第21話
初めての夫婦揃っての社交、決して祝福された関係ではない私たちだけに準備はしっかりしておくに越したことはなかった。
旦那様は本来継ぐ予定のなかった子ということでその出自から見くびられているということ。
私はパトレイア王国からの人質としてよこされた姫であり、周辺諸国にまで噂が流れる『悪辣姫』であること。
その二つが周辺貴族にとっての事実である以上、社交場での私たちに味方がどれだけいるのかは想定できない。
少なくとも私は社交という社交をこれまでしてこなかったのだからそういう意味で経験も不足しているし、噂に対して人々がどのように思っているかまるでわからない。
当然人々にとって私が姿を見せないことで肯定も否定もできないだろうし、ここは隣国。
パトレイア王国とは違って嫁ぐ段になって『第四王女は【悪辣姫】と呼ばれているらしい』と話題になったのだと思えば、今回注目を浴びるのは必至だ。
「……でも、よろしかったのですか? 噂通りの悪女であった方が、王家としては厄介払いができたと喜ぶのでは」
辺境地から直接王城に行くまでには日数が必要なため、私たちは最低限の荷物を持って、護衛を引き連れ王都にあるタウンハウスで準備を整えていた。
旦那様は普段通りの私を見せたいと仰って、噂にあるような華美な格好は無理にしなくても良いと言ってくれたのだ。
でも、噂通りの悪女であれば王家は【貧乏くじ】を辺境伯家に押し付けてやったと満足してそれで終わってくれるのではないかと私は思うのだけれど……。
「たとえ逃がした魚がでかかったってあっちが気づいたところで、ヘレナは俺と正式に結婚してるんだ、今更王家だって文句のつけようがない。むしろ噂を鵜呑みにして確認もしないで俺に押し付けたつもりになって悔しがればいい」
「旦那様……」
「返せと言われても返してやるものか。王家にも、パトレイア王国にもだ」
「……はい、旦那様」
そう、今日の夜会はパトレイア王国との講和を記念して、互いに争いがあったことは水に流し、良い関係を築いているというパフォーマンスなのだという。
実際にはパトレイア王夫妻が足を運ぶのだから、力関係が丸わかりだ。
(……陛下たちは私の装いを、今の姿を見て何を思われるのかしら……。いいえ、きっと何も思わないわね。せいぜい、装いが
私は旦那様の色をふんだんに取り入れた、美しいドレスとアクセサリーを身につけていた。
黒ベースのドレスは裾に向かって青くなるグラデーションで、胸元には青い糸で刺繍が施されている。
袖は割とシンプルだけれど、やはり黒からグラデーションになるようにして青紫のレースが品良く揺れている。
つけるアクセサリーはいずれもシルバーに青みの強いサファイアだ。
もちろん、それは旦那様の目の色。
旦那様はカフスに青紫のサファイアと、似たような色合いのクラバットを身につけている。
私の、目の色の宝石に、共布を合わせて『我々は夫婦円満である』と示しているわけだけれど……なんだかとても照れくさいのは、私だけなのだろうか。
旦那様はとてもご機嫌だけれど。
「今日のパーティーで王族と会うのは癪だが、山一つ向こうの国の親善大使が来てるんだ。あそことツテができるとありがたいな」
「……? 薬の関係ですか?」
「ああ、そうだ。よく知ってるなあ。俺はイザヤに言われるまで知らなかった」
「アンタは辺境伯のくせに周囲に関心がなさすぎなんでしょうよ……」
私たちの後ろに控えて今日の段取りを説明してくれるイザヤが、酷く疲れたような声を出した。
旦那様は少し肩を竦めただけだったけれど。
山一つ向こうの国、そこは薬学に優れた国だと言うことは聞いたことがある。
間に山を挟むだけなのに、そこはまるで別の世界みたいに言語も、風習も異なるのだとか。
とても興味深い話だなあと、本で見て覚えたのよね。
「さあ、そろそろ行くか。……綺麗なヘレナを見せるのは、腹が立つけどな」
「頼むよ辺境伯様、もうちょっと大人しくしてくれよ? 奥様、本当にコイツの舵取りお願いしますね!」
「え、ええ。精一杯、旦那様のお役に立てるよう頑張るわ」
何ができるかはわからないけれど、それでもこれは……私が代わるための、第一歩なのだとそう感じ取っていた。
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