第4話

 不思議なことに、旦那様は週に何度もお渡りになった。

 とはいえ、共寝はしても夫婦の秘め事を毎度するわけではなくて……時間的にも早いときは夕暮れ時からやってきて、翌日の昼まで私の傍らで過ごすようになっていた。


 一度気になって、恋人は大丈夫なのかと問うたらなんとも言えない顔をされてしまった。

 どうやら触れてはならない話題らしい。


「欲しいものはないのか」


「特にはございません」


 旦那様は、顔を合わせる度に聞いてくださる。

 大変思いやりに溢れる方だと思う。


「アンナから、日中何もせずに庭を眺めて過ごしていると聞いた」


「申し訳ございません。辺境伯の妻としてせねばならぬ責務がございますでしょうか? であればお申し付けくだされば、できうる限り努力させていただきます」


「そうではなくて! ……いや、領地のことを知ってもらう必要が、あるが……」


 ただ飯ぐらいは良くないと、父である国王陛下は仰っていた。

 きっと旦那様も同じように私がただ庭を眺めて過ごしているだけで役に立たないことが気になるのだろう。


 一応王女として、最低限の教育は施されているけれど……社交をしたことはないし、領地の経営もしたことがない私に何ができるだろうか。


 旦那様は大きなため息を吐いて、その日は去って行った。

 役立たずな妻でとても申し訳ないと思ったけれど、私が勝手に行動してご迷惑をかける方がいけないだろうとその日も庭を眺めて過ごした。


 少しだけ、胸が痛んだ。

 痛みの理由については、考えないようにした。


 翌日、イザヤと名乗る青年が私の元を訪れ、領地の資料をくれて説明を行ってくれた。

 とてもわかりやすい説明で、質問することも許してくれた。


「……失礼ながら姫君は、大変理解力がおありで……その、想像していたよりも」


「ありがとう」


「そういえば、こちらの国の言葉も堪能ですね」


「先生が良かったの」


 褒められて少しだけ嬉しかった。

 この程度で来て当然だと言う人がほとんどな中で、私にとっては唯一誇れることだったからだ。


 教師たちは常に私を見下した。

 その中で、語学の先生だけは他の姉兄と私を比べることもなく、努力をすれば褒めてくれる先生だった。


 そんな先生の下で学びたいと他の教師たちを変えてほしい、特にダンスの先生だけは変えて欲しいとお願いして叱られたことも同時に思い出して少しだけ苦しくなる。


「まるで生まれながらにこの国で過ごしている人のように、お上手ですよ」


「……ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ」


「これなら、アレンデール様と一緒に視察にも行けますね」


「え?」


「領主夫妻が仲睦まじい様を領民にも見せて安心してもらわないといけませんから」


「ああ……そうよね。旦那様にはご迷惑をかけるわ。恋人さんの苦悩を思うと、心苦しいけれど……領民の方々にはどのように受け取られているのかしら」


 領主様の本当の恋人なら、領民の方々はそちらが結ばれるべきだと思っているのではないのかしら。

 イザヤが言う通り領主夫妻が視察に出ること自体は珍しい話ではナイと思うけれど、私たちの場合はあまりにも状況が特殊だから。


 私がそう言うと、イザヤが困った顔を見せた。


「言われても困るわよね。視察の日程が決まったら教えてもらえるかしら。その日は、きちんと仕度をするから」


「……いえ」


 まったくこれだから世間知らずはと思われているのかもしれない。

 実際その通りなのだから、困ったものだと自分でも思う。


 早く、子を身ごもればいいのに。

 そうしたら、旦那様は私のところにお渡りになる必要もなくなるし恋人さんが苦しい思いをしなくて済むのだから。

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