私は誰でしょう?

ひつじのはね

第1話

「――各グループで今日中にまとめておくことー! 次の授業で発表だからな」

想定の範囲内だろうに、先生の台詞に随所からブーイングが上がる。

そんなことは、私にとってどうでもいいことだ。それよりも、こうして机を寄せ合った状況がイマイチだと思う。だって、苦手な男子との距離が近くなってしまうから。


「だるー。グループワークってさあ、意義を感じないよね」

レイナがその他3人へ同意を求めるように零して、勢いよく机に突っ伏した。おかげで、正面のソウマが慌てて身体を引いている。

「まあ、そうだけど俺はフツーに授業するより……好きだけど。いやその、楽じゃん?」

「えー、楽かなあ……めんどくさいよ」

自分の机まで侵入した細い手指に視線を奪われながら、きっと思い切って口にしたのだろう。その目元がほんのり紅潮しているのが初々しい。

だけど、残念なことにレイナがそれに勘づく程敏感なはずもない。


「お前が好きなのは、そこじゃないよなあ~?」

にやにやするイツキを肘で思い切り小突き、ソウマが慌てふためいて目の前を見る。

良かったと言うべきなのか、残念と言うべきなのか、レイナは隣のペンケースへ手を伸ばしてすっかり興味を逸らしていた。

「あ、メイこれ買ったんだ! 匂いするやつだよね! 甘~い」

「うん。お腹空くでしょ? チョコにしたけど、失敗だったかな」

二人で消しゴムを取り合ってくすくす笑う。

こういうのは、いいなと思う。穏やかで、他愛もない大切な時間。


誰も課題に手を付けようとしないまま、その場限りの会話が浮かんでは消えていく。

「あー、外はこんないい天気だってのに教室に缶詰なんて!」

イツキが短い髪をかきむしり、ふと私を見た。バチリと合った視線が獲物を見つけたようで、思わず身をすくめる。

けれど、視線はそのまま校庭へ逸れ、眩しげにその目が細められた。

あ、またカラス。なんて声に、私も窓に映るカラスを眺め、少し居住まいを正した。

「ねえ、そろそろこれ、やっちゃおうよ。次、発表しなきゃなんでしょ」

「えー、メイまじめ~」

「まじめじゃないけど、後で困るもん」


ようやく課題に手を付けだした面々を眺めつつ、私は密かにホッと胸を撫で下ろしていた。

これで、彼の視線がこちらに向くことはないだろう。

だって男子は好きじゃない。すぐに意地悪するから。近くにいると、緊張する。

授業中は、平気。さすがに授業中に手を伸ばしてくることなんてないもの。


そう思っていた矢先、何かが飛んできてビクッとした。

どうやら課題に飽きたらしいイツキが、消しゴムの欠片を投げたようだ。そんなもの、当たってもどうということはない。ないけど、ビックリはする。きっと、当てる気もなかっただろうそれは、窓ガラスに当たって転がった。

「……サボってたら、発表係に任命するから」

「あ、それ賛成~! イツキ発表係ね!」

「俺もそれでいい!」

イツキ以外満場一致の意見に、彼は泡を食って喚いている。

ふふん、いい気味ってものだ。私がこっそりほくそ笑んだ時、先生の終了の声とチャイムが同時に響いた。


あ、マズイ――授業が終わる。

ハッと視線を戻すと、イツキはもう目の前にいた。

「おりゃ!」

大きく伸ばされた手。

日に焼けた健康的な腕が、手の平が、目の前に迫って心臓が止まりそう。


「っあー! またダメだ!」

羽ばたいた私の背後では、いつものように悔しがる声が響いていた。

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