第22話 お人好し

 その後、授業が終わり一息ついていると席の前に京ヶ峰が立っていた。


「最円くん……もしかしなくてもあなた、馬鹿なんですか?」


 純粋無垢で不思議そうな顔をして見下ろしてくる京ヶ峰。その、わざとらしい演技には、もはや呆れるしかない。

 

「お前なぁ、お望み通り俺の功績にしなかったんだから褒めてくれたっていいだろ」

「教師に向かってあんなこと言うなんて……とても褒められたものじゃありません」


 神妙な面持ちで口元に指先を添えていた京ヶ峰は、結局堪えきれなかったのかクスリと笑う。


「それでも、まぁ……見直しました。あのまま万願寺さんの課題を提出していたら、二度と話すことはありませんでした」


 京ヶ峰は、それだけ言うと席へと戻っていく。素直じゃないよなぁ。彼女は一つ褒めるために、何か一つ貶さなければならない呪いにでもかかっているのだろうか?


 そんな京ヶ峰の後ろ姿を見ていると、ふとこちらを見ていた万願寺と目があった。


「……あ、あのさ」


 その表情は「偶然目があったから取りあえず話しかけはしたもの、何を言えば良いかわからない」とでも言いたげ。


「結局、巻き込んだ形になって悪かったな」


 だから、俺から話しかけた。


「え? いや、そんなこと全然思ってないけど」

「そうか? 俺がああ言ったことで、お前も偽装提出に加担した形になっちまった。素直に俺の名前だけ書いて出してれば、お前は無縁でいられただろ?」


 それに万願寺は何も言わない。ただ、俺が次に言う言葉を待っているようにも見えた。


「京ヶ峰がお前を許せなかったように、俺にも譲れない部分があって、それを示したかったんだ。そのためだけに、お前がやった課題プリントを利用させてもらった」


 それは、あくまでも“俺の為だった”という体を崩さないようにする。


 俺は万願寺のためにやったわけじゃないし、それが本当に万願寺のためになっていたとも考えていはいない。ただの自己満足。所謂いわゆる、マスターベーション。


「……そっか」


 そんな説明だけで彼女が納得したとは思えなかったが、万願寺はそれ以上それに関しては聞いてこなかった。


「でも、ありがとう。京ヶ峰さんが言ったように、あまり褒められた方法じゃなかったと思うけどさ……なんか嬉しかった」


 そう言って照れくさそうに笑った万願寺。


 終わりよければすべてヨシ……というのは、全ての事柄に当てはめられるわけじゃないだろうが、その笑顔だけは、それだけの価値があるように思えた。


 一つの、ハッピーエンド。


 誰もが、そのために足掻いている。


 ハッピーエンドを迎えるためには、時に誰かが、自分の為に誰かを助けなければならない。それは偽善や自己満と呼ばれるたぐいのもので、優しさなんて甘い言葉で形容されてはならないものだ。


 そして、そのやり方は人それぞれ。


 やり方が違うからといって、まったく違う生き物になってしまったわけじゃない。


 理解なんかできなくても、誰もが叶えたい願いなんて一つしかないのだから――。


 ……ただ、今回に関しては、俺の落ち度が原因だったことは無視できない。


 そもそも課題を忘れたりなんかしなければ、こんなことにはならなかった。


 俺は、今も寝たフリをしている千代田のほうへ顔を向ける。


「なあ、ちょっとゲーム頻度を落としたいから今日は休ませてくれ」

「だめ。そんなんじゃプロになれない」


 むくりと顔を上げた千代田は即答する。やはり彼女は寝ているわけじゃないらしい。……いや、待て。

 

「……プロ?」 

「うん。でも、安心して。私が薫を立派なプロゲーマーに育てて見せるから」


 ……は? 何言ってんのこいつ?


「今後、大会で優勝したときのインタビューもすでに考えてある」


 呆気に取られている俺を無視して、千代田はコホンと咳払い。


「誰にも見向きもされない無価値な彼でしたが、私だけはその才能を見抜いていました。だから、この優勝は当然のことだと思ってます。薫は私が育てた」

「勝手に誰にも見向きもされない無価値にするなよ……。てか、それお前が言いたいだけじゃねぇか」


 まさか、千代田のなかではそんな計画が立っていたとは……。


 おかしいとは思っていた。なにせ、彼女の指導はあまりにも厳しかったから。FPSなんてやったことなかったから、みんなそんなものだと思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。


「俺はプロゲーマーなんて目指してないぞ」

「……そうなの? 薫、ゲーム上手くなる以外に取り柄あるの?」

「なんでお前の中での俺は、それ以外で取り柄がない人間になってるんだ……」

「じゃあ、なんで毎日ゲームに付き合ってくれてるの?」

「お前が誘ってくるからだろ」

「嫌なら断ればいい」


 そう返されると、言葉に詰まってしまう。


 最初は千代田を楽しませるためだった。しかし、やっていくうちに少しずつだができることが増えていって、いつの間にか楽しくなっていたのは事実だ。


「嫌だから断るわけじゃない。それに、もうすぐ中間テストが近いだろ?」

「そういえば……そうだった」


 中間テストという単語を聞いて途端に顔を強張らせる千代田。

 

 ただ、それは勉強が嫌だからという反応かどうかは怪しい。


 なぜなら、この宗哲高校に在席する生徒にとっては、テストよりもその後に行われる投票のほうがずっと大きなイベントだからだ。

 

 普通教室棟の生徒たちにとってはクラスに残れるかどうかの瀬戸際であり、俺たち6組にとっては元のクラスに戻るためのチャンスでもある。

 

 ……ただ、新しいクラスになってすぐに追放された俺たちの場合、そのチャンスをモノにする難易度は高い。元のクラス内では既にそこそこの仲良しグループが形成されているだろうし、その中から自分に投票してくれる人を捜さなければならないわけだが、普通に学校生活をおくっていると彼らとは隔離されているため会うことすら難しい。


 だからこそ、向こうから相互投票を持ちかけられる為の特票が重要になってくるわけであり、それを獲得するためには、まずテストで学年上位三位以内に食い込まなければならない。


 結局、ほぼ負け戦確定の俺たちにとっては、その前に行われるテストのほうが大事だということだ。まあ、特票を得ているにも関わらず、万年6組という奴もいるから一概には言えないが……。


「でも、まだテストまで日数ある。だから、今日はやるでしょ? 息抜きも大事」


 顔を上げておそるおそるそう言った千代田に思わずため息を吐いてしまう。息抜きって……抜きすぎなんだよなぁ。それでうっかり忘れ物をしてしまったわけだし。


「仕方ないな。今日までだぞ」


 なのに、そう答えてしまう俺はやはりお人好しなのかもしれない。

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