第86話 禊配信 その三

 ボイス。VTuber業界においては、いわゆるシチュエーションボイスを指す。

 普段の配信では決して出てこないような台詞を耳にできたり、特別な距離感を擬似的に体験できたりするため、ファンの間では極めて人気の高いコンテンツである。

 ついでに言うと、ライバーサイドとしてもかなり重要な、具体的には大きな収入に繋がるコンテンツであったりもするのだが……。


「ボイス収録。それ罰ゲームというより通常業務では?」

「普通に皆やってますよね?」


 だからこそ、ボイス収録を罰ゲームと言われても、あまりピンとこないのだ。


「……もしかして、すっごい恥ずかしいボイスを読まされる系ですか?」

「恥ずかしいもなにも、ボイスなんて基本恥ずかしくない? 先輩たちのも一通り買って聴いたけど、まあ素面じゃ言えない──」

「ヤメロォォォ!!」

「ストップ! 山主君ストップ!」

「うおっ!?」


 なんだなんだ。いきなり叫んでどうしたんだ。と言うか本当にビックリしたんだけど。


「え、急になんすか? 俺何かやっちゃいました?」

「本当にやらかしてるっぽいから、その台詞は多分違うと思うよボタン」

「文脈的には間違ってないんだけどなぁ」


 これも一種のネットミームだから仕方ないのだろうけど。こうしてツッコまれるとミーム汚染の深刻さを実感するよね。

 まあ、それはそれとして。何故か悶えている先輩方にピントを戻して。


「どうしたんですか本当。もしかして内容喋るかもって焦りました? 流石に売り物なんで、俺も感想程度に留めますよ?」

「そうじゃない……! いやそれも大事なんだけど、そうじゃないんだよ後輩……!!」

「ま、まさか私たちが先にやられる羽目になるなんてね……。山主君、恐ろしい子。ゴフッ……」

「天目先輩はなんか楽しそうですね」


 まさか天目先輩が吐血モーションを披露するとは。これまた随分とはしゃいでるようで。


「まあ一花先輩、推しキャラのガチャで涙流したりするぐらいだし。こういうオタク的なノリも対応できるでしょ」

「その涙って爆死の涙だったりしない?」

「はうっ……!?」


:なんだこの空気の差

:ちゃんと配慮できてエラい

:ネタを交えつつも、わりと真面目に堪えてるっぽいんだよな

:一花ちゃんはちゃんとノリ良いぞ

:草

:ネタに走る先輩組、眺める後輩組

:巫女様はガチで悶えてるな

:あれは嫌な配信だったね……

:山主さん、未だに自分が何をしたか理解できてない模様

:山主ステイ! それ以上はいけない!


 天目先輩が違う方向からダメージを受けていた。どうやら清楚キャラでも、ガチャ爆死はちゃんと堪えるらしい。

 なんだかんだ楽しそうではあるので、ネタに収まる範疇の古傷ではあるようだが。


「で、お二人は何故に叫んだんです?」

「アンタがやってはいけないことをやったからだよ!」

「補足すると、これからやる罰ゲームの内容ほぼそのものだったりします」

「どういうことなんです? 一花先輩」

「あのね? 自分のボイスの感想を知り合いから聞かされるのって、二人が思う以上にキツイんだよ?」

「……あー」


 この説明で大体把握した。そしてさっきの二人の反応も納得した。


「あの恥ずかしさといたたまれなさは、まだボイスを出したことのないアンタらには分かるまい……! ゴリッゴリに媚びた声音で! 現実じゃまず言わないような小っ恥ずかしい台詞を! 顔見知りに聞かれたと知った時の絶望を!!」

「販売してる側の台詞じゃねぇなぁ……」

「うるせぇ! こちとら真剣にやってんだよ! 配信上のネタとしてやるのとは違うんだよ! 本気でメス声作ってるからこそ、顔見知りからの感想がぶっ刺さんだよ!!」


:草

:草

:魂の叫びやん

:草

:巫女様のボイスの破壊力はギャップもあってヤバいからなー

:メス声‪‪‪w‪w‪w

:草

:確かに自分に置き換えたら、まあキツイ

:共感性羞恥とかで転がり回りたくなるんだろうな、知らんけど


 なんというか、真面目なのか不真面目なのか分からんねコレ……。いや、言わんとしてることは理解できるのだけど。

 実際、ボイスの台詞やら演技やらが小っ恥ずかしいのは間違ってない。制作サイド、とりわけ演者視点での感想を述べるとすれば、全体的に『うわキッツ』ってのが正直なところであるし。

 もちろん、作品としての評価は別だ。作品のクオリティとしては十分に高いとは思う。あくまで演者視点でぶっちゃけた場合、ちょっとキツイのではってだけで。


「だから今回、アンタらにVTuberの現実ってのを教えてやんのよ! 好き勝手できて楽しいなんて、そんな甘くないってね!」

「好き勝手してるのボタンだけなんですけどぉ!?」


:草

:草

:草

:巻き込まれて草

四谷言葉:ちなみに今回の罰ゲーム、二人の初ボイスのシナリオ作る時の参考にするから。収録と同じ気持ちで取り組むように

:ハナビ巻き込まれてて草

:ハナビ可哀想

:コトちゃん!?

:コトちゃんおるやんけ!?

:ハナビ逃げ道塞がれて草

:コトちゃん!?


 なんと。ここで本日不参加の四谷先輩が出てくるか。この人はデンジラスのシナリオライターのような立ち位置でもあるので、シナリオ関係の発言は業務命令みたいな意味を持つ。

 つまりどういうことかと言うと、罰ゲーム感覚でいられなくなった。VTuberとしてのマネジメントに関わってくるので、本気で挑まねばならなくなったのである。


「まさか四谷先輩が絡んでくるとは……」

「まあ、企画を整えたの言葉ちゃんだからね」

「なんなら『ボイスの感想を聞かされるのがキツイ』って、話し合いの時に言い出したのも言葉だし」

「絡むどころか元凶だった……」


 どうりでボイス収録なんて話になるわけだよ。制作担当者の一人が主導してるようなもんなんだから。


「そんなわけで、今回の罰ゲームは擬似ボイス収録よ。ま、簡単に言えばエチュードってやつね。二人が演じるシチュエーション、台詞などはマカロンで募集するから、ドシドシ送りなさい。また、『#罰ゲームボイス収録』で感想、演技の評価なども呟くこと。一緒に二人の演技を晒し上げるわよ!」

「なお当然ですが、マカロンの内容は良識の範囲内に留めるようお願いします。過激な内容、特に性的なものはこちらの判断で弾かせていただきますので、ご了承ください」

「巫女乃先輩だけ説明に悪意ありすぎません?」

「罰ゲームなんだからそりゃ悪意の一つもあんでしょ」

「説得力があるのが悔しい」


 やらされる側としては堪ったものではないが、ノリとしては巫女乃先輩が正しいのである。何故なら罰ゲームはバラエティの領分なのだから。


「ところで話は変わるんだけどさ。後輩アンタ本当に私らのボイス一通り買ったの?」

「買いましたよ?」

「やめろよ本当!? アンタ人の心ないんか!?」

「いや、こうお布施的な感じで……」

「だったらメンシ入れよ! アンタみたいな奴のために石油王プラン作ってんだからさ!」

「入ってますが」

「……ぱーどぅん?」

「だから入ってますって。巫女乃先輩だけじゃなくて、デンジラスのメンバー全員の。ちゃんと選べる最高金額のやつで」


 ちなみに巫女乃先輩のマックスプランこと、石油王プランは月一万二千円である。内容は一つ下の限定プランと差はなかったり。

 まあ、内容云々は興味ないので関係ないのだが。所詮は端金だし。


「……お得意様じゃったか」

「悟ったような顔してどうしました?」

「いえ。では山主様につきましては、こちらで具合の良い内容のものを厳選させていただきますね」

「ちょっとぉ!? 堂々と不正しようとしないでくれません!?」

「うるせぇぞ後輩! 太客相手に無茶振りできるわけないだろ! 社会人舐めんな! ちゃんとアンタの方でエグいの選んでバランス取るわい!」

「いろんな意味で最低だこの人!?」


:草

:草

:草

:草

:草

:草

:草






ーーー

あとがき

ってことで、罰ゲームの詳細はこんな感じに。ちなみになんでこうなったかと言うと、Vの人がいつかの配信そんなことを言ってたから。

で、調べたらわりと聞く話ではあるっぽいので、こうなりました。

なので先輩の願望は混ざってませんよ。

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