第06話 かしましい者たち

「ねぇ、シトリー。ルーカスのこと、どう思う?」

「……わかりません。ですが、私は誰かと付き合うことなんて……」


 話し終えたシトリーに訊ねるも、彼女は力なく首を振るだけだった。


「分からないなら、聞いてみましょうか?」

「えっ、いや、その……いったい?」


 珍しく狼狽えるシトリーをみてくすりと笑う。


「恋愛話が大好きなお友達がいるのよ」

「……ヴィンメル伯爵令嬢ですか? それともワイマール侯爵令嬢? まさかヴィルージュ公爵令嬢じゃありませんよね?」

「違うわ。んー……今日は無理そうだし、明日ね」


 政治を行う上で必要だから、と叩き込まれたポーカーフェイスを駆使しながら、ソフィアはシトリーとともに帰路に就いた。


 翌日。

 シトリーを伴って向かう先は、いつかシトリーに誘われた王城、女王の庭だ。

 優雅にお茶を楽しむ慈愛の女王クイーンオブハートとメイヤー侯爵夫人に頭を下げる。

 先触れもなければ手紙もなしに訪れるのは本来ならば無礼な行為だが、当の二人はまったく気にする様子がなかった。


「あら、来てくれるなんて思わなかったわ! すぐお茶の準備をさせるわね」

「もう大丈夫なのですか? せっかく会えた旦那さんともっと一緒にいた方がいいのでは?」

「だ、大丈夫です! 今日は相談がありまして」


 戸惑うシトリーを引っ張り、二人の前に立たせる。

 頭の上にハテナを出しながらも顔を引きつらせるシトリーを紹介する。


「こちら、私の侍女を務めているシトリーと申します。今日は、彼女が難しい恋愛について悩んでいるので陛下と先生のお力をお借りできないかと思いまして」

「あらあらあら! 恋愛ですって?」

「まぁまぁまぁ! 恋愛ですって!」


 シトリーが口を開く前に、二人の目つきが変わった。

 獲物を見つけた肉食獣のようにシトリーをロックオンし、座らせる。

 何を隠そう女王もメイヤー侯爵夫人も、恋愛話が大好きだった。


 二人とも権力や家柄などの関係で婚姻を決めている。もちろん、相手との愛は育み幸せな家庭を築いているしそのことに不満はないが、ついぞ経験したことのない恋愛というものに、二人そろって憧れを抱いているのだ。

 ちなみに最近のお気に入りは最も好きなのは大きな困難を乗り越えた男女が結ばれるラブロマンスだ。特に身分差に引き裂かれそうな二人が困難を乗り越えるところがたまらない、とのことだったのでシトリーの今の状況はかなり熱心に聞いてくれるに違いなかった。

 ちなみにソフィアもエルネストとのことを根掘り葉掘り聞かれ、散々からかわれている。


 とはいえ、女王はシトリーの雇い主にして『女王の切り札』の主でもあるし、二人とも人生経験豊かだ。二人のアドバイスでエルネストとの関係をさらにいいものに出来たともおもっているし、そうでなくとも色々な意見を聞けるだけで選択肢は広がる。


(とりあえず色々話せば、きっと陛下も先生も助けてくださるわ)


 ソフィアに促されて、シトリーが口を開いた。


***


「っぷし!」

「どうした、風邪か?」

「いや、なんかムズムズと……」

「まぁ良い。頭が働くなら書類を進めろ」

「鬼かお前は」

「馬鹿。お前自身のためだろうが」

「そりゃそうだけど」

「それに、騎士団長になれば今まで俺がやってた書類は全部お前がやることになるんだぞ?」

「ぐげっ!? そりゃそうだ……」

「諦めるか?」

「冗談。絶対あきらめない」

「だろうな。手を動かせ」


***


「騎士団長、ねぇ……こんなに頑張ってるなら絶対に幸せになるべきだわ!」

「そうですね。エピローグでぎゅって抱きしめて口付けを交わすなんて良いかも知れません!」


 恋愛小説にどっぷり浸かった二人はシトリーを前に相談を始める。


「でも、これだけ意地っ張りだと騎士団長になった後も素直に慣れなそうな気がしますね?」

「あ。それはそうね。騎士団長にならないと無理って言っただけで、なったら付き合うとは言ってないみたいだし」

「まずは良い雰囲気を作るのが大切じゃないですか。スカーレット、何かいい案はありませんか?」

「んー、そうね。うちの義息子エルネストに竜を出してもらって倒せば……いえ、義息子と同じじゃシトリーちゃんが可哀想よね。もっと創意工夫と熱意が欲しいところだわ」

「諦めないでぐいぐい行くのはえらいですし、これ以上は酷では?」

「いーえ。惚れた子をオトそうってんですから、人生で一番ってくらいの頑張りを見せてもらわないと!」


 楽しそうにハシャぐ二人に、シトリーが困惑していた。

 シトリーの話をしているはずなのに置いてけぼりである。


「あの、」

「ああ。大丈夫よシトリーちゃん。絶対に良い感じにしてあげますから」

「えっと、あの……え?」

「ソフィアさん。ちょっと悪だくみをするから、今日はここまででもよろしくて?」


 生き生きとした女王と師に見送られて、二人は庭を後にすることになった。不穏な発言にシトリーは何とも言えない表情をしているが、ソフィアはあっけらかんとしていた。


「どうするんですかコレ。相手は慈愛の女王クイーンオブハートですよ!? それにメイヤ―婦人まで……」

「大丈夫よ。……多分」


 急に勢いを失ったソフィアの発言に、シトリーはジト目で溜息を漏らした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る