第16話

「……前の奥様ってあいつらが呼んでるのは、前の辺境伯……俺の伯父にあたる人物の、妻なんだ」


「伯父、ですか」


 一般的に貴族家を継ぐのは直系だ。

 なのに甥に継がせたということは、前辺境伯はお子がいらっしゃらなかったのかしら。


 私がそんなことを考えていると、旦那様はそれを察したのか頷いた。


「うちはちょっと複雑でさ」


「……複雑、ですか?」


「先々代である祖父には、息子が三人、娘が一人いた。俺の親父が三男坊の末っ子なんだ。叔母と二番目の叔父はそれぞれ馴染みの商家と縁を結んで、別の領地で暮らしている」


 旦那様の話を要約するとこうだ。


 旦那様のお父様はあまり素行が良い方ではなかったらしく、揉め事もたくさん起こしてモレル家に迷惑をかけてばかりだったとかで……それで勘当されてしまったそうだ。


「伯父たちや伯母さんはとても良い人たちでさ、親父と本当に同じ兄姉なのか? って感じだから、元々の性格なんだろうな」


 その後いろいろあって幼い旦那様を抱えて唐突にモレル家に戻ったかと思うと、旦那様を置いて父君は去ってしまわれたのだとか!


「当時、隠居生活してた祖父が俺を育ててくれた。事情もきちんと説明してくれて、俺のモレル家での立ち位置を考えて、いつか独り立ちしていけるようにって」


「……素晴らしい方だったのですね」


「ああ、俺にとって師で、父だ」


 モレル家の方々はとても、そう、言ってしまえば旦那様のお父様以外はとても良い方だったそうだ。

 だけれど、伯父様の妻、つまり『前の奥様』が問題だった。


 私と同じように政略結婚で嫁いで来られた『前の奥様』は高位貴族のご令嬢で、辺境地に馴染めない……というわけではなかったけれど決して夫に寄り添わなかったのだそうだ。

 子も要らない、白い結婚を望むが離婚もしない。

 中々に無茶な要求をしてきたけれど、当時の辺境伯家では飢饉などが起こっており、奥様の実家からその援助を受けていたとのことで強く出られなかったらしい。


 幸いにもその援助のおかげで領民たちは助かり、次第に領地の運営も上向きとなった。

 だが同時にそれは妻とその実家に頭が上がらない状況もできてしまったのだそうだ。


「まあ、多分だけど……あの人は、厄介払いされてうちに来たんだろうな。理解はしてるけど納得はできてなかった。自分が女王様扱いされなきゃ不満って感じの人だったよ」


 生活に余裕が出てくると、その金で豪遊したりしていたそうだ。

 そのためモレル家は碌に蓄財もできず、度々苦言を呈するものの、聞き入れてもらえず……時には使用人たちが罵声を浴びせられることもあったそうだ。


 その度にいろいろなトラブルが起きていたそうで……。


「……まあ、伯父が亡くなった頃には愛人の家に入り浸りで、結局そのまま離縁になったってわけ」


 そしてお子がいらっしゃらなかったために、旦那様がモレル家を継ぐことになったと。

 すごいわ、なんだか壮絶だわ……。


「大変だったのですね……」


「いや、俺は……そうでもない。ただ、ほら……ちゃんとした跡取りとして育ったわけでもなかったし、そういうわけでどっちかっていうと俺も使用人側だったっていうか、今も『辺境伯様』なんて身分じゃなくて本当は騎士とか、なんだったら一兵卒でも良かったっていうか」


 なるほど、旦那様と使用人たちの距離が近いのも、幼い頃から跡取りではない立場で彼らと接していたからだったのね。


 それに、先ほどの侍女が『前の奥様と違って』暴言を吐いたり散財をしないという点で、私に関して好意的なことも理解できた。


「……旦那様は、私が妻でよろしいのですか。そのような立ち位置であるならば、やはり国内の貴族令嬢を娶って後ろ盾になってもらった方が」


 自分で口にしておきながら、その言葉に胸が痛い。

 でも、これは本当の話だ。


 旦那様はかつての辺境伯が勘当した息子が、どこの誰ともわからない女性との間に設けたお子。

 後ろ盾がない状態で、辺境地という大切な土地を守っていらっしゃる。


 実力があるからこそ、後ろ盾がなくてもやってこられたのだろうと思うと旦那様の努力に頭が下がる思いだ。


 だからこそ、これから・・・・のことを考えたら、後ろ盾というものはとても大事だと思うのだ。

 人質の私では、決して与えられないものなのだから。

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