第29話 それから

 結論を言えば、彼の罪が認められることはなかった。


 もちろん、証拠がなかったからだ。


 俺は教師に事の顛末を話したが、それは所詮、『最円薫が彼を犯人扱いしたために起こった喧嘩』という見方しかされなかった。


 どうやら、俺とは別で事情聴取を受けていた彼は最後まで口を割らなかったらしい。


 スマホを壊したくらいで逃げ切れるなんて本気で思っているのだろうか? データの復元なんて、いくらでもできるというのに。


 だが、別に悔しくはなかった。


 今回の喧嘩に少なからず興味を抱いた者はいるだろうし、その詳細を追っていくなかで、彼の行動に違和感を覚える者もいるはずだから。


――なぜ、わざわざ彼はスマホを壊したのだろうか? と。


 そのしこりは、今は小さくとも必ず彼の周囲に影響を及ぼしていく。


 そして、それこそが俺の思惑どおり・・・・・ですらあった。


 さらに、今回の件は盗難事件が関わっているため、俺は警察からの簡単な事情聴取まで受けることになった。まあ、事情聴取といっても厳しいものじゃなく、警察の人と対面して質疑応答をしただけ。


 ただ、撮ってもいない証拠をでっち上げた部分を話したとき、彼らは淡々と聞いてくれてはいたものの、その視線はかなり冷えていた。


 そして、スマホを壊されたことを話したときは、その視線が弛んでいたように思う。


 おそらく、その部分だけ彼に対してかなり質問したに違いない。


 なぜなら、俺への質問もその部分についての事が多くなっていったからだ。


 まぁ、彼は「怒ってスマホを壊してしまった」という主張を貫いたらしいが。


 俺たちに刑事的な罰はなく、処遇は学校側に委ねられた。そして、言い渡されたのは両者ともに三日間の謹慎。


 それは盗難事件としてじゃなく、あくまでも喧嘩としての処遇。


 職員室で偶然彼とすれ違ったとき、横目で勝ち誇ったような視線をおくられたが、馬鹿だなと思ってしまう。


 

 絶望はこれから始まるというのに。


 

 まぁ、前科がつく最悪を逃れた彼からしたら、それは喜ぶべき瞬間だったのかもしれない。


 これを期に心を入れ替えるも、同じようなことを繰り返すのも今後の彼の自由だろう。



 ◆

  

 

 長いようで短かった謹慎期間を終えた登校日。最初に話しかけてきたのは、なんと百江由利だった。


 彼女は、俺と万願寺がやったように校門前で待ちかまえていた。


「六組で問題も起こしたくせに、普通生徒と同じ時間に登校してくるのね?」


 彼女は、なぜか怒っていた。


「六組であることとお前が言ってる問題は別だがな?」


 そう答えた瞬間にビンタされた。


「……は?」


 わけが分からず彼女を見たが、百江は眉根を寄せて睨みつけてくるだけ。

 

「なんで優を巻き込んだの?」


 その言葉を聞き、彼女の怒りに納得する。


 登校してくる生徒たちがチラチラと見てくるが、彼女にとってそんなことはお構いなしのようだ。


 その堂々たる百江の姿に、俺は叩かれた頬に触れたまま笑ってしまった。


「なにがおかしいわけ……?」

「いや、すまん。たしか、お前は言ったよな? 万願寺が俺を気に入った理由がわかる気がするって。俺も、お前が万願寺の友達でいられる理由がわかった気がする」

「……もしかして、馬鹿にしてる?」

「褒めてるんだよ。それに、俺はあいつを巻き込んでない」


 教師や警察と話をしているとき、「そもそもなぜ彼を犯人と断定したのか?」という質問に対して、万願寺の名前はださなかった。


 庇ったわけじゃない。言う必要がなかっただけ。


 どうせ彼らが万願寺にも話を聞いたところで、確たる証拠など出てこないのだから。


 しかし、それで百江の怒りがおさまることはなかった。


「そういうことを言ってるんじゃない。今回のことで、あの子がどのくらい落ち込んでると思ってるの?」


 あの日以来、俺は万願寺と会っていない。


 彼女がご飯をつくりに家へくることもなかった。


「あの子を傷つけるなら関わらないで」


 百江はハッキリとそう言った。


「それと――、事前に相談してくれたら協力だってしたのに」


 そして、付け足すようにそう言った。


 それを聞き、百江が何に怒っているのかを真に理解する。


 彼女は、何の相談もなく自分たちだけで突っ走ったことに怒っていたらしい。


「優から話は聞いた。あんたがしようとしたことも全部。でも、結局あの子が傷ついたなら妙案だったとは思えない。なにより……今回の件であんた、一組に戻れないんじゃないの?」

「だろうな」


 そう答えたら、百江は眉間のしわをさらに深くする。


「簡単に認めるけど、その態度が気に入らないのよ。なんで、わからないわけ? そういうのがダメだって。これじゃあ、あの子を二組に戻すことができない。優は……あんただけ今回のことで6組に残ってしまうことを無視できるような子じゃない」


 百江は苦しそうに睨みつけてくる。しかし、俺がその気持ちを理解することはない。


「俺は、今回の事件を解決するつもりなんて最初からなかった」

「解決するつもりがなかった? なのに、あんな危険なことしたの? 相手が逆上して殴りかかってくることぐらい予想がつかなかったって? それとも、他の生徒がいるところなら安全だとでも思ったわけ?」


 まくし立てるような口調に、なおも俺は首を振る。


「そもそも、奴を犯人にする証拠がないんだ。事件を解決できるわけないだろ? 俺がしたかったのは奴に罰を与えることだ」

「……罰?」

「お前が言うとおり、俺は1組には戻れないかもしれない。だが、それは奴も同じだ。証拠がなかったとはいえ、盗みの嫌疑をかれられたような奴がクラスに残れるとは思えない。仮に盗みを働いてなくとも、奴は皆の前で逆上してスマホを壊し俺を殴った。追放するには十分すぎるほどの理由だと思わないか?」

「追放されることが罰なの?」

「奴は俺を憎んでいる。そんな俺と一緒に分類されて、これから短くない時間、何度も顔を突き合わせることになるだろう。罰はこれから与えるんだよ。長い時間をかけて、ゆっくりとな」

「……陰湿ね」


 彼は六組を「囚人」呼ばわりしていた。だが、そんな囚人と同じ場所に自分が入ることになり、犯人扱いした俺と共に日々を過ごすことになる。これ以上の罰はないだろう。欠点といえば、それが俺にとっての罰にもなるということだけ。


「お前は、そんな奴が入ってくる6組に大事な友達を残すのか?」


 そう言ったら、百江は小さく声を漏らす。


「あんた、まさか……そこまで考えて」

「いや、正直そこまでは考えてなかった」

「……どっちなのよ」

「ただ、奴が騙されて自白してくれればいいなぐらいには思ってはいた。だが、現実はそう上手くはいかないな」


 俺がやるべきことは、万願寺を信じることだけだった。彼に犯人としての罰を受けさせることは、俺が勝手に仕組んだことだ。

 

「なんにせよ、奴が6組に落ちてくる可能性は高い。それを考えるのなら、やっぱりお前は万願寺を戻すべきだと思う」


 だから、百江がやるべきことも変わらない。たかが今回のことだけで、彼女が怒る必要なんて最初からなかった。


 百江はそれを理解したのか、一度おおきく息を吐いたあとで真っ直ぐに俺を見つめてくる。


 そこにはもう、怒気を感じない。

 

「わかった……優を二組に戻す」

「そうしてくれ。お前がいるならやっていけるだろ」

「それと、クラスに戻すことは優にも話す」

「内緒じゃなかったのか?」


 そう返すと、百江は小さく笑った。


「今回でわかったから。何も話されず勝手に色んなことされるほうが嫌だってね」

「なるほど」


 彼女はそれに「そう」とだけ答えて背を向けた。


「百江」


 俺は、そのまま立ち去ろうとした彼女の名前を呼ぶ。


「まだなにかあるの?」

「万願寺は、前の盗難事件のとき、犯人を見たわけじゃなかったらしい」


 それに百江はピクリと肩を揺らした。


「あいつには嘘を見抜く能力があるって言ったよな。それを聞いたときは半信半疑だったが、今なら信じられる。万願寺は、その能力のせいで見たわけでもないのに犯人がわかってたんだ。そして、それが分かってながら何もできない自分が悪いとも言っていた。金をお前にやったのは、犯人を庇ってのことじゃなく、純粋にお前のことを思ってやったことだろう」


 前回の盗難事件のとき、万願寺は犯人を庇ったのだと百江は思い込んでいる。


 しかし、そうじゃなく、万願寺は犯人を罰する材料を持ってなかっただけ。そして、それもないのに万願寺だけが犯人を断定できただけ。


 百江が苦しんでいたことは、彼女が勝手に想像した勘違いに過ぎない。


 万願寺は……百江よりも悪人を優先してしまうほど愚かじゃなかった。


「そっか。ありがと」


 百江は最後、そう言って行ってしまった。


 その声は柔らかかったように思う。

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