第23話 春川日向は嘘をやめる。

「俺はお前に元気を貰ってる。一緒にいたら楽しいし、男子だろうと女子だろうと変わらない。だからこそ……俺は、本当のお前も見たい」


 自分でも笑ってしまうほどにありふれた言葉。もっと気の利いた言葉でもかけられればよかったのだが、どうしてもこれがしっくりきてしまった。


「どうして……なんで、分かったの?」


 涙で目を潤ませながら、震える声で日向はそう聞いてくる。これは、なんで変わらないことが分かるのか……って意味だろうか。その答えなら既にもう決まっている。


「今もこうやって話せてるし……それに言質だって取られてるしな。男子だろうと女子だろうと、日向は日向だし」

「そんなの、綺麗事だよ。きっと爽馬も……」

「見たんだよ、お前の配信蒼井ハル。視聴者も、配信してるお前も……俺も楽しんでた。それは綺麗事じゃない、事実だ」


 人に元気を与えられない配信者が登録者200万人なんていけるわけがない。配信を楽しめないVtuberがあんなに楽しそうに配信できるわけがない。それは、ミツメアイが1番よく知っている。


「なんで、そんなこと言えるの……おかしいよ、爽馬。普通ならちょっとは敬遠すると思うけど?」

「普通じゃないのには慣れてるんだ」

「なにそれ……変なの。本気で言ってる?」

「茶化すなって言ったのはお前だろ」


 『氷の人形』に推されていたり、『白雪姫』に監視されてたり、自分自身も美少女Vtuberミツメアイしてたりと……普通じゃないことには慣れているつもりだ……うん、おかしいと言われても仕方ないな。


「……で、お前はどうなんだ?」

「ボクは……やっぱり怖いよ。お母さんを悲しませたくないし、今が変わるのも怖い。だから自分のためには選べない」


 ……ダメか。それでも、言いたいことは全部言えた。その上での日向の選択なら……


「でも、爽馬は本当のボクが見たいって言ってくれた。それが……本当に、嬉しいんだ」


 受け入れるしかないと思った瞬間、日向はこちらを見ていつもの声でそう告げる。真っ直ぐにこちらを見つめる瞳の中からはさっきまでの不安の色は消えていた。


「ねえ爽馬、さっきのもう一回だけ言ってよ。今度はちゃんと答えるから」

「『ただの恋バナだよ』?」

「かなり強めに殴っていい?」


 ちょっと空気が重くなっていたのでつい茶化してしまった。日向が割と本気で殴ってくる時の目をしているのでこれ以上はやめておこう。


「本当の、お前が見たい」


 今度は、俺も目を合わせてしっかりと日向にそう問いかけた。すると、その直後……日向は満面の笑みを浮かべて、上にかぶさる形になっていた俺の肩を思いっきり引き寄せた!


「爽馬がそこまで言うなら仕方ない! ちょっとだけ考えてあげるから、色々と手伝ってよね!」

「近い近い近い近い! アウト! 流石にこれはアウトだから!!」


 心を開いてくれたようで嬉しいけどこの状況は色々とまずいだろ! 側から見たらベッドの上で……ダメだ! 何もかも間違えてる!


「さっきは変わらないって言ったのに?」

「言ったけどそれとこれは別だ!」

「じゃあいいじゃん! それとも何、恥ずかしいの?」

「恥ずっ……それは違うけど! とにかく離れろ!」


 やっぱり余計なこと言わなきゃよかった! こいつ、さっきまであんなにしんみりしてたのに調子に乗りやがって……!! 俺はなんとか脱出しようとベッドの上で全力でもがくが、日向はお構いなしに顔を近づけてきて────


「────ありがとね、爽馬。ボクを見てくれて」

「……こっちこそ」


 耳の近くでそう囁いたかと思うと、俺を抱きしめたまま泣き始めてしまった。少し顔を動かしてその表情を見ると、その顔は満面の笑みを浮かべている。


(……嬉しいんだか、悲しいんだか……ちょっとだけならいいか)


 振り払う気を削がれてしまった俺は抵抗をやめ、ゆっくりと日向の背中をさする。やけにその背中を小さく感じたのは、俺の気のせいなのだろうか。


「もうちょっとだけ、こうしててもいい?」

「今日だけだぞ」


 月明かりが差し込む開け放された窓からは綺麗な夜の海が……高台から見た時よりも一層煌めいていて、澄み渡った夜の海が見える。


 ウッドデッキの上で立ち止まり、信じられないという顔でこちらを見ている雪月と神凪さんの姿もそれによく似合っていて……


「……いつから見てた?」

「抱きついたところ、くらいから……その、お幸せに……」

「……そういう関係も、私は悪くないと思うわよ?」

「最悪のタイミングじゃねえか!!」


 ……その後、神凪さんたちの誤解を解くまで数十分かかったのだった。



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「……えっと、待って。つまりアンタは女子っぽい男子じゃなくて、男子に見せるために女子っぽい男子のフリをした女子だったってこと?」

「そういうこと。ごめんね、ウソついてて」

「それはいいけど、信じられないわね……頭、痛いわよ」

「……春川……さん? 本当、なの?」


 とりあえず、俺と日向がそういう関係ではないという誤解を解くことは出来たが、未だに日向が女子であるという事実は受け入れられていないようだ。『はいそうですか』、って認められても驚くけど。


「うーん……分かった! じゃ、2人ともちょっと来て。あ、爽馬は付いてきたら目潰しするから」

(ついて行かないけど何するつもりなんだ……?)


 日向がおもむろに立ち上がり、雪月と神凪さんの手を引いてウッドデッキから家の中に入って行ってしまった。その場に1人取り残された俺は夜空を見上げ、3人の帰りをあくびを噛み殺しながら待つことにする。


「本当の自分か……クサいこと言ったなぁ」


 何かの歌で夏の夜空を見上げると感傷に浸るようになる、なんて言ってたけどどうやら本当にそうらしい。改めて自分の発言を振り返ると少し恥ずかしい気持ちが湧いてきた。


(……俺が言えたことじゃないのに)


 それに俺だって、理想と現実の高低差が嫌になることもある。それこそ日向は『本当の自分』を見せる決心を付けたようだけど……俺は見せられない。見たいとも思われないはずだ。


「じゃあ、仮面ミツメアイじゃない俺は、何なんだ?」


 その問いに返ってくる言葉はなくただ波のさざめきだけが辺りに響く。たった1人の星空を見上げながら、どことない虚無感だけを感じていたのだった。

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