として肌をふれあうことなんてほとんどないのに、この時ばかりはお互い強く抱きしめあった。


腕の中で泣きじゃくる妹の傍で、叔母さんが「大変だったねウィン」と声をかけてくれた。


この人は、お父さんの弟の奥さんで、私たち姉妹の叔母のツリーさん。

お父さんが兄弟揃って戦争に行った時からお互いに助け合って今まで生きてきた大切な人。


「私自身、なんともなくて良かったです。」

それならよかったと答えてくれた叔母さん、やっぱりこの人は逞しいなと思った。


「それと、母さんを見かけませんでしたか?私が起きたのを確認した後すぐ家を出たんですけど…。」


「義理姉さんなら、村長のところに…ってウィンあなた教会に行くんじゃなかったけ?。」


あっけにとられていると続けて叔母さんは「昨日あった事なら村の人たちと、義理姉さんから聞いたわ。」


もう村のみんなが知っていることに驚きつつ、

日が落ちる前に教会に行かないといけない事を思い出して、まだ泣いている妹からどう離れようかと焦っていると。



「ハンナ、お姉ちゃん忙しいからねぇ…よいしょっと―ウィン今のうちに!。」


妹を持ち上げて私から離してくれた。叔母さんに感謝を伝え。ハンナにまた後でねと言って、私は教会に向かった。


扉はもう開いていた。というよりかは慌てて閉めるのを忘れているような気がした。

私が来るのは知ってるだろうしそのままノックもせずに教会の中に入った。


そこには、横長の椅子が綺麗に並べており、その先にある教壇に向かって置かれていた。

神父様の気配がないので扉から入って真っ直ぐ進むと、奥のほうから声がした。


「ウィンかい?」と埃を被った神父様が現れた。


「かけなさい、催事じゃないし気楽にね。」

「はい」と答えて促されるまま長椅子に座る。


するとさっきまで意識してなかったせいか、あたり一面に置かれた手紙や本の類いに気が付いた。


「先ほど前まで村長が連れて来てくれた、人たちがいたんだが、この通り後は片付けるだけなんでね。」


「それで神父様、何かわかりましたか?。」


「はっきり言おうウィン…昨日話してくれた事に繋がるような手紙や本は見つからなかった。それとまた昨日行った通り、君を除いて、テュール神から巡礼者の資格を与えられた者はいなかった――







帰り道、妹に手を引かれながら頭の中を整理していた。

神父様が話してくれた事をまとめると、


第一にテュール神は、ここ70年近く巡礼者を生み出していなかった。


次に、私が見た光景は巡礼者を含め他の聖職者たちの授かり方かとは違うこと。


そして最後に、覚悟はしていたけれど…私は巡礼の旅に出なければならないこと。




悩んでいるうちに、家に着いた。


ハンナは繋いでいた手をほどき、母の方へ駆け寄っていた。そんな2人を目にしたとき、私は覚悟を決めて母に告げた。


「母さん、私――巡礼の旅に出るよ。」



その晩

母さんとハンナを除いて{また私と離れる事を知ったら泣き始めて話にならないだろうから}話し合った。


母さんは、旅に出たいという私のことを尊重してくれた。

「ウィンが旅に出たければ、そうしなさい。」


「ありがとう…。あっあと神父様から「異例なことが多いこともあって、早急に手紙を送ったので3日もしたら都市の方から使者が来るかもしれない。」って、あと3日しかないけど…。ハンナには私からも伝えるから。その間にね――――」



使者の人が来るまでに何度も話し合った。ハンナこと、村にいる友だちのこと、そして戦争に行って今だ行方の分からない父さんのことを、もう話すこともなくなってきた頃とうとう別れの時がきてしまった。








教会の本部から来ている事もあって豪華な馬車だった。


これに乗ったらエーリカにはいつ帰れるのか、そんなことをぼんやり考えていた。


母さんや神父様が使者の人と話し合っていた時、

私は父さんの墓を前に剣を握っていた。


この剣というのは、父さんが家を出る前に新しいものと変えた時に当時の私が欲しがっていたので、一度研ぎなおしてくれた剣だった。


まだ幼かった頃には、引きずるのにもやっとだったその剣は、今はもう片手でも持てるぐらいには私も成長していた。


記憶に残る父さんを思い出しては微笑んでいた頃、使者の人が近づいてきた。



「もう少しで馬車が出ます。慌てなくていいのでご自身の気持ちが落ち着いた時にお乗りください。」


「分かりました、すぐ向かいます」

持っていた剣を墓の横に切っ先をほんの少しだけ差し込み、そのまま持ち手を立てかけておいた。


「剣を持ってかなくて大丈夫なのですか?テュール神を信仰する者なら持っていたとしても何らおかしくないですよ」


驚いたようで、いささか早口になりながらそう伝えてくれた。


「見た目を気にして置いたんじゃないんです。まだ早いかなって…。実際、持ってみたら重たくて手も震えていたし」


そうですか。とほっとした様子でその人は返事を返してくれた。


馬車に乗り込み、窓を開けて村のみんなに手を振って見せた。


その時、友達が一斉に集まってきた。

余りにも強く駆け寄ってきたので馬車が大きく揺れた。


みんなのほうを見ると、友達に抱えられた状態のハンナが花束を持っていた。


それを受け取り

「ありがとう」と言うと必死に涙をこらえていたのか抱えられたままその場で泣き出してしまった。


別れの挨拶も程々にして、馬車が出発した。


村が見えなくなるまで手を振り続け、山を横切り森を抜けきったとき、街道が目の前に広がった。


私は窓を閉めてゆっくりと座席に座った。


「いい友を持ったね。――それと、剣を持って来なくて本当に大丈夫だったのかい?。」


教会の使者からの質問に私は

「旅に持って行くには花束のほうが軽いですから。」


また窓のほうを向き


「本当に重たいものは、この気持ちで充分だから…。」


頬を伝って流れる涙を感じた。


それがポタポタと手に落ちてきた時ほんの少し体から力が抜けてきた。


それが心地よくて気付ば、そう

眠っていた。

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