第29話 偕楽軒にいた現代人

 5月6日、未来達は偽装だが、西新町3丁目にある真教寺前の「偕楽軒かいらくけん」という洋食レストランでお見合いをする事になった。レストランの外部は赤瓦の屋根に洋風な建物、傍には「KAIRAKUKEN」と英語で書かれていた。


「偕楽軒…?この時代の沖縄にも洋食店があったんですか?」


縁は琉洋折衷の2階建ての店を見た。

「そうみたいだな」


「沖縄ってステーキとかのイメージが強いけどね」


いつもと違い、赤い振袖の着物を着た未来は偕楽軒の建物を見上げた。しかし、洋食より和食が好きな未来は「偕楽軒」よりも近くにある和洋料理店「花月」という料理店で食事をしたかった。


「ねぇ義叔父さん私、洋食より和食がいいから偕楽軒より花月がいい」


未来は近くにある花月がいいと拓也におねだりすると、「未来、いやかマドゥーわがまま言うんじゃない。今日はここで食べると予約しているんだ!それに花月は『和〇亭』のようなレストランだとは限らないぞ!」ちなみに「和〇亭」とは沖縄の某ローカルスーパーの中にある和食のファミリーレストランの事である。すると、向こうから3人の男女が歩いてきた。


「おーい!伊舎堂盛一君!」


この時代の拓也の名前を呼んだのは康徳だった。


「おっ、あいつら来てんじゃねーか」


 拓也は康徳や古奈美、海音が来ているのを見ると、拓也が「よっ!遠藤!」と康徳の潜入捜査の苗字を呼んだ。康徳も海音も拓也同様、スーツを着ていた。


「拓也いや盛一、いよいよお見合いだな」


「偽装だけどな」


 6人は偕楽軒の中へ入り、2階に上った。中はいかにも和洋折衷なレストランであり、窓からは海が見えた。見た感じ綺麗なレストランだった。


「なんかリゾートホテルみたいなレストランだね」


「そうだね」


「ご予約された席はこちらです。どうぞごゆっくり」


 未来達を案内した男性のウェイターがお辞儀をすると、未来達は席に座った。


「じゃあ偽装だけどお見合いをしたいと思います」


 康徳が声を掛けて手を挙げると、偽装ではあるが兼村未来と小野寺海音のお見合いが始まった。


「えーと自己紹介をお願いします」


 康徳が自己紹介をして欲しいと言うと、「あの・・・ここでは本名で言わない方がいいですよね」海音が康徳にひそひそ声で尋ねると、「うん。その方がいい」と答えた。


「じゃあ僕から沖縄県立第一中学校4年の遠藤周一です。東京の櫻崎学園から編入して来ました。趣味は読書です。よろしくおねがいします」


 海音は下を向きながら自己紹介をした。未来はなんとなくだが海音が緊張している様子がわかった。偽装なのに。


「縁さん、遠藤周作みたいな名前だね」


「本名じゃないけどね。未来ーも自己紹介して」


 縁に言われると、未来も潜入捜査での名前で自己紹介を始めた。


「えっと・・・沖縄県立第一じゃなかった県立高等女学校4年の伊舎堂カマドです。趣味は読書と絵を描く事。よろしくお願いします」


未来は頭をぺこりと下げた。

 すると、琉装をした女性2人と子供が2~3人ぞろぞろと店の中へ入って行った。

 そして背後には和装した女性と学生服を着た少年とスーツを着た男性2人がいた。


「10名様でご予約された伊波様ですか?こちらの席にどうぞ」


男性のウェイターが10人分の席がある場所に案内すると、普猷が席に座っている未来の元に近づいて来た。「伊舎堂君、何をしている?」

「お見合い」未来が答えると、普猷は無表情であったが、下を向いて家族の元へ行った。


「へへあいつ落ち込んでいるぞ」


 康徳が拓也を見て笑っていた。


「そうみたいだな」


 拓也も普猷の様子を見て笑っていた。

 すると、未来達の元に先程のウェイターの男性が来た。ウェイターの男性は見た限り沖縄の人間ではない。


「ご注文はいかがですか?」


「え?注文?あー料理のですね。えーと俺はビーフステーキで」


 拓也がビーフステーキと応えると、康徳は「なんかこれ西洋なすって書かれているけど、トマトの事か?じゃあトマトハンバーグで」


 康徳はトマトハンバーグを注文した。


「えーと何しようかな?ん?オムレツがあるよ。」


「え?本当?」


 海音は未来と一緒にメニューを見た。今と違って写真が無かったが、確かにそこには「オムレツ」と書かれていた。


「本当だよ。きっとトロトロのオムレツだよ」


「そうかな?」


 海音は当時のオムレツが今のようにトロトロなオムレツとは思えなかった。確かこの時代はオムレツが日本に広まったばかりだから今のような技術を持っているとは思えない。ましてや沖縄となるとそうだ。


「でも他のメニューに比べると、こっちの方が無難だからこっちにしようかな?」


「うん」


 未来と海音はオムレツを注文した。

 注文してしばらくすると未来達6人分のメニューが来た。未来と海音が頼んだオムレツも来ており、下にはチーズとハンバーグが乗っかっていた。オムレツは先ほどのウェイターがナイフで切った後、トロトロの黄色い汁がたくさん出ていた。それをウェイターがケチャップで掛けてくれた。


「ありがとうございます」


 未来と海音はお礼を言うと、さっそくオムライスを食べた。


「中がふわふわでとても美味しいです」


 海音は笑顔でウェイターを見ると、ウェイターは恥ずかしそうな顔をして


「当店のコックはかのヘンリー・B・シュワルツ氏の元で長く料理をしていた者や帝国ホテルで腕を磨いたものもおります。また、今年の1月に開業したばかりですが、材料は神戸から仕入れております」


「へぇーシュワちゃんの元で働いていた人がコックしているんだ」

 縁はシュワルツ氏の事を知っているようだ。


「シュワちゃんってシュワルツェネッガー?」


 未来は思わずあのロボット映画に登場する俳優だと思っていた。


「違うよ。さっきのヘンリー・シュワルツ氏って言う人。10年前に会った事があるんだよね。苗字がシュワルツェネッガーに似ているから『シュワちゃん』って呼んでいただけ」


 縁は注文したステーキをナイフを使って食べていた。


「面白いですね」


 未来は思わず笑いながらスプーンでオムライスを食べていた。


「カマドゥーせっかくのお見合いだから高い着物を汚すなよ」


「わかったよ」


 未来は拓也に注意されたが、それでも夢中でオムレツを食べていた。


「あいつ、本当に着物汚しそうだな」


 拓也は未来が高い着物を汚さないか心配だった。


「そう言えばゆかりじゃなかった幸さんには話したけど、この時代には実は2016年から来た小学生がいる」


「あー前に言っていた赤嶺樹君って子ですね」


「そう」


「その子がどうしたんですか?」


「赤嶺君の失踪がただの失踪じゃなくて帝国機関が関わっている事件じゃないか?って思っている…」


「なぜ、そう思うのですか?」


「…帝国機関は中学生以下の子供を誘拐して過去に送り込む事がある。だから、赤嶺君も彼らに誘拐された可能性がある」


 古奈美が衝撃的な発言を言うと、拓也や康徳は目を見開いた。


「どういう事だ。奴ら誘拐までしていたのか?」


「さぁわからない。でもあくまでも可能性として。単に時空が歪んで来ている可能性もあるけど」


「どっちなんだ」


 康徳も彼らが誘拐なのか時空の歪みなのかわからなかった。


「でも誘拐だとしたらどこかにいるはずだが、なかなか見つからないぞ」


 拓也も赤嶺祐樹の手がかりを掴めなかった。


「後、赤嶺君の他にも行方不明者がいる・・・」


 古奈美が赤嶺祐樹以外の行方不明者の事を話すと、「私、その子と途中まで一緒にいましたよ」とコックの恰好をした頭がやや薄めの男が立っていた。男は褐色肌で背は低いが、がっちりとした体型であり、腕に筋肉があった。


「食事が終わったら、話を詳しく聞いてもらいましょうか?」


 古奈美は男に声を掛けた。



 レストランから出ると、未来達は歩いて人気の少ない三重城みーぐすくまで行った。

 古奈美が男に話を振ると、名前は松茂良興一まつもうらこういちと言い、2016年の現代では「こども食堂」である「海風うみかじ」を経営する人物であった。赤嶺祐樹はそのこども食堂によく足を運ぶ少年だったという。


「俺はその祐樹ーと一緒に食堂の手伝いをしていたんだけど、その時に謎の男に誘拐されたわけよーそれで気が付いたら祐樹―はいなくなっているわけ。そしたらあれなんか俺にへんな機械を向けて来るもんだから怖くなって偕楽軒って言うレストランまで逃げたわけよー」


「そこでしばらく働いていたんですか?」


「ぃいーなるべくあれなんかに見つからないように厨房の仕事をお願いって言ったよ。ずっと皿洗いの仕事だけど」


「そうですか。あなたは今日でここの仕事を辞めて私達の元へ来なさい」


「わかりましたそうします。あの実は私、ある人を目撃したんです」


 興一が急にある人を目撃したと話した。


「ある人とは?」


「行方不明になった香坂亮太こうさかりょうたって人です。彼が小学校の頃、一度会っています」


 香坂亮太という名前に古奈美と康徳、拓也はかなり驚いていた。


「あの香坂亮太でどうして驚いているですか?」


 海音は目を見開き、驚いている3人に話を聞いた。


「香坂亮太はアルバース財団とは敵対している内閣府沖縄総合事務局の職員だった。けど、2016年の4月28日に突如、姿を消している」


「知っています。潜伏地で見たTwitterのトレンドで大騒ぎになっていましたから。いろいろ憶測が立ちましたよね?自殺とか他殺とか・・でもあの人、遺体が見つかっていないんですよ」


「遺体も見つからないから警察も突然の失踪に困惑していた・・・・今でも未解決事件のはず」


「そうですよね・・・」


 海音は口を開くと、三重城には混沌とした空気が流れていた。








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