【底砂について】

「は、運びました……」


 礼は棚に水槽を運ぶと、息を切らしながら言った。


「空の水槽くらい一人で運べないとイカンぞ。これはバイクでいう引き起こしくらい基本的な事だ」


 自動二輪免許など持ってない礼に、その例えは解らなかったが、もはやツッコむ気力も無い。


「次は底砂だ。この大磯砂おおいそすなを、米を研ぐようにして洗うんだ。 水に濁りが無くなったら水槽に入れてくぞ」


 礼は息つく間もなくバケツに入った白と黒の砂利を洗い始める。


「底砂ってのは、その名の通り水槽の底に敷く砂で、大きく分けて砂利とソイルの2種類だ。砂利には今お前が洗ってる大磯砂の他にも、目の細かい川砂や白いものや赤いもの等色んなのがある」


 因みに大磯砂の由来は、かつて神奈川県大磯町の海岸で採取されていた事に因む。水質を変えずメンテナンスも容易な部類に入るため、アクアリウムの世界では広く扱われるベーシックな底砂だ。


「死んだ珊瑚を砕いたサンゴ砂なんてのもあるけど、これは海水魚や汽水魚、タンガニーカ湖の魚みたいなアルカリ性を好む魚にしか使わないんだよ」


 寅之介と唯の解説を聞きながら、礼は大磯砂を洗う。


「じゃあソイルってのは?」


「志麻姐さんの水槽に入ってるやつ。土を焼き固めたモンで、見た目も自然だし土に栄養が含まれてたりするから主に水草水槽で使う。だが人工的に固めてるから使ってる内に崩れて泥みてえになっちまうんだ。そうなったら全部新しいのに交換してまた一からセットし直し」


「志麻さんの水槽、大変なんですね……」


 礼が大磯砂を洗い終わると、寅之介はプラスチックのザルに柄が付いた様な器具を手渡す。


「洗った砂利を、そのジャリスコップで水槽に入れていくぜ。手前は厚さ1センチくらいで奥に行くほど高く盛っていけ。なだらかな坂を作るイメージだ」


「どうしてですか?」


「まず、その方が見栄えがいい」


「それに、水草を植えるのは奥の方になっちゃうから、草をしっかり植えて根を張れるようにする目的もあるんだよ」


「へぇ~……ところで、何で底砂って入れるんですか?」


 大磯砂を水槽に敷きながら、礼が訪ねる。


「一つは、さっき俺が言った『見栄え』だ。自然の風景に近づける為に入れる。二つ目は唯が言ったみたいに、水草を植える時に必要だ。そんで三つ目がバクテリアの巣にする為だ」


「ばくてりあ?」


「水中の老廃物を分解する微生物だよ。 底砂に住み着いたバクテリアが魚のフンや餌の残りを分解して、それを水草が養分にするの。 そのサイクルで水質も安定するんだよ」


「そっかぁ。 でも、 須磨先輩の水槽は敷いてないですね」


「ああ。これはベアタンクっつってな、大型魚や金魚、カメなんかは水草を食ったり抜いたりして植えられねえし、糞の量が多すぎて微生物に任せてらんねえからフィルターの濾過だけで何とか水質を保つんだ。 見栄えよりメンテナンス重視な飼育スタイルってところだな」


「ベアタンクですか……」


 ふと、礼は寅之介の180cm水槽を泳ぐ恐竜とウナギが合体したような魚と目が合った。その魚の名はポリプテルス・エンドリケリー。確かにこの魚なんかは砂や水草で綺麗にレイアウトした水槽よりも、無骨なベアタンクの方が似合いそうだ。


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