「Phantom Factory」と「牧野つばさ物語」
にわ冬莉
Phantom Factory
次元の狭間。
ここには、世界から追放された者たちや紛れ込んできた遺物などが漂っていた。
どこでもない場所。
今となっては初めから存在しなかったかのように、世界から消えて行った者たちの墓場だ……。
ウソつきちょうちょ
片方の羽根だけ広げてみても
空を舞うことなど出来ないくせに
ウソつきちょうちょ
湖に落ちて死んだ
歌を歌っているのはまだ幼さの残る少女。辺りを漂っているのは彼女が書き殴った言葉を記した藁半紙が数枚。誰が答えてくれるわけでもないのに、繰り返す挨拶はいつも、
「おはよう、ダーリン!」
彼女の脇をかすめていったのは、白い狐のような動物。だけどふさふさの尻尾が見当たらない? 森で迷子にでもなったのか。
「あー、あー、応答願います。こちらファントムファクトリー。幻はいりませんか~?」
少女はもう随分前に、この場所に来た。ここに来た者は数日で元の世界に戻れるはずだったが、極稀に、彼女のような異端が存在するようだ。
つまり、帰れない。
帰り道に、繋がらない。
次元の狭間はどこにでもある。
にも拘わらず、どうしてもここを抜け出せない者。
やがて彼女は、自分が誰であったかも忘れ、どこから来たかも忘れ、何もかも忘れてゆく。
だけど、忘れてしまったことは、きっと、どれも忘れてしまってよかったものたち。
「私が昔、私だったころ…」
ぼんやりと思い出す。
それが本当の記憶なのか、作り出した幻影なのかすら、もう思い出せないが。
「私は、走っていたの」
目を閉じる。頭に浮かぶ風景はいつも同じ、畦道。夕日が沈みそうな薄暗い空。追いかけてくる、誰かの影。
「嫌だ! 嫌だったら、嫌だ!」
埋められる!
ここで逃げなければ、きっと埋められてしまうんだ!
なんで? どうして私なの?
十年に一度の大きな祭り。
村に伝わる有り得ない掟。
人柱の選出……。
白羽の矢が立った我が家。
三姉妹なのに……選ばれたのは、私。
若い女の子なら誰でもいいんじゃなかったの?
いらないのは、私?
私は力の限り走った。セーラー服の襟をなびかせて、スカートを翻して。
逃げるって、一体どこへいけばいいの?
山へ。山の奥へ。
もつれそうになる足を何とか踏ん張り、遠くへ。もっと、もっと。
「誰か私を好きって言ってよ! 私が大切だ、って。ここにいていいんだよ、って言って!」
叫びながら走った。
山の中はもう真っ暗で、転ばないように進むのがやっとだったんだ。
私は足を止め、その場にしゃがみこんだ。もう、いいや。どうにでもなればいい。
その時、
「おいでよ」
声が聞こえた。
確かに、聞こえたんだ。
「私?」
「そうさ、おいでよ」
「どこに?」
「どこでもない場所に」
私は誘われるままに手を伸ばした。声の主は誰? どこに行くの? 疑問はあったけれど、もうどうでもいい。ここから連れ出してくれるのなら。
どこでもない場所には、世界から追放された者たちや紛れ込んできた遺物が漂っていた。
忘れられたままの人形や、ページを開いてももらえない本。誰も探しに来ない迷子も、邪魔だと捨てられた老婆も。みんな、みんなここに来る。
そして、いつしかいなくなっていく。
少女を導いた声の主は誰だったのか。
どこに行ってしまったのか。
この場所に辿り着いた時には、もう少女は独りだった。
「こちら、ファントムファクトリー。誰か幻はいりませんか~?」
退屈だった少女は幻影工場≪ファントムファクトリー≫を始めた。幻を作り出して、遊ぶのだ。永遠とも思える時間を、自由という名の不自由を満喫するために。
少女は夢を見ているのだろうか?
もしかしたら元々存在すらしていなかったのかもしれない。
すべてはただの幻影。
どこかの誰かが作り出した、作り話。
次元の隙間に誘い込まれた最初の一人の身勝手なごっこ遊び。
帰る場所を無くした者たちが迷い込む次元の狭間。
行方不明になった少女の話はあっという間に広まっていた。
心神喪失状態だったとされる少女の母親は、半狂乱で娘を探し回っていた。
しかし、村を挙げての大規模な捜索も空しく、少女の姿はついに発見されることはなかった。
山の中腹で発見されたのは、少女が書いたと思われる遺書と、物語の一部。
誰からも愛されないと嘆く、自分を主人公にした長い長い物語の、ほんの一部だけだったのだ……。
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