落穂拾い~ダンジョン乞食と呼ばれても、俺は夢を捨てない。~

超時空伝説研究所

ダンジョン乞食

「落穂拾い」。それは夫を亡くした寡婦かふ、養ってくれる者がいない老人、そして孤児にのみ許された仕事であった。


 

「お兄ちゃん、気を付けて行って来てね!」

「ああ。1人でも良い子にしてるんだぞ」

「うん。ミライはおとなしくして待ってるよ。だから早く帰ってきてね」


 ビリーは妹のミライに右手を上げて見せた。背中を向けたままで。


 心配そうな妹の顔を見たくなかった。

 心配そうな自分の顔を見せたくなかった。


 ビリーの背中には背負子しょいことズタ袋、そしてロープ、水袋とわずかな食料が背負われていた。

 手には不格好なこん棒がある。

 これが孤児ビリーの全装備であった。


 ビリーは1日おきにダンジョンに入っていた。間の日には獣や鳥を狩る。


 実入りはダンジョンの方が良かったが、心と体が持たないので毎日は潜れない。

 狩りには当たり外れがあったが、命の危険はほとんどなかった。


 妹のミライはまだ5歳だ。体が弱く、やせっぽちで力もない。

 ミライに腹いっぱい飯を食わせて、きれいな洋服を着せ、でっかい家に住ませてやりたい。それがビリーの夢だった。


 ダンジョンにはモンスターがいる。ダンジョンとは「モンスターがいる場所」のことだ。

 外の世界にモンスターなどという自然の摂理に反する物はいない。なぜダンジョンにはモンスターが発生するのか、偉い学者様にもわからんのだそうだ。


 ビリーにはどうでも良いことだ。ダンジョンは危険だが、稼ぎになる。

 稼ぎが得られれば、ミライに飯を食わせてやれる。それだけで良い。


 ダンジョンの入り口が見えた。ここは岩山の横っ面にぽっかり開いた洞窟になっている。


「何だ、お前? 『ダンジョン乞食』か?」


 入り口で佇む冒険者が尖った声をビリーに投げつけてきた。

「ダンジョン乞食」とはビリーのような落穂拾いを蔑んだ呼び方だ。


 相手をするとたいてい厄介事に巻き込まれるので、ビリーは会釈だけして通り抜ける。


「挨拶もできねえのか、この野郎!」


 何が気に入らないのか、冒険者はビリーの腰を後ろから蹴りつけてきた。


 来そうな気配がしていたので避けることもできたのだが、ビリーはまともに蹴りを受けて吹き飛んだ。


「あいたた……。ご勘弁を」


 大袈裟に腰をさすりながら立ち上がり、ペコペコと頭を下げて先へ進んだ。


「けっ! 景気の悪い顔を見せるんじゃねえ! ぺっ!」


 男は道に唾を吐いて、元の立ち位置に戻った。仲間が集まるのを待っているのであろう。ダンジョンは危険であり、通常は何人かでパーティーを組んで一緒に潜る。


 言い返すこともなくビリーはダンジョンの入り口をくぐる。今日も生きて帰るぞと、腹に力を込めながら。


 表の冒険者が何年ダンジョンに通っているか知らないが、このダンジョンに関して言えばビリーほど長く潜っている者はほとんどいない。


 6歳の頃から14歳の今日まで、8年潜って来た。8年生き残ったのだ。


 8年ダンジョンに潜ってから、偉そうなことを言ってみろ。言えるものならな。

 表の冒険者にそう言ってやりたいが、無駄なことだ。前にそれをやってボコボコに殴られたことがあった。


 冒険者はビリーより強い。全員だ。そうでなければ冒険者は務まらない。

 奴らは「スキル」か「魔術」を持っている。素手の喧嘩ならまだしも、能力を使われては太刀打ちできない。


 本来はそういう能力持ちでなければダンジョンに潜ることなど危なくてできない。

 ビリーのようにスキルも無いのにダンジョンに入るのは、命綱なしに綱渡りをするようなものだ。


 昨日上手くできたとしても、今日も無事とは限らないのだ。


 だからビリーは出かけるときに妹の顔を見ようとしない。妹の顔が目の前にちらつかないように。

 帰りたい気持ちが我慢できなくならないように。



 ダンジョンの第1層はゴブリンしか出ない。リーダーがいないので、組織だった戦いができない有象無象だ。


 ビリーの仕事はゴブリンと戦う事ではない。そういうのは冒険者の仕事だ。

 ビリーはただ「落穂」を拾うだけだ。


「落穂」とは畑の収穫で取りこぼした穂先のことであるが、ダンジョンでは「捨てアイテム」を拾い集めることを落穂拾いと呼ぶ。


 ダンジョンのあり様としてモンスターが発生し人を襲ってくるのだが、モンスターを倒すと何回かに一度武器や金、素材などを落とす。その代わり死体は光の粒となって消えてゆく。


 冒険者はそれを集めて歩くわけだが、運べる量に限りがある。荷物が多すぎては戦えない。

 なので価値の低いアイテムは拾わずに捨てていくのが通例となっている。それができないと早い段階で戦えなくなり、命を落とすのだ。


 特に第1層のような「低級階層」ではドロップアイテムの質が悪い。錆びた剣やら折れた矢などが出る。そんなものを拾って歩く冒険者はいない。

 しかし、価値がない訳ではない。


 鍛冶屋に持って行けば「鉄くず」として買い取ってくれる。それが「落穂拾い」の稼ぎとなる。


 それだけなら恨みっこなしで、蔑まれるいわれもないのだが、捨てた物を拾われると気分が悪い人間もいるようだ。


 もっと問題なのは、死人の遺物であった。


 モンスターに敗れて命を落とした冒険者。生き残りがいれば遺品を持ち帰れるのだが、重い鎧などは捨てていく。

 生き残りが少ない時などは、ほとんど置き去りにせざるを得ない。身内の人間に形見も残せないのだ。


 後で誰かが通りかかれば、そんな時のための「名札」を持ち帰ることがダンジョンの作法となっていた。

 ダンジョンでは外から持ち込んだものでも、金属以外は溶けてなくなる。死んだ冒険者が残すのは、金と武器、防具、そして金属の名札だけであった。


 落穂拾いをやっていると、低層階であってもたまには死人に巡り合うことがある。死はどこにでも訪れるのだ。

 名札以外は拾った人間の所有物となる。遺族がいても返す必要はない。


 元々帰らない物だったはずなので、理に適った習慣なのだが、人間は理屈だけでは割り切れない。

 身内を無くした悲しみを落穂拾いにぶつけて来る人間もいた。


「このハゲタカ野郎! 死んだ人間からむしり取るなんて……」


 そういって夫を亡くした女に掴みかかられたこともあった。こんな時、絶対に拾った物を返してはいけない。

 返してしまえば、今度は「落穂拾い」の仲間から村八分にされる。これはきつい。文字通り生きていけなくなる。


 ビリーはそうやって気の弱さを見せたがために、村を追われて行き倒れになった人間を何人も見た。


 落穂拾いをハゲタカ呼ばわりした女自身も、翌日からは落穂拾いになるのだ。仕来りにはそうなる理由が備わっている。


「あと少しだ。15になればスキルを授かれる。そうすれば俺も冒険者になれる。それまでは、絶対に生き残るんだ!」


 ビリーは肩をゆすって背負子を直すと、勝手知ったる第1層の巡回を続けた。

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