第18話 千代田光の特技

 駅前にあるゲームセンター店内。薄暗い空間にはしるカラフルな閃光と自己主張の激しいレトロなピコピコ音。そこはまるで、別の世界にでも入り込んでしまったかのような雰囲気をかもしだしていた。


「なにする?」


 怪しげに映る光を浴びながらこちらに顔を向けた千代田の質問に、俺は困ってしまった。


「あー、えっとだな……」

 

 実はゲームセンターに来たことは数えるほどしかなく、遊びたいゲームはおろかどんなゲームがあるのかもよく知らなかった。


 ただ、数少ない記憶を引っ張っりだして、昔遊んだレースゲームでもしようかと思ったのだが……あいにく数台あるレースゲームは既に埋まっていた。


「とりあえず……あれ、やるか」


 慌てて視線を泳がせて、偶然目に止まったクレーンゲーム機を指さす。クレーンゲーム機内を照らす真っ白な明かりが、薄闇の中で目立っていたからに他ならない。


「取りたいものあるの?」

「あの、ぬいぐるみ……妹が好きなんだ」


 これまた取り繕うように指さした先には、血色の悪いウサギのぬいぐるみ。どうやら屍をモチーフにしているらしく、クレーンゲーム機の中で死んだようにぐったりしている。ゾンビのようにツギハギにされた目玉が恨めしそうにこちらを見ていた。なんとなく、先生が教室に置いているミハル君に似ている気がする。桜……すまん。


「……妹いたんだ」

「あぁ」

「ああいうの好きなんだ?」

「まぁ、な……」

「店員さん呼ぼうか?」

「なんでだよ」

「たぶん、あれ、動かしてもらわないと取りづらい」


 俺はクレーンゲーム機には慣れた風を装って、やれやれと肩を竦めてみせた。


「取りづらいだけだろ? そもそもクレーンゲームって、そういうのを楽しむモノだから自分で頑張るさ」

「……わかった」


 そうして、勇んでクレーンゲームに挑戦してみたものの、俺は彼女の助言を聞かなかったことを後悔することになった。いくら硬貨をつぎ込んでも、横たわるぬいぐるみを取ることができなかったからだ。このゲーム機設定ミスじゃないだろうか? いくら掴んでも力が弱すぎてずり落ちてしまうんだが。


 しかも、何度も動かしてしまったせいか、もはや絶対取れないような位置にウサギのぬいぐるみは顔を引っ掛けてしまい、今や恨めしそうな目玉は怨念でも宿ったかのように俺を凝視している。なんか、すまん。


「……あれ? 千代田?」


 財布の中の硬貨がなくなったことに気づいて両替でもしようかと辺りを見渡せば、先程まで俺の後ろにいたはずの千代田がいなくなっていた。


 まさか、迷子……なわけないか。


 一旦、クレーンゲームをやめて店内を探すと、千代田はメダルを手前に落として遊ぶ円形のゲーム機の一つに座っているのを見つけた。


 タッタラ〜。


 しかも、彼女の前にあるモニター画面には『アタリ』の文字が浮かび上がっていて、足元のポケットにはじゃらじゃらとメダルが落ちてきていた。俗に言う、フィーバータイムというやつらしい。


「あ、これ消化しといて」

「え?」


 彼女は近づいてきた俺を見つけると、メダルの入ったカップを俺に差し出してきた。


「……ショウカ?」

「うん。トイレいくから」

「あぁ。なるほど」


 どうやら、代わってほしいという意味だったようだ。


 俺はカップを受け取ると、言われたとおり千代田が座っていた場所に座って代わりに適当にメダルを投入していく。アタリの確率が上がっているのか、適当な投入でもアタリは何度も継続された。それはもう……恐ろしいほどに。店のスタッフが後ろを通る度に強い視線を感じる。不正とかはしてないんです……。


 心のなかで千代田がはやく戻ってくることを祈ったが、結局フィーバータイムが終わっても彼女が戻ってくることはなかった。お腹でも痛かったのだろうか?


 手にした多くのメダルを持ちながらその場で待っていたものの、千代田が戻ってくる気配はない。しびれを切らして店内をぶらついていたら、スロットコーナーの台の一つに座っている千代田を発見した。……おい。


「千代田……お前」

「え? なに?」

「……いや、もういい」


 純粋無垢な顔を向けてきた千代田に俺は責めることを諦めてしまう。怒ることはない……こういう奴なんだと認識を改めればいいだけ。


「ほら、このメダル返す」

「それ使っていい」

「いや、お前のだろ」

「どうせまた稼げるから。ほら」


 千代田がそう言った直後、彼女がプレイしていたスロット画面の数字が揃い、眩い光のあとに曲が流れ始めた。


 どうやら、また当たったらしい。


「このアニメの曲好き。当たったって感じする。脳汁ドバドバ」

「それ、そのアニメが好きの奴の前では絶対言わないほうがいいぞ」


 彼女がプレイしているのはアニメ作品のタイアップ機のようで、流れている映像から察するに、感動的なシーンで使われている曲のようだった。


 周囲には他にも遊戯している学生たちがいて、当たった千代田のことをチラチラと見ていた。しかし、千代田はそれに我関せず、まるで機械のようにリズムよくボタンとレバーを触りつづけている。


 もはや、彼らはおろか俺のことすらも眼中にない。


「……他で遊んでくる」


 そんな雰囲気に耐えかねて俺はスロットを離れてしまう。


 千代田と仲良く遊ぶためにきたゲームセンターだったのだが、どうも単独になりがち。ゲーセンってこんなもんだっけ? 疑問に思いながらも、近くにあった競馬のレースゲームが目に止まった。


 それはとても凝ったつくりのゲームで、ずらりとゲーム機が並ぶ中央には、本物さながらの競馬場の模型があり、馬の模型もゲーム画面と連動して動いている。


 最初は遊び方がよくわからなかったが、やってるうちにだんだんと理解できてきた。


 そうやって楽しんでいると、隣に座っていた老人が突然荒らげた声を発した。


「くそがッッ!!」


 ガンッッ! と自分の前にある台に向かって拳を振り下ろし、あたりは騒然となる。しかし、そんな周囲すらも見えていないのか、老人は怒りに任せてボタンに拳を振り下ろし続けていた。


「お客様! 困ります! あーっ! いけません! お客様!」


 すぐに駆けつけてきた男性スタッフがなだめようとしているが、激情した老人は構わず台パンをしている。たかがゲームだろ……と思わなくもない。


 そんな光景にあっ気取られていると、いつの間にいたのか、千代田が俺の服の裾をサッと引っ張ってきた。


「……行こう」 

「あ、あぁ」


 それに応じて席をたつ。俺だけじゃなく、他に人たちもそろそろと離れていく。触らぬ神に祟りなし。


 落ち着いた様子を見るに、どうやら千代田はこういったことにも慣れているらしい。


「ああいったことはよくあるのか?」


 十分に離れてから先を歩く千代田に聞けば、彼女は振り返ることなく首を横に振った。


「滅多にない。ゲームセンターでは」

「ゲームセンターでは?」

「パチンコ屋とかではたまにあるかも」

「入ったことあるのか……?」

「入れないよ。ただ、知ってるだけ」

「だよな……」


 まさかパチンコ屋に出入りしてるのかと思って驚いてしまった。だが、よくよく考えてみればそんなわけない。ただ、さっきスロットで遊んでる光景を見てしまったから、そんな風に考えてしまっただけだろう。

   

「問題を起こすのはだいたいよく見かける常連の人。注意してればトラブルは避けられる。たぶん店側もそういう人には目をつけてるんだと思う。新規の人ほど大人しく遊戯してるよ」

「そんなものか」

「うん。あの人は出禁かもね。問題起こせば出禁にできるから、泳がされてた可能性ある。店側の対応が早かったし」


 たしかに言われてみれば、スタッフの人が来るまでが異常に早かった気もする……。


「詳しいな……というか、よく来るんだな?」

「メダルを預けてる期限が過ぎない程度には。でも、今どきメダルゲームなんてオンラインでもできるし、よく来てたのは中学生のとき。今は別のゲームしてるから」

「へぇ。どんな?」

「FPS。一応、大会とかにもでたことある」

「まじかよ」


 驚いた。まさか千代田にそんな特技があったとは。


「でも大したことないよ。私くらいの人は山ほどいる。別に結果を残してるわけでもないし」


 あまり変わらない表情で淡々と千代田は語った。


 学校では、寝たフリをしている程度の印象しかなかったが、今の彼女には大人びた雰囲気を持っているように見えた。自慢しても良いようなことを疲れたように語っているせいだろうか。


 彼女はゲーム全般にも詳しいらしく、アタリを簡単に引いていたのも経験や知識によるものなのだろう。


 ……ただ、ゲームセンターにきてから、千代田が楽しそうにしているところを俺はまだ見ていない。


 あんなにもゲームが上手いのに、彼女は一秒たりとも笑っていなかった。

 

「楽しそうじゃないんだな」


 素直に告げたら、千代田は歩みを止めてジッとこちらを見てきた。薄暗いせいか、表情から感情を読み取ることはできない。


「楽しい」

「いや、楽しんでるようには見えないが」

「楽しめないなら最初からきてない」

「それは……来てしまったから楽しいってことか?」

「そんなとこ」


 彼女の返答には唸ってしまうしかなかった。

 千代田にとって楽しいかどうかは、『今』じゃなく『俺が誘った時点』で決まっているということなのだから。


「……もしかして、俺に気を遣ってるのか?」

「なんで?」

「いや、気を遣って楽しいって答えてるのかと」


 そう言ったら、千代田は腕組をして本気で悩み始めてしまった。頭の上にはあからさまな疑問符が浮かんでいる。


「……なんでもない。忘れてくれ」


 それに呆れて止めさせる。俺の考えすぎだったのかもしれない。そもそも、彼女が俺に気を遣っていたのなら、俺を放り出して勝手に別のゲームで遊び始めるはずがない。


「気を遣ってない。でも、誘ってくれたから楽しい」


 それでも、千代田は自分なりの言葉でそう言った。


 彼女の言いたいことが俺に正しく伝わったのかどうかはわからない。だが、それを聞くに、さっきの返答はあながち間違いでもなかったのかもしれないと気付かされた。


「もしかして……ここに来るとき、いつも一人なのか?」

「そうだけど?」


 それは、まるで「当たり前だ」と言わんばかり。

  

「……FPSは誰とやってるんだ」

「え? 野良の人」

「野良? 大会に出たことがあるって言ってただろ? 誰かとチーム組んでたりとかしてるんだろ?」

「ネットで募集とかしてたりする。でも、それだけ」

「……」


 なんとなく……千代田が可哀想に思えてきた。


 どうやら彼女にとっての『楽しい』は、言葉通り俺に誘われたかららしい。


「俺も一緒にゲームしてやろうか……?」


 そう言ったら、彼女の表情に変化がおきた。


「一緒にゲームしてくれる???」


 これまで死んだように半開きだった目が見開かれ、そこには生気が宿る。血色が戻る……というのはやや言い過ぎかもしれないが、それくらいのビフォーアフターが見て取れた。


「……あー、ごめん。やっぱり、いい」


 しかし、その変化はすぐに影を潜めてしまう。


「なんでだよ」

「やった事ない人を無理やり誘うのはちょっと……楽しくないかも」


 こいつ、今はじめて俺に気を遣ったな……。


 千代田の反応に呆れつつも、俺は彼女の心配を鼻で笑ってやる。


「お前と遊べる時点で楽しいからな? FPSが楽しいかどうかはあまり関係ない」


 千代田の理屈を言うのなら、俺だってもう楽しいはず・・・・・・・だ。

 

 そう言ってやったら、千代田はしばらく驚いたように俺を見上げていた。


「勝てないかもしれないよ?」

「そんなのは当たり前だろ。これから始めるんだから」

「イライラすることのほうが多いかも」

「そういうもんじゃないのか? ああいうゲームって」


 どんなにそう言ってやっても、彼女の表情はやはり浮かない。


「私とじゃ……楽しくないかも」


 だから、俺は千代田の言葉を借りてハッキリと言ってやった。


「お前と一緒だからやろうと思ったんだろ? 楽しめないなら、最初からやろうとなんてしない」


 その瞬間、再び彼女の目が大きく見開かれた。


 それからしばらく彼女は呆然としていたが、くるりと背を向ける。


「じゃあ……帰ってはやくやろ? パソコンでできるけど、ネット環境とか大丈夫?」

「問題ない。ただ、そこまでのやり方とかを教えてくれると助かるな」

「じゃ、じゃあ……連絡先交換する?」

「ああ」


 振り向いた千代田は、いそいそとスマホを取り出し始めた。下を向いているため表情は見えないが、声はうわずっているように思えた。


「あっ、そういえば……あの変なぬいぐるみは?」

「……取れなかった」


 変て言うなよ……変だけど。


 すると千代田は近くのスタッフを呼びとめ、先程のクレーンゲーム機まで行くと、ぬいぐるみが取りやすい位置への変更をお願いしてくれた。


 おぉ……。人見知りだから寝たフリしていたのかと思ったが、そうでもないらしい。


 その後、ぬいぐるみは彼女のクレーンの操作により、たった一枚の硬貨で取ることができた。それは、俺がぬいぐるみにつぎ込んだ金が徒労に終わる瞬間でもあった。


「ゲーム一緒にやってくれるお礼」

「あ、ありがとう……」


 そして、照れ笑いを浮かべながらぬいぐるみを差し出してきた千代田。彼女には「このぬいぐるみは口実でしかなかった」とは今さら言うことができず、俺は死んだようなウサギを受けとるしかない。はは……。


 まぁ、楽しんでくれるならヨシとするか。


 そうして俺たちはゲームセンターをでた。辺りはすでに真っ暗で、街の灯りが爛々と灯っている。

 駅前で分かれるとき、千代田は嬉しそうに手を振ってくれた。


 たかがゲームごとき・・・・・・・・・であんなに喜んでくれるなんてな?


 このときの俺は、そう考えていた。


 きっと……俺は疑問に思うべきだったのだろう。


 なぜ、千代田の目の下にはクマがあるのだろうか? と。


――その日の夜から、筋トレよりも酷い地獄が始まることになるとは、俺はまだ知る由もない。

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