第10話 星宮爽馬は見つけ出す。
(正体見たり、って感じだけど……問題はこれをどう使うかって話なんだよな)
『姫川りんご』の正体を知ってしまった俺は、その翌日の晩にこの秘密をどう使えば良いか、とベッドの上に寝転がりながら1人で考えていた。
Vtuber……それも、登録者が150万人もいる配信者ならば、たとえ他のどんな秘密を差し出してでも身バレだけはしたくないはず。その点で言えば、俺は白姫さんに対して圧倒的に有利な立場にあるわけだ。
(卑怯かと思ったけど、アイツがやってることも大概だし別に良いか)
一瞬、ミツメアイとして得た情報を利用するのは白姫さんに悪いんじゃないかとも思ったが、先に俺を罠にはめたのはあっちだ。何も気にすることはない、という結論に至った。しかし……
「これ、俺が身バレする可能性もあるのがなぁ」
そう。ここで1番重要なのは、『俺がどうやって彼女の正体を暴いたか』というところだ。もちろん、本当のことを言ってしまえば元も子もないし……
(……とりあえず、配信のアーカイブでも見てみるか)
『姫川りんご』の動画を見てなんとなく気づいた、ってことにすれば彼女もあまり疑わないかもしれない。要するに口実を作ろう、ということである。
コラボ相手ということで過去の動画は見たが、時間的に見れなかった配信とかも口実作りついでに見ておいたほうがいいだろう。
『どうもこんにちは、姫川りんごです! ということで今回は質問コーナーを……』
そう思って、俺は姫川りんごの配信アーカイブを見始めた。すると……
『……はい、ありがとうございました! 続いては……』
(……なんか、引っかかるな)
白姫さんが『姫川りんご』であるという決定的な証拠は中々見つからないが、代わりに俺はある違和感に気づいた。
彼女は、俺が絶対に言わない……というか、配信者ならば気をつけなければならない事を配信の中で何度か言ってしまっていたのだ。
(口実探しもしたいけど、もしもこの予想が当たってたら……!!)
姫川りんごの正体に気づいた口実が欲しいと思っていたが、今はそんなことどうでもいい。もし、俺の予想が当たっていたら……下手すれば、白姫さんだけじゃなく神凪さんまで危険になりかねない。
そう考えて、急いで過去の分も漁っていくと……
「やっぱり……これ、まずくないか?」
何気ない雑談の間に出てきたゴミ捨ての話、いつ学校行事があったかという日常の話、急に雨に降られたという愚痴など……姫川りんごは、そんな
(これだけ言ってたら、住所を特定されるかもしれたいな……俺も、これで被害にあったから敏感になってるんだよな)
そう、これらの情報だけでいとも簡単に住所が特定されてしまうのだ。もちろん、ほとんどの視聴者はそんなこと気にしないし、気づいたとしても見なかったことにする。でも……
(俺の家まで来たヤバい奴もいたし……)
それは、およそ1年前の出来事。ちょうど登録者が100万人を越したあたりで、ある人から動画に変なコメントが付き始めたのが始まりだった。
『会いに行きたいなぁ』とか、『誕生日には直接お祝いしてあげるね』、とかのコメントを、毎度毎度残していていく人がいた。初めはただの厄介なファンだと思っていたんだけど……その始まりから2ヶ月後、背筋が凍るような出来事があった。
(ダメだ、思い出しただけでも吐き気が……)
ちょうど俺の誕生日、夜の7時くらいに1人の見慣れない男が呼び鈴を鳴らしてきたのだ。あの時のことは今思い出しても身震いしてしまう。
(『会いにきたよぉ……』ってただのホラーだろ)
結局そいつは不審者として通報したら警察に連れて行かれて、厳重注意された挙句ここの付近には2度と近寄れなくなった。
俺も過去の配信や動画を見返してヤバそうなやつは全て削除・再投稿したけど、まさか……
「……多分、こいつだ」
コメント欄を全力で漁っていると、似たような名前、ほぼ同じ口調でコメントを残している人物がいた。恐らくだが、同一人物だ。人は簡単に変わらないというのはまさしくこういうことだろう。
(とにかく、まずは白姫さんに伝えないと)
動画から判明した白姫さんの誕生日はまさかの2日後、今週末の金曜日。俺はどうにかしてこのことを知らせようと心に決めて、その日は床に着いたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(見つかったら殺される……!)
気配を消し、息を殺し、自分の家とは反対方向にゆっくりと歩きながら俺は自分にそう言い聞かせる。
目の前にいるのは、誕生日ということでいつもよりはしゃいでいる白姫さんと、それを見て少し笑っている神凪さんの姿。そう、俺は今……2人をストーカーしているのである。
「氷雨先輩! 今日カラオケ行きません?」
「誕生日のお祝い、しないとだもんね……うん、いいよ」
いや、勘違いしないで欲しい。決してやましい気持ちがあるわけではない。それだけは断言できる。ただ……
(少しは話を聞いてくれたって良いだろ……)
何度ストーカーのことについて話そうとしても、白姫さんが全く聞く耳を持たなかった……というよりは、意図的に俺と関わらないようにしていた。
そのせいで彼女に身の危険を伝えることができずに2日が経ち、白姫さんの誕生日になってしまった。ということでやむを得ず、俺が直接ストーカーがいないか確かめに来ただけだ。だが……
「氷雨先輩、記念にプリクラ撮りましょ!」
「もう6時だよ……雪月は、大丈夫なの?」
「大丈夫です! 今日は両親が出張で帰ってこない日なので!」
まずは学校終わりの4時から6時までカラオケした後に近くのモールへ直行、また1時間ほどゲーセンで時間を潰し……
「もう7時半……先輩、ご飯一緒に食べませんか?」
「そっか、今日は家に人がいないんだよね……うん、どこか行こっか。誕生日、ちゃんとお祝いしないと」
「サイ○リヤとかどうですか!?」
「食べ過ぎには、気をつけてね……?」
そしてそのままサイ○リヤでご飯を食べること1時間半、店を出る頃には夜の9時になっていた。
その間も俺は変な奴がいないか店の前で警戒していたり、ゲーセンで遊ぶフリをしながら見覚えのある顔がいないか確認したり、サイ○リヤの前で空腹と戦いながら辺りを監視していたので既にクタクタである。
(マジで疲れた……あの男も結局いなかったし、俺の思い過ごしなんじゃないのか……?)
集中力と空腹、そして疲労の限界により歩くのも億劫になってきてついにそんなことを思ってしまう。しかし……
「ふぅ、たくさん食べましたね……」
「雪月、食べ過ぎ……また太るよ?」
「誕生日くらい大丈夫ですよ、多分!」
そうやって楽しそうに話す2人の顔を見ていると、どうしても見捨てようとは思えなくなってしまう。自分でも、どうしてここまでやろうと思えるのかが不思議だ。
「じゃあ、また明日。今日はありがと」
「はい! また明日、学校で!」
そうして帰り道で別れた2人を見て、俺はようやくひとつ大きなため息をつく。とりあえず、これで神凪さんに危険が及ぶことは恐らくないだろう。
────そう思って、油断したのがいけなかった。
「これであと少し……って、いない!?」
それは、目を離したほんの一瞬の出来事。さっきまで目の前にいたはずの白姫さんの姿が、いつのまにか暗闇に紛れて見えなくなってしまったのだった。
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