第5話 神凪氷雨は遊びたい。

「やっぱり100均は神だな……よし、帰るか」


 平日の夕暮れ、人の少ないショッピングモールの中。ストックの少なくなってきた文房具を一通り買い揃えた俺は、若干の満足感と共にそろそろ帰ろうか、なんて考えていた。


(……神凪さん?)


 すると、ふと通りかかったゲームセンターの前で、困惑した顔をしている神凪さんを見つけた。どうやら、少しチャラそうな別の学校の男子と話しているみたいだけど……


「────でも、いま暇なんでしょ?」

「えっと……その、大丈夫です……」

「ほら、ちょっと遊ぶだけだって!」


 ……いや、ただのナンパだったようだ。確かに『氷の人形』というブランドがない彼女は、言ってしまえば人見知りな超絶美少女。普通に考えて、ナンパする人からすれば格好の的だろう。


「でも、もう今日は帰るので」

「いいじゃん、ちょっとだけ! ちょっとだけでいいからさ!」

「あの、本当にやめて……」


 なるほど、神凪さんは押しが強い人と相性が悪いのか……じゃなくて! 誰か止めてくれればありがたいけど、あからさまに周りの人も関わらないようにしてるし……はぁ、仕方ないか。


「神凪さん! ごめん、待った?」

「ほ、星宮くん!?」

「誰だよお前?」


 俺は話している2人の所へとさらに近づき、まるで元から待ち合わせていたかのように神凪さんの名前を呼ぶ。合わせてくれよ、神凪さん。


「ごめん、待ち合わせに遅れちゃって……」

「……そ、そう! 私、この人と待ち合わせしてて……だから、ごめんなさい!」


 よし、俺の意図は伝わったみたいだ。流石に連れがいると分かったらこの人も……


「でも君さ、さっき帰るって言ってたよね?」

(そこは素直に引き下がってくれよ!)


 ダメだった。どうやらこの人は面倒なタイプみたいだ。まあ、でも……


「あぁ、これからお見舞いに行くんですよ。友達が入院してて……行こう、神凪さん」

「病院……ちっ、分かったよ……」

「そ、それじゃあ……さよなら」


 こういう時の対応は配信で慣れている。お見舞いとか、葬式とかを話題に出すと9割の人は諦めてくれるものだ。


「とりあえずここは離れようか」

「うん……って、えっ?」

「ほら、行こう」


 俺はまた面倒事が起こらないように、神凪さんの手をとって急いでその場を離れていく。


「あのっ、その……手……!」

「何か言った?」

「ううん、何でも……ない……」


 もうナンパの危機は去ったのに、なぜか神凪さんはしばらく下を向いたまま一言も話さなかったのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「……なるほど、後輩と来る予定だったのか」

「うん、急用で来られなくなっちゃったみたいで……でも、可愛い人形がクレーンゲームにある、って言ってて……欲しいな、って思って……」

「それで入ろうとしたら絡まれたと」


 俺と神凪さんはショッピングモールから出た後、その近くをぶらぶらとしながらさっきのことについて話していた。


「うん。来てくれて、助かった。人形は……取れなかったけど」

「今から戻るのもな……あっ、そういえば近くにゲーセンなかったっけ?」

「それ、本当? どこにあるの!?」


 どうやらくだんの人形とやらをかなり入手したかったようで、近くにゲーセンがあると言った途端に彼女は目を輝かせながらその場所を聞いてきた。


「ここから歩いてちょっとかかるけど、一緒に行く?」

「一緒に!? わ、私は嬉しいけど……星宮くんは、いいの? その……私と、一緒に……」

「嫌だったら誘ってないよ」


 別に、そんな驚くことでもないはずだけど……とにかく、これで今日の放課後の予定は決まりだ。俺は自分の記憶を頼りに、ゲーセンへと歩き始める。


「これって、もしかして……ううん、大丈夫……じゃない……!」

(やっぱり、まだこの人のことはよく分からないな……)


 ブツブツと何かを呟く神凪さんと一緒に道を進むことおよそ20分、ついた先にあったのは大きなゲームセンター。


 最近出来たばかりだったから、彼女もよく知らなかったのだろう。


「なんというか、すごく大きい……」

「ここなら探してるのもあると思うよ」

「2人で来て、正解だった……こんな場所、初めてだから……」


 確かに、立体駐車場が併設されているほどの大きいゲーセンに1人で来るのは気が引ける。まあ俺も一度来てみたかったから誘ったんだけど。


「うわっ、すごい……いろんなゲームがある……」

「太鼓の○人が6台並んでるのとか初めて見たよ」


 中に入ってみても、その規模は桁違い。あたり一面に広がるゲーム、ゲーム、ゲーム……これじゃ、神凪さんのお目当てのものを探すのも一苦労だ。


「手分けして探した方が良さそうかな。じゃあ俺はあっちを探してくるから……」


 そう思って、俺は人形のある台を手分けして探そうと歩き出そうとする。しかしその瞬間、俺は神凪さんに袖を握られて引き止められた。


「……ねえ、星宮くん」

「どうかした?」

「その、そんなに急がなくても……2人で遊べるのとかさ、あるかもしれないし……一緒に探さない?」

「神凪さんがそれでいいなら」


 確かに周囲を見たら結構同い年くらいの人もいるし、彼女を1人で回らせるのはかなり不安だ。少し迂闊うかつだったかもしれない。


 ということで、俺たちは2人で目的のクレーンゲームを見回りながら遊ぶことになった。


「私、あれとかやってみたい……」

「エアホッケー? じゃあ、負けた方がなんか奢ろうか」


 まず遊んだのはエアホッケー。良い感じに手加減して負けようかと思ったら……


「そこっ!!」

「ちょっ……」

「今度は……ここ!」

「神凪さん、強くない!?」

「これで……決まりっ!!」

(この人そういえば運動神経バケモンだったわ!!)


 結果、途中から本気を出してなお33-4という大敗。途中から神凪さんの目が狩人のそれになっていて怖かった。


「……ふぅ、ちょっと疲れたし……今度は、あれやらない? 自分で運転するの、やってみたい……!」

「マリモカート? 俺もやったことないし丁度いいかもね」


 続いては大人気テレビゲームのアーケード版、マリモカート。自分で運転するタイプをやるのは初めてだけど、これなら勝てるかもしれない。


(2連敗は恥ずかしいしな……この勝負、全力で行かせてもらおう)


 こっちは2年前から週1でゲーム実況もやってるんだ。さすがに勝てるだろう……そう思っていた時期が、俺にもありました。


「ここのコイン取って…‥2段ドリフトからショートカット……赤甲羅は壁で処理して……」

(神凪さん、ガチ勢じゃねえか!!)


 結論、死ぬほど強かった。周回差を付けて圧勝されるくらいには強かった。まさか初回プレイで店のレコードタイムを更新するとは。


「神凪さん、本当に初めてなの?」

「うん……コースは似てたから、なんとなく」

「なんとなくで出来たら苦労しないんだよ」


 もうこの人に関してはプロゲーマーとかの道に進んだほうがいいんじゃないだろうか……そんなことを思いながら、俺たちはまた店の中を回っていき……


「ふぅ、疲れた……ちょっと休憩……」

「結局1回も勝てなかった……!!」


 結局、夢中になって遊び続けること2時間ほど。かなり疲れた俺たちは、出口の近くにあるプリクラコーナーの前のベンチで休んでいた。


「そういえば、クレーンゲームのこと…‥忘れてた……」

「あっ、ごめん! 俺が探そうって言ったのに……ちょっと見てくる!」


 彼女のその言葉でクレーンゲームを探す、ということをすっかり忘れてしまっていたことを思い出し、急いでベンチから立ち上がる。すると、その瞬間……俺の目には、予想外の人物が映っていた。


(なんであのナンパ男がここに……!?)


 まさか、ナンパする場所を変えたのだろうか。見つかったら面倒なことになるだろうし、このままだと鉢合わせする可能性が高い。クソ、こうなったら……


「神凪さん、来て!」

「星宮くん!? 何を……」

「いいから早く!」


 困惑している神凪さんの手を取って、急いで近くのプリクラ機に駆け込んだ。よし、これであの男にバレることは無い……と思ったのも束の間。


「あの、星宮くん……その、こういうのは、まだ早いんじゃ……!!」

「……あっ」


 彼女のその言葉で冷静さを取り戻した俺は、目と鼻の先ほどの距離に神凪さんの顔があることに気づく。やけに心臓の音が大きいし、なぜか体も熱い。いや、これは……!


(何やってんだ俺……本当に何やってんだ!?)


 慌てて狭い空間に2人で飛び込んだ結果、神凪さんを押し倒す形で密着状態となっていることに気づいたのだった。

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