第64話 釈明配信? その二

「そもそも根本からして間違っているんですよ。神がいるから信じるじゃない。。すべては皆さんの気持ち次第。……過激な言い方をすれば、信仰なんて所詮はそんなものなんですよ」


 あえて容赦なく。それでいて無責任に。リスナーたちの多くに生じたであろう意識の空白に、まるで他人事のように正論を突き刺していく。

 信じる者は救われる。ああ、なんて素敵な言葉だろうか。いやはやごもっとも。信じる者は救われる→信じているから私は救われる→だから私は救われた。一片の破綻のないロジックである。

 だってそうではないか。この辺りの文言なんて、徹頭徹尾主観の話しかしていないのだから。決めるのは本人のみならば、最後まで信じきった者が救われるのは道理だろう。

 なればこそ、神の実在など論じるまでもない。どこまでいっても決めるのは自分。それが信仰というものだ。


「あ、先に念押ししておきますと、別に宗教関係を否定しているわけじゃないですよ? ただシンプルに、神様は人々の心の中にいるってだけで」


 この質問に限っては、ここから先はあえてコメントには触れない。だって絶対に捌ききれないから。チラっと確認しただけで分かる加熱具合。こんなのマトモに触れたら消し炭になるわ。

 だから上手い具合に周りくどく。それっぽい感じで煙に巻きつつ、延焼を防ぐ方向で。……あんまり慣れない作業なので手探り感が否めないが、まあ仕方ないあるまい。

 とはいえ、間違ったことを言っているつもりもない。そもそも論からして、大抵の宗教は土着の信仰を吸収して勢力を拡大してきているわけで。

 神と悪魔は、権力者の言葉によってコロコロ変わる。これは否定しようのない歴史の事実だ。

 だからロジカルに考えれば、俺の言葉は歴史を根拠にした一般論でしかない。つまり燃えるような内容ではないのだが……。


「ま、これで納得いただけたら、ここまで大ごとになっていないわけですし? なので観念論はここでお終いにして、もっと現実的な視点での話に移りましょっか」


 俺の動画に出てきた存在も、『神』と思えばそれは神だし、『神ではない』と思えばそれは神じゃない。姿形が同じであろうと、各宗教の神と同じ名を名乗ろうとも、人が信じなければ宗教における神たりえない。

 だがそれは信仰の、宗教の話である。現実にこうして類似存在が現れた以上、議論すべきは現実的な視点。


「信仰的な意味での神様云々は、各宗教のトップに判断をぶん投げるとして。──能力的な内容に関しては、あの動画の存在は間違いなく、神と表現できるほどの力を備えていますよ」


 宗教上の神かどうかは不明だが、神的な存在であることは間違いない。

 少なくとも、映像越しに世界中の人々が神と、超越的な存在と認識するぐらいには隔絶している。

 なので今回の質問、神の実在証明については、信仰的な意味ではどちらとも言えない。能力的な話ではYESということになる。


「ということで、質問その一は以上となります。まあ、こんなんじゃ納得できないって人もいるでしょうが、その辺りは各自で消費していただいて。時間の問題もあるので」


:ざけんな!

:まあ、答えることは他にもあるからなぁ……

:仕方ないか

:説明責任を放棄すんじゃねぇ!

:信仰云々の部分は、真理っちゃ真理だわな

:シンプルに草なんよ

:間違っちゃないんだけど、よくもまあこの状況でそんなこと言えるよな……

:やっぱりアレは神なんか

:結局世界中の宗教に喧嘩売ってんだよなぁ

:もう大炎上してるから、追加で燃えても大丈夫の精神やめーや

:宗教上の神をイマジナリーってぶった斬った挙句、神の如き超存在を肯定するのはどうなん?

:神的な存在って、それはもう普通に神なのでは?


 うーむ。喧々諤々って、いまのコメント欄みたいなのを指すんだろうなと思いました。まる。

 まあそんなネタはさておき。初っ端から現在まで沸騰し続けている方々も多いが、大丈夫なのかね? まだ内容的にはジャブもジャブやぞ?


「では次の質問。『不動明王様は戦いの神ではないんですけど、その辺りはどう説明してくださるんですか?』的なやつですね。つまるところ、アレって本当に神様なのかって疑問です。……あ、一つ目と似たような内容ですが、それは理解してますよ。以降の内容にもかかってくるので、敢えて取り上げました」


 表の意図としては、次の質問に繋げるためのワンクッション。……裏の意図としては、宗教における不動明王を侮辱しているわけではないことを伝えるため。


「まず一つ目の質問で語った通り、件の動画の存在が宗教で語られる『不動明王』とイコールであるかは不明です。確かに外見は伝承と合致していますし、動画外の部分でそう名乗っていたことは俺が証言します。……が、真偽を保証してくれる第三者、それも人類が信頼できる存在がいない以上、水掛け論にしかなりません」


 水掛け論。つまるところ、個々の信仰によって決まる程度の、ペラッペラな言ったもん勝ち。

 神とはそれぐらいあやふやな存在であるのだが……。現実的な問題として実にややこしいのが、実在が確定した高次元存在が、伝承のそれと瓜二つの姿形を持ち、伝承に語られる名を自称していることである。

 しかも、動画に登場した不動明王のみならず、神話に語られる修羅神仏と瓜二つの連中が、他にも存在しているという。


「実際、俺は以前に『ゴーダマ』を自称する人型の化け物と戦いましたが、伝承通りならおかしいことこの上ないですよね? 悟りの教えを広める仏様が、何でダンジョンに降臨した挙句殺し合いしてんだよってなるでしょ? ……まあ、逆に伝承のほうが間違ってて、アレらが本物という可能性もあるわけですが」


:それはそう

:実際、動画否定派のメインウェポンよ

:いやでも、ゴーダマならワンチャン間違ってはなくね? たしかカラリパヤットの達人だったなんて話があった気がする

:山主ステイ!!

:仏様を人型の化け物ってあーた……

:神話と食い違うってのは言われてるよなぁ

:生臭というか腥だしな

:だから定期的にガソリンを投げ込むんじゃない!

:そもそも論として、何故に仏を自称する存在と殺し合いしてるんです?

:言ってることは間違ってないけども!


 いや、実際そうなのである。いままでの人類史では、神を名乗る不届き者はいても、神の如き力を持った者はいなかった。

 だから人類はそれぞれの宗教における神を正解とすることができた。……が、現在では宗教上の神を自称する、神の如き力を持った存在が『やあ』と出てきてしまったわけで。

 人類の伝承のほうが間違っている可能性だって、アレらが偽りの神である可能性と同じぐらい存在しているのだ。


「とはいえ、伝承の真偽にまで突っ込むと火傷じゃ済まないので、深堀りはしませんけどね。……幸いなことに、本物であったとしても『ダンジョンだから』で説明できます。あそこはそういう場所──神の如き高次存在が、新たな神話の英雄を生み出すためのコロシアムですから」


 あの場においては、伝承における神の性質だとかは関係ない。

 全人類を救った救世主も、人類に加護と祝福を与える善神も、人類に仇なす悪神も、世界を混乱させるトリックスターも、戦場で狂乱する軍神も、戦いを知らぬ美しき女神も。

 ダンジョンに降臨したのならば、彼の者たちは殺すべき敵として探索者の前に立ちはだかる。その力の一端を分霊として、脆弱な人の子の底力を試してくる。

 それは神秘への回帰のため。先のない物理を狂信し、成長を止めてしまった人類を導くため。


「さあ、試練の話に移りましょう。保護者を自称する化け物たちから、愚かでか弱い人類に与えられた試練。時代遅れの、呪いのような祝福の話を」




ーーー

あとがき


意味深なトーンで長々と設定っぽいのを語っているが、これは新章序盤の日常パートです。つまり深い意味はない。

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