ダンジョン2日め――第3層

 ビリーは内心の焦りを押さえて、メイジ狩りを続けた。アーチャーを含まない組み合わせでレベル上げを狙った。


 2日めの昼になって、ようやくレベル10まで上げることができた。ゴブリンメイジと同格になったはずだった。これでこの階層ではもはやレベルアップは望めなくなった。少なくともフロアボスに挑むまでは。


 矢のストックもほとんど底をついた。


 仕方がないので、時間のロスにおびえながらもビリーは第2層にわざわざ戻り・・・・・・・・・・、アーチャーを乱獲してドロップ品で矢を補充した。


 その苦しみの中、新たなスキルがビリーの体を震わせた。


 弓術「曲射」。


 軌道を曲げて矢を飛ばす技であった。


 ビリーはこれを使ってメイジの死角から矢を飛ばし、相手を倒す戦術を取った。これでようやく第3層で互角以上の戦いができるようになった。


「よし。まだ矢のストックは十分じゃないが、時間が足りない。ボス部屋を探してアタックの条件が整うのを待とう」


 ビリーが期待するのは矢のストック増加と新たなスキル獲得であった。第3層のフロアボスはレベル15のゴブリンジェネラルであった。今のままでは敵わない。


 自分が死んだらミライも死ぬ。無謀な賭けはできなかった。


 ◆◆◆

 

 時刻は恐らく既に午後の4時近辺。ビリーはボス部屋の前にいたが、いまだに矢は15本しかストックが溜まらなかった。

 あれから身に着けたスキルはたった一つ。


 剣術「無刀の極み」。


 徒手で相手を倒す当身技であった。ビリーは絶望した。


「レベル15のジェネラルに通用するわけがない!」


 スキルが必要であった。格上のジェネラルに通用する尖った威力のスキルがほしかった。


 壊れそうになる心をつないでギリギリの戦いを続けている時に、それはやって来た。

 「最悪」という言葉を異形に固めた存在。


 特異種イレギュラー


 第5層のフロアボスであるはずの「ゴブリンキング」が第3層に出現した。それはボス部屋の前で呆然と立ち尽くすビリーを見て、獲物を得た喜びに咆哮を上げた。


「ぐごぉあああああああああ!」


 そのレベル実に20。3メートルの巨体はダンジョンの天井に届くほどだった。


「ぁああああああああー!」


 ビリーは絶叫を上げながら、逃げた・・・。剣も、弓も放り捨てて全速力で走った。


「がぁああああっ!」


 キングは怒りの咆哮を上げてビリーの後を追い始めた。途方もない巨体であったが、走る速度も並外れていた。しかし、ビリーの全力の方がわずかに速い。

 汗まみれになりながらビリーはひた走る。どこをどう走ったかわからないが、とにかくアイツから離れなければ……。


「……!」


 やみくもに走っていると行き止まりに来てしまった。通路の先には1つの部屋しかない。後ろからはキングが起こす地響きが伝わってきた。


「ああああー!」


 ビリーはパニックを起こして目の前の部屋に飛び込んだ。

 薄明りの中で目を凝らすと、部屋の反対側に四角い物があった。近付いてみると蓋のずれた石棺だった。


 ここしか隠れる場所がない。


 恐怖に捕らわれたビリーは石棺に入り込み、必死に蓋をずらして身を隠した。真っ黒な闇の中で口を押えて息を殺す。


「がふぅううう」


 部屋の入り口からキングの息遣いが聞こえてきた。姿を消したビリーを探しているのだろう。足音が右へ左へと動き回る。


 ずん!


 とすぐそばで足音が響いた。


「ぐるぅうううう」


 石棺を横目で見たが、蓋を合わせた石棺はぴたりとふさがって隙間が見えず、ひとつの石材に見えた。


「があああああっ!」


 獲物を逃した悔しさを怒声に変えて、ドンと足踏みをすると、キングは来た道を引き返していった。


(行ったか?)


 ふと目を開けると、石棺の蓋に白い光がほのかに浮かんでいた。小さな光は見慣れた形に並んでいるように見えた。


(何だろう、この光は?)


 不思議に思いながらも、それより逃げなくてはとゆっくり石棺の蓋をずらしてビリーは室内に這い出た。

 恐ろしさにすぐには立ち上がれない。途方に暮れて天井を見上げると、夜空に星が見えた。


(ん? 何で夜空が?)


 目を擦って見直せば、それはやはり天井でそこかしこに白く光る点が散らばっているのであった。


(石棺の内側と同じだ)


 何か見慣れた配列に見える。首を動かして角度を変えてみると、夜空を星座が横切るように形が動いて見えた。


(星座――。そうか、北斗七星だ!)


 誰もが知っているひしゃくの形が部屋の天井に描かれていた。


(北斗七星。だとすると、北極星はこのあたりか……)


 目線を動かしていくとそれは壁の端、天井近くのところであった。

 闇に慣れた目だから見つけられたわずかな光。それに誘われて、ビリーは石棺の上に登り、壁の光点に顔を近づけた。


(穴が開いている。何だこの穴は?)


 好奇心に恐怖を忘れ、ビリーは直径2センチほどの穴を覗き込み、指を入れてみた。 

 底の方に押せば動く仕掛けがあった。

 

 誘われたようにビリーは指を押し込む。


 カチリ。


 音を立ててはまり込む感触があり、ガリガリと壁の中で何かが動き出した。


 ゴ、ゴゴゴゴ。


 壁の一部がへこんだかと思うと横にスライドして開口部が生まれた。どうやら奥に小部屋があるようだ。

 足を踏み入れてみると小さな祭壇がしつらえてあり、その上に黒いオーブが置かれていた。


(何のオーブだろう?)


 手を触れてみると、ビリーの脳裏にその正体が閃く。


 スキルオーブ「時の砂」。


 聞いたことのないスキルであった。ダンジョンの奥深く、宝箱からスキルオーブという物が得られることがある。

 それを手にすれば、納められたスキルを身に着けることができる。


 競売に掛ければ途方もない値段で売れるらしい。

 そう思った時、ビリーは絶望の音を聞いた。


「ぐふぅうううう……」


 壁の仕掛けが立てた異音に気づいたゴブリンキングが、部屋の近くまで戻って来ていた。

 その声を耳にした瞬間、ビリーの脳裏に走馬灯が廻った。そのどれもがミライの姿を映し出していた。


(俺は死ねない! こんなところで、こんな奴に殺されるわけにはいかない!)


 だがどうすれば良い? 剣も弓も既に手元には無い。無刀の極みが通用するような相手ではない。

 通用するようなスキルがない。スキル、スキル、スキル……。

 

 ビリーは手元のオーブを見た。「時の砂」。


 ビリーはオーブを胸に押し当てた――。


 キングはゆっくりと石棺の間に入って来た。

 

 ビリーの胸にオーブが沈み込む。黒い輝きが体を満たし、ビリーは「時の砂」の能力を理解した。


「時の砂」:触れた対象の時を10倍に加速し、この世とのつながりを奪い去る。クールタイムは使用時間と同じ。


 時を加速するとはどういうことか? ビリーは傍らの祭壇に手を置き、スキルを発動させた。


「時の砂!」


 バキッ!


 重い音を立てて祭壇の表面に亀裂が走った。ビリーの手形に沿って石が割れ、2センチほどの深さに砕けている。


「触れた部分が割れたのか……?」


 手が触れた部分では1秒が10秒となり、他の部分と違う時の流れを過ごす。その差がずれを生み出し、石を破壊したのだ。


「だが、こんな威力じゃキングは倒せない!」


 キングの分厚い皮膚を削るだけで終わるだろう。


 その時、ビリーは絶望を誘う音を聞いた。


 「ぐふぅおああ……」


 祭壇の部屋、その入り口をキングが覗き込んでいた。もう逃げられない。全力で走っても・・・・・・・


 その時、ビリーの頭の中で何かが弾けた。何かが壊れて、別の何かがカチリとはまった。


「わかったぞ! 時の砂ァアアアアアア!」


 ビリーは両足の靴を脱ぎ捨てると、裸足で地面に立った。


 次の瞬間、ビリーは白い光の矢になった。


 どおん!


 轟音を立ててゴブリンキングが吹き飛んだ。石棺の部屋中央に跳ね飛ばされ、何が起きたかと驚きながら立ち上がる。

 その前に立ちふさがったのは裸足のビリーであった。


「わかったぞ、時の砂。0.1秒を1秒に床の時間を加速してやれば、その反動で俺は1秒を0.1秒に圧縮することができる。0.1秒の間に俺は1秒分の力を伝えることができるんだ」


「0.1秒のスキル行使と0.1秒のクールタイム。それを繰り返せば俺は無限に加速できる!」


 ビリーは白い光となって壁を駆け上がり、天井を走る。まばゆい光を発しながらゴブリンキングに殺到した。


「食らえ! 無刀の極み!」


 運動エネルギーは速度の二乗に正比例する。時を10分の1に圧縮したビリーは通常の100倍の運動エネルギーを発揮できる。

 体重50キロのビリーが5トンの威力で殴りつけるのだ。


 ゴブリンキングは部屋の反対側まで吹き飛ばされた。ダンジョンの壁を揺らして激突する。


「これで終わりだ。時の砂!」


 白い光が走った後、ゴブリンキングの心臓に手刀を突き立てたビリーの姿があった。

 キングの心臓は時を加速されて砕け散った。


「ミライ! これがあれば俺は生き残れる! それだけじゃない。ゴブリンジェネラルを余裕で倒せる! 何度でも倒して、宝玉を持って帰れる!」


 凄まじい経験値がビリーに流れ込み、10だったレベルが18に上がった。スキル「剛力」「剛体」も得ることができた。


「もう3日目に入っている。とにかく朝までに帰って、医者に見せなくちゃ」

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