プロローグ3.みんなで一緒に出掛けるだけでも一苦労

「今日はお姉さんとデートだ。よきだね、ひー君」


 ぐいぐい、っと愛沢さんが俺の手を引く。

 愛沢さんは気軽にボディタッチをしてくるので、シャツの袖越しとはいえ俺は未だにちょっとドキッとしてしまう。


「デートじゃなくて、食料の買い出しですよね」


「ほら、『行こ行こ』パリへヴェルサイユ。

 1515年ヴェルサイユ革命だよ」


「語呂合わせの覚え方、間違ってますよ。

 ヴェルサイユ革命は『行く行く』で、1919年です」


「わお。さすが現役の高校生」


「ちょっとあまり引っ張らないで。このままじゃみーちゃんが頭、打つ」


 俺はみーちゃんをおんぶしたままなので、膝を思いっきり曲げて腰を下ろして玄関を出る。

 俺はずり落ちそうになったみーちゃんのお尻に両手を当てて、背負い直す。


「きゃっ。

 お兄ちゃん、くすぐったい。

 わたしのお尻を触ってお姉ちゃん達に軽蔑されたの、もう忘れたの?」


「おんぶ時の不可抗力だし、しょうがないでしょ。

 というかみーちゃん、『軽蔑』なんて難しい言葉、知ってるんだ?!

 あと、小学生のお尻なんて別に触ってもいいよね?!」


 みーちゃんは俺が居間でテレビを見ていると太ももの上に座ってきたり、背中によじ登ってきたりするから、今更お尻に触れたくらいではなんとも思わないのだが――。


 そう思っているのは俺と、大人の愛沢さんだけらしい。


 中学生の美空ちゃんは俺とはまったく異なる価値観を持っている。


「最低……」


 バタン……。


 美空ちゃんの絶対零度の声を残して、玄関戸が内側から閉められた。


「なんで閉めるの」


「私達も行くよ」


「私は行かない」


「美空! 早く!」


「放して」


「いいから!」


「早く行かないと大人の私がひー君を襲っちゃう!」


「好きにすれば」


「お、襲うって、どういうこと。なんで私がひー君を虐めるの?!」


「そういう意味じゃなくて――」


 等と、ハッキリとは聞こえないが何か言い争っている。


 バターンッ。


 玄関ドアが勢いよく開き、美空さんが慌てた様子で出てくる。

 美空さんは左足でけんけんしながら、右の靴を履く。


 続いて美空が美空ちゃんの腕を強引に引っ張って、連れだしてくる。


「私達も行くから、待って!」


「なんで私まで……」


「いいから!

 みんな一緒でしょ。じゃないと、ひー君がまた義母さんに……」


「それは……」


「あんなの、もう見たくないでしょ」


「……」


 美空の説得に、渋々だろうけど美空ちゃんが屈し、自分の足で歩き始める。


 四人がタイムスリップしてきてから、俺は彼女達と同居する許可をもらうために、寝室で半裸になり、義母さんを押し倒した。


 ……自分の記憶なのに疑いたくなる。

 詳細は思いださないでおこう。


 とにかく、半裸で義母さんを押し倒したところを、美空達に見られてしまった。


 そのことを引き合いに出されたら、美空ちゃんも反発しづらいだろう。

 あんな光景、二度と見たくないだろうし、俺も見せたくない。


 さあ、全員でのお出掛け決定だ。


 美空さんが俺の左側に寄り添ってくる。

 さらに右腕に愛沢さんが抱きついてきたので、両手に花状態プラス背中に甘えん坊。


 俺的には最高なんだけど、背後から――。


「最低……」


 もう、本日何度目か分からないくらい繰り返される低音ボイス。


 しかも。


「最低……」


 美空ちゃんに同調して、美空まで同じ言葉を吐きかけてきた。


「待て。美空。俺は何もしていない……」


「……」


 美空からの返事はない。

 代わりに愛沢さんが俺の右腕を引き寄せる。


「私、この時代のお店のことはあまり覚えていないし、ひー君がリードしてね」


 反対側から美空さんが俺の左腕を引っ張る。


「折角だしみんなでプリ撮ろうよ。同じコスレンタルしてさ」


 俺は右左へ揺れる。

 助けてくれー。

 と言う声が届いたのか、美空が美空さんに声をかける。


「ねえ、やっぱり私か美空さんのどっちかは、変装した方が良くない?

 知り合いに会ったらどうするの?」


 ごもっとも。

 美空と美空さんは似すぎている。他の子は姉妹や親戚で通じるが、美空と美空さんは双子というしかないのだが、近所の人は美空が双子じゃないことを知っている。


 極力、近所の人には見られない方が良いのだが、そんな気苦労とは無縁のみーちゃんが俺の頭を、ぽふぽふと叩いてくる。


「私、今日はクレープがいい!」


 道路に出て一歩目からみんな賑やかだ。

 こんなに元気で好き勝手で、同一人物なのに個性的な五人と大型ショッピングモールに行ったら、きっと大変なことになるぞ。


「みんな、やっぱ、出掛けるのは近所の公園に……」


 左右の愛沢さんと美空さんが俺の両腕を引っ張り、背中のみーちゃんが顎で俺の頭をグリグリして発言を遮る。


「公園なんてなしよりのなし。今日はデートだよ」


「お姉の言うとおり。みんなで出掛けることは決定でーす。

 机上の下敷きの如く、そう簡単には覆りませーん」


「クレープ!

 移動販売の車はいつまで居るか分からないの。

 だから、絶対、クレープ食べるの!」


 社会人と大学生と小学生は自己主張が強く、積極的だ。


「私は公園でもいいよ。

 今の時期だと池で鴨が泳いでいるし、亀が甲羅干しをしているから、きっと楽しいよ」


「……私は留守番でいいのに……」


 高校生と中学生の美空は自己主張が弱く、消極的だ。


 五人の意見が一致することは滅多になく、タイムスリップからの一ヶ月、俺は常に振り回されてきた。


 果たして、この生活はいつまで続くのだろうか。彼女達を元の時代に戻す条件は俺とのキスなんだけど、俺のことを滅茶苦茶嫌っている中学生も居るんだよ?


 証拠がないからキスが帰還の条件だと彼女達に教える訳にもいかないし……。教えたら絶対に下心を疑われる……。難易度、高過ぎだよ!


 どうしてこんなことになったんだ。


 全ては一ヶ月前の、ありふれた一日から始まった。

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