僕らは『読み』を間違える

水鏡月 聖/角川スニーカー文庫

プロローグ

 ――事実は小説より奇なり。


 言わずもがなイギリスの詩人バイロンの言葉だが、果たしてそうだろうか。

 この世の中は実につまらない。小説の中に描かれるような奇想天外な出来事など起こりはしないのだ。

 事実、奇跡は奇跡であって現実に起こらないから奇跡なのだ。

 妖怪や魔物なんて存在しないし、タイムリープにしたってありえない。宇宙人にしたって実在していると本気で信じるのは小学生くらいまでにしておいた方がいい。

 この世に魔王も存在しなければ勇者も存在しないし、もちろん魔術師も愛らしい魔法少女も実在しないということぐらいは皆さんもご存じだろう。

 もし、その実在を信じているというのであれば、あなたは病気だ。しかも病院で治すこともできないような恐ろしくて恥ずかしい病気だと断言しよう。

 もちろん空から突然金髪碧眼の美少女が降ってくることもありえないのは言うまでもない。

 カワイイ妹? 残念だけど実際の妹と言えばわがままで兄のことなんてゴミ以下くらいにしか思っていない。

 せめて……、せめて、隣に住むカワイイ幼馴染や、憎たらしくも愛しい妹の存在、入学式の日に偶然曲がり角で食パンをくわえた美少女にぶつかってそれがいきなり隣の席へ、なんてラブコメな青春ぐらいはあってもらいたい……。と思う事さえ儚いものなのだ。

 そんな残酷な生活を否定して、不慮の事故に遭ったとしても異世界に転生することだってありえない。もし、万が一。異世界転生したところでどうだろう?

 たとえチートなスキルを与えられたところで、勇者になどなれない引きこもりが異世界に一人増えるだけだろう。


 そう、現実世界は残酷なまでに何事も起こらないし、僕はメーテルリンクが『青い鳥』の中で語るように、何もない日常のすぐそばにこそ幸せがあると気づけるほどに歳をとりすぎてはいない。


 そんなことをつぶやきながら、あの頃の僕は長い坂道をうつむいたままで歩いていた。

 こんな世界に夢や希望なんてないとひねくれて愚痴ってばかりいた。

 少し話はそれるが皆さんはこれから語る物語の舞台となる岡山県という場所がどこにあるかご存じだろうか。

 華やかな港町を有する神戸のある兵庫県の西で、お好み焼きやカープの広島県の東、うどんで有名な香川県の海を挟んだ北で、砂丘のある鳥取県や出雲大社でおなじみ島根県の南の、特にこれといったものが何もないのが岡山県だ。

 強いて特徴を挙げるならば岡山県とは〝晴れの国〟がキャッチコピーである。その名の通り日本で一番雨の日が少ない。さらに岡山県立図書館は日本で一番利用率の高い図書館である。

 つまりは外は晴れているにもかかわらず室内にひきこもり読書に耽るという残念極まりない地域だ。

 しかもここはそんな岡山県のさらに郊外。もはやここに住んでいるのは日本人ではないと思ってくれて構わない。テレビをつけてそこに流れる東京や大阪、京都のことなんてまるで外国のような、自分たちの生活とは遥か縁の遠い世界のことだと考えている。

 そんな世界の隅っこで最悪の高校生活をスタートさせてしまった僕は、いまさら何に期待を持って生きて行けばいいというのだろうか。

 だから現実なんかに期待せず、読書に耽ればいいのだ。優美なる想像の世界と悲痛なる妄想の世界に浸って過ごす……。もう、それで十分ではないか。


 今から語られる話は、そんな、どこにでもあるようなごくごく普通の物語。

 異世界も勇者もタイムリープも、すこしふしぎな奇跡も殺人事件さえ起こらない、ごくごく普通の物語。

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