第25話

 ダンスをしてただ旦那様だけを見ていればいい状態は、私にとって幸せそのもの。

 こんな華やかな場はこれまでの私にとっては、針のむしろのようなものだった。


 派手なドレスに身を包み、兄が褒められる横で声もかけられない私に誰が親しくしようなんて思うだろうか。

 私だったら、きっと一顧だにしない。

 だから私は一人だった。


 本当はもっと両親に声をかけ、自分が侍女たちからドレスを選ばせてもらえていないことなどを伝えれば良かったのだと頭では理解している。

 でも振り向いてもらえない辛さだけが、アンナ・・・以外は誰も話を聞いてくれないその状況が、私の心を折るには十分すぎたのだ。


(サマンサお姉様は、優しかった。けれど、きっと私のことは嫌いだった)


 姉としての義務で私を放っておかなかったのは、優しさに違いない。

 それでも義務は義務にしか過ぎないことも、今ならよくわかっている。

 恨み言をぶつけるつもりも、憎むつもりもない。

 ただ、少しだけ寂しいと思うだけだ。


 上の二人の姉に関しても、同様に。

 あの人たちの方が、サマンサお姉様よりも私に関心はなかったと思う。

 今はただ、あの方々が幸せでいてくれたらいいと……それだけだ。


 王女として弱かった。

 家族として、私もまた家族に対して無関心になってしまった。


 それらを全部引っくるめて、諦めたのが『私』だ。


「ヘレナは踊るのが上手いな。俺がまともに踊っているように見える」


「旦那様は元々運動神経がよろしいですから」


 ダンスの輪を抜けて、給仕からシャンパンを受け取った私たちはホッと息をつく。


 こんなに楽しいことがあるなんて知らなかった。

 これまでの私だったら、この思い出を胸に生きていけると思うくらいに。


「いつか、辺境地の祭りにも行こう。ここみたいに綺麗なモンじゃないが、素朴でいいものだ。そこでも一緒に踊ってくれるか?」


「はい、旦那様」


 旦那様は、いつだって私に未来を与えてくださる。

 それが嬉しくて、笑みがこぼれた。


「おっと」


『おっと、失礼!』


 ふと旦那様が人とぶつかった。

 その人は慌てて誰かを探しているようで、旦那様もきょとんとした顔をしている。


「……どこの国の言葉だ?」


「例の山一つ向こうの国の言葉です、何かお困りのようで……」


 どうやらこの人はディノス国の言葉が苦手なようだ。

 一生懸命旦那様に謝罪してくださっているけれど、その言葉はカタコトでわかりづらい。


『あの、夫は気にしていないと申しております。お怪我はございませんか?』


「へ、ヘレナ?」


『ああ、なんと! 我が国の言葉をご理解いただけているとは! いや本当に申し訳ない、実は通訳とはぐれてしまって探しているんだ』


「旦那様、この方は通訳の方とはぐれてしまわれたんですって。私たちも探すのをお手伝いしてはいかがでしょう」


「そうだな、それは困るだろう。通訳の風体を聞いてくれるか」


「はい」


 自分でも驚いた。

 誰かに、親切にしようと自ら思うだなんて。


(これも旦那様がいるからだわ)


 旦那様なら、きっと手伝うと仰るに違いないと、そう思ったから。

 そして私の言葉を受けて、旦那様は思ったとおりのことを仰ったから。


 私は思わず、笑みを浮かべていたのだった。

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