自称前世の妻と、悪役令嬢の私

夏伐

第1話 私は悪役のようです

 魂は輪廻を繰り返し、人はより良い人間となるためにまたこの地へ生まれてくる。

 それは、この国の第一宗教でも言われていることだった。


 貴族や商家、優秀な生徒たちで構成されるこの魔法学園で、私たちは静かだけれど楽しく学んでいた。二学年上の婚約者であるアングラード公爵家の跡取りであるエリックとの関係も良い。私はエミリア・バダンテール伯爵家の末っ子。母同士が仲が良く年齢が近い私たちを引き合わせた。


 家族同士も幼い私たちをみて、まるでお人形さんみたいだと微笑ましく見ていた。その頃の肖像画では、エリックは金髪に王族の血が入っているのだろう紫がかった赤い瞳、私は深い紺色の髪にサファイアのような瞳で二人ともかわらしく微笑んでいる。


 政略的な意味合いもあったろうが、私たちはそんなことどうでも良かった。それほどに関係は良好だったのだ。


 そう、良好『だった』。


 今も今後について空き教室で話していたところだった。誰に聞かれているかも分からないため、小声で話をする。

 そんな静寂をぱたぱたと可愛らしくも騒がしい足音がさえぎった。

 私たちは嫌な予感に、ピタリと会話をとめた。


 教室の扉が一気に開いて、足音の主――マリアベル・オーベルと目が合った。

 私に視線を投げ、すぐさまエリックの方へ笑顔を向けた。


「エリックさまぁ♡」


 甲高い声で彼に駆け寄ると、マリアベルは返事も聞かぬまま、彼の腕に抱きついた。露出の多いドレスのせいで、婚約者の腕に胸が押し付けられる。


「オーベル嬢、そのような行動は慎んだ方がよろしいのでは?」


「きゃっ、エミリアさまがまた……」


 マリアベルはうるうると瞳に涙をうかべる。

 私はいらだちを隠しつつ、小さくため息を吐いた。

 まただ。一般常識を伝えただけで、マリアベルは私を悪役に仕立て上げて悲劇のヒロイン気取りだ。


「オーベル嬢、少し離れてくれないか」


 エリックが冷たくマリアベルに告げる。


「あはは、照れてるんですかー?」


 彼女には遠回しな言い方では伝わらないらしい。

 長年、婚約者であり幼馴染である私はエリックの無表情から『助けてくれ!』というメッセージが読み取れた。

 こんなに分かりやすく困っているのに、どうしてみんな分からないのかしら?


「オーベル嬢、エリックさまが迷惑しているのが分からないんですか?」


「ふぇ? 迷惑なんてしてませんよねー?」


 私の言葉にかわいらしく首をかしげたマリアベル。エリックは無表情に抱き着いたマリアベルを振り払う。


「きゃっ」


 マリアベルがへたりとその場に座り込む。エリックの力が強かったわけではない、マリアベルお得意のオーバーリアクションだ。


「頼むから……離れてくれ」


「エリックさま、早く行きましょう。今後の事は私の屋敷で」


「なんで……なんでなんですか! 私はあなたの運命なんです!!」


 私とエリックはマリアベルを教室に置き去りにして、急いで待たせていた馬車に向かった。

 廊下でマリアベルの取り巻き連中とすれ違う。彼らはキョロキョロと忙(せわ)しなかったが、私とエリックを見つけると眉根をひそめた。


「バダンテール嬢、マリアベルを見ませんでしたか?」


「ああ、見ましたけれど?」


「マリアベルはアングラード令息に会いに行くと言っていたのに……どうしてお二人が」


「婚約者ですから」


 私はにこりと微笑み、エリックの腕に手を回す。


「ああ、私とエミリアは婚約者だからな」


 エリックもぎこちなく微笑んだ。仲睦まじい婚約者同士に見えたはずだ。彼らは青ざめた表情になった。


「し、失礼しますっ」


 彼らは怯えたように礼をすると、足早にその場を去ってしまった。

 マリアベルはすぐに見つかることだろう、教室を出る時にはまた前世だとかなんだと泣き叫んでいたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る