1-2.義妹との同居を妬む馬鹿が絡んできた

 放課後。

 俺は校舎裏に来ていた。


 運動場とは反対側にあるため部活生は居らず、後者の陰になって薄暗い校舎裏に人気はない。


 別に来たくて来たわけではない。

 本当はさっさと帰りたかったんだけど、下駄箱に入っていたノートの切れ端で呼びだされたのだ。


 古典的な手段が使われたことから分かるように、相手は俺の電話番号もSNSアカウントも知らない。

 つまり、赤の他人。


 女子生徒からの告白……ではなかった。


 というか、用件は既に済んでいる。


「いや、ひー君、凄えよ。よく我慢したな」


 ガサガサと背後で音が鳴るから振り返ると、木陰から巨漢がヌッと出てきた。

 身長百八十五センチ体重九十二キロが傍らに立つと、夕日が完全に隠れてしまい、俺だけ一足お先に夜を迎えたかのようだ。


 この恵体野郎の名は伊吹光矢。

 小学三年生の時に知り合ってから、学校ログインボーナスガチャでほぼ確実に出てくるし、土日ガチャでも出現率が高い低レアリティモンスターだ。


「その巨体で隠れていて気付かれなかった方が凄いと思うぞ」


「俺は気配を消せるからな。試合に乱入する悪役レスラーの如く」


「マジかよ伊吹。見た目だけでなく能力まで悪役レスラーに近づいたのか」


「でさ、今の、よく殴り返さなかったよな」


「ああ」


 褒められた内容が、俺にとっては心底どうでもいいことだったので、返事は溜め息交じりだ。


 いきなり見知らぬ先輩に呼びだされて殴られた理由は、俺と美空の同居らしい。


 俺は十年前まで施設で暮らしていて、中橋善治さんに引き取られて中橋家の養子になった。


 そして、今から三年前のある日、善治さんは事故で他界した親友の娘を家に連れ帰ってきた。


 つまり、俺と美空は血が繋がらないが、同じ人の養子だから兄妹というわけ。


 義父さん、義母さん、俺、義妹の四人家族。一家全員、誰も血が繋がっていないんだぜ。


 ちなみに俺は中橋さんの戸籍に入っているので中橋姓だが、美空は諸事情により愛沢姓のままだ。


 名字が異なる女子と一緒に住んでいれば、変な誤解をする者は多い。

 そんな誤解人間の先輩が、先程俺を呼びだして「お前、何調子に乗って、九重アイドルの彼氏面してんの?」と、言いがかりをつけてきたのだ。


 ――九重アイドル!


 それはここ私立九重高校に在籍する女子生徒のうち人気の高い者を、男子が勝手にそう呼んでいる存在だ。

 別に歌ったり踊ったりはしない。美空は挨拶委員会の活動が評価されて、男子生徒からの人気が沸騰した。


「おい、ひー君。考え事してるだろ。

 凶器使用中の悪役レスラーの目つきになってるぞ。

 やめろ。おい。聞いてるか。

 怖えんだよ、その顔。

 反則カウント取るぞ! ワン! ツーッ!」


 ――挨拶委員会!


 それはここ九重高校に存在する最低最悪の委員会だ。

 活動内容は、毎朝校長と一緒に校門前に立ち、登校する生徒に朝の挨拶をする。ただ、それだけ。誰もやりたくない。

 こんな委員会に率先して参加するのは、生徒会長を志す者や大学入試で推薦を狙う者くらいだ。


 美空は育ちが影響しているのか、自分の意見を通そうとして他人と衝突することはないし、とにかく他人に親切に振る舞う。その結果、一年生の時にクラスの誰もが嫌がる挨拶当番に立候補してしまったのだ。美空は半年間も校門の前に立ち、登校する生徒達に挨拶した。


 大抵の当番が朝の低いテンションで嫌々挨拶しているのに、美空は声こそ小さいものの、いつも相手に視線を向けて、はにかみ笑顔。


 半年経っても恥ずかしそうに挨拶する姿が、男子生徒にウケた。そして、気付けば九重アイドルに認定され、全学年にファンが生まれたのだ。

 当然だ。

 俺の義妹は可愛いからな!


「スリーッ。フォーッ!

 おい。殴られて変になったわけじゃないよな?

 意識はしっかりしているか」


 ゆさゆさっ。


 うおっ。地震か。違った。伊吹が俺の肩を掴んで揺らしてる。


「やめろ。その振動で脳が変になる。

 お前、力強すぎなんだよ!」


「お。目に光が戻った。

 ひー君のそれ、意識が飛んだみたいで怖いぞ」


「自覚がない癖だ。悪く言うなよ」


 俺は伊吹を軽く小突いてみたが、胸板の分厚さと固さに驚く。

 服の下に鉄板でも仕込んでいるのかと思ったぞ。

 ヤベえなこのレスリングマニア……。


「じゃ、帰ろうぜ」


「おう。つきあわせて悪かったな」


 伊吹が自転車通学なので、俺達は自然と駐輪場へと足が向く。

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