第02話 シトリーとルーカス
エルネストからの手紙はあたりさわりのないものだった。
連絡を怠っていた謝罪に自分が無事であることや、周囲の被害もないことなどの説明などに続いて、ソフィアへのお願いが綴られていた。
『寂しい思いをさせてすまない。何かお詫びがしたい。必ず叶えるから、思わず困ってしまうようなとびっきりのわがままを考えておいてほしい』
(エルネストさま……むしろそのお願いで私が困ってます)
思わず手紙を抱きしめたソフィアにトトが小さく笑った。
『だから言ったでしょ。大丈夫だって』
「心配になるのはしょうがないじゃない!」
『まぁ、それはそうだけど。あの竜が起きててエルネストを傷つけられる奴なんて一人しかいないわ』
「えっ? いるの?!」
驚くソフィアにトトがからかいの視線を向ける。
『ソフィアよ。ソフィアが、大嫌い、口もききたくないなんて言えば傷つくんじゃない?』
「もう! そんなこというわけないでしょ!」
『わかってるわよ。……あっ』
「なに?」
『今、
「何かって?」
『アタシが見に行く? それとも、』
「自分でいく!」
ぱっと立ち上がると、シトリーがいるであろう部屋に向かう。トトもそれに続くが、心配そうなソフィアに比べると気楽な表情だ。扉を開けようとしたところで鋭い怒声が飛んだ。
「どうしてあなたはいっつもそう自分勝手なんですかっ!?」
思わず身をすくませるほどの剣幕はシトリーのものだ。
「大丈夫だって。それとも心配してくれてるの?」
「倒れた直後にすぐ戦地まで戻るのがどれだけ無謀かって話をしているだけです!」
「無謀でもやらないといけないことがあんだよ」
「若様のご機嫌取りがそんなに重要ですか!? 若様を怖がる馬鹿者たちは怯えさせておけばいいんですっ」
(シトリーがこんなに怒るなんて)
どう考えても冷静ではない状況。このまま会話を続けていてもきっと良い方向に進まないだろうと考えたソフィアは意を決して中にはいる。
上着を脱ぎカウチソファから身を起こそうとするルーカスと、射殺さんばかりの視線でそれを睨むシトリーがいた。
「えっと、ルーカス。私も無理しない方が良いと思いますよ?」
「お気遣いありがとうございます。ただ、自分もいろいろとやらないといけないことがあるんですわ」
「そんな体調で戦地に戻ってできることなどないでしょう!」
「もう争い自体は解決してるよ。あとは手紙届けりゃ終わりだ」
「なら他の人に、」
「駄目だ」
言い募るシトリーに対し、ルーカスは明確な拒絶を返した。
「二人とも落ち着いて」
ソフィアが声を掛けたことで冷静になったのか、シトリーが気まずそうに視線を背けた。
「ルーカス。シトリーはあなたのことを心配してるんじゃないですか? 私も、倒れた直後にまた激務の中に戻るのは賛成できません」
「……すみません。戻らないわけにはいかないんです」
「勝手にすればいいんですっ!」
シトリーはそう言い放つと、ずかずかと出て行ってしまった。
ぽつんと残された二人とトト。
しばらく沈黙が続いたところで、シトリーが戻ってきた。ルーカス用か、軽食や水差しが載せられたワゴンを押していた。
(シトリーがこんな表情するなんて)
長い付き合いとは言えずとも、エルネストに次いで一緒にいる相手だ。そのシトリーが見るからに落ち込んでいる姿は見ているだけで心が痛むようだった。
「先ほどは失礼しました。ルーカス、せめて腹に何か入れてからにして。このまま出立して途中で倒れれば、ソフィア様の手紙は永遠に届かないから」
「……すまん。ありがとう」
「私は冷静でいられそうもないのですぐ下がりますが、ソフィア様も部屋に戻られますか?」
重たい空気が支配する部屋にいたいとも思えなかったが、このままにしておくのもまずいと考えたソフィアは首を横に振る。
「かしこまりました。別の侍女を寄越しますので少々お待ちを」
さっと退室してしまったシトリーを見送ってから、軽食に手を伸ばしていたルーカスに向き直る。
「ルーカス。少しお話しません?」
「ふぁい。ふぁんふぇふょー?」
「あの、食べてからにしません……?」
口いっぱいにキャロットラペのサンドイッチを頬張っていたルーカスに毒気を抜かれてしまうが、食事が人心地つくのを待つ。
「んぐ……ぷはっ。すみませんでした。礼儀知らずなのは分かってるんですが、どうも騎士団での癖が抜けなくて」
「大丈夫よ。それより、ルーカスは何でそんなに無理をしてまで戦場に戻りたいの?」
ソフィアの問いに、ルーカスは難しい顔で唸る。
しばらく色んなところに視線を向けて迷いに迷って、それから大きく溜息を吐いて苦笑いを浮かべた。
「笑わないでくださいね?」
ソフィアが真剣な面持ちで頷いた。
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