第067話 有耶無耶に出来たこと出来なかったこと

 キュウがうちにやってきた次の週の土曜日。


 俺は陰陽師協会へとやってきていた。


「よくやってきてくれた」

「いえ」


 俺と対峙しているのは田辺さん……と美玲だ。


「それで今日はどういう話ですか?」

「それは宿泊演習の再試験について、だな」


 話を切り出すと、田辺さんが答える。


「それなら他の受験者がいないのはおかしいと思うんですけど」

「それはおまえだけ特別だからだな」

「特別?」


 俺の疑問に返事をする田辺さんだが、より一層分からなくなって首を傾げた。


「ああ。お前は再試験の必要はない。合格だ」

「え? どうしてですか?」


 確かにある程度の実力を見せただろうが、途中からは夢と現実の区別がつかなくなってしまったので、有耶無耶になったはずだった。


 だから、俺も再試験するのが当然だと思うんだが、何故か必要ないという。


「そりゃあ。山伏がいた時までの動きだけでも十分な程の戦闘能力が確認できたし、あれだけ出来るなら問題ないだろうと判断したからだ。それに誰も信じてはくれないが、社に調査に向かった時のお前の行動やら何やらが夢だとは到底思えない。だから試験官である俺の判断でお前を合格とすることにした」

「いいんですか? そんなことして」

「いいんだよ。どうせ遅かれ早かれお前の実力は明らかになる。どうせ隠し切れないからな。勝手に広がっていくさ」


 結局の所、試験官の独断という所みたいだが、俺の問いに自信ありげに答える田辺さんは自分の言葉を確信しているようだった。


 何をもって自信があるのかは分からないけど、今回の件である程度の陰陽師の常識が分かったので、今後はそうはならないと思うけどな。


「買い被りだと思うんですけど」

「そんなことはないさ。それは、そこのお嬢様に質問して反応で大体分かった」

「え?」


 俺が苦笑して肩を竦めたら、田辺さんが顎で美玲を指し示してから意外な話をするので思わず呆けてしまう。


「……」


 俺が美玲に顔を向けたら、彼女は居たたまれない表情をして顔を逸らした。


 どうやらそういうことらしい。


「まぁ別に詮索するつもりはない。あれだけの力だ。良からぬことに巻き込まれることもあるだろう。まだ目を付けられない今のうちに周りを守れるように準備しておくことだ」

「そうですね。なんのことか分かりませんが、せいぜい身の回りには気を付けさせていただきます」


 田辺さんは確信しているようだが、俺はあくまで白を切り通してニコリと笑って返事をした。


 黒寄りのグレーと言った状況だが、これ以上は俺が認めない限り、黒になることはないだろう。


「そうしろそうしろ。それじゃあ、こちらで手続きしておくから協会員証を受け取ってから帰ってくれ。ちなみにその方の狐は――」

「田辺さん……世の中には知らない方良いこともあるんですよ」


 俺の肩に乗っているキュウを見て、田辺さんが恐る恐るその正体を尋ねようとするが、俺は遮って軽く威圧しながら忠告する。


 この子はただの白い子ぎつねのキュウ。


 外からは尻尾が一本に見えるようにしているからそうとしか見えないはずだ。霊力も押さえさせているので尚更だ。


「そ、そうか、そうだな。話は以上だ。これからは仲間として頼りにしているぞ」

「こちらこそ宜しくお願いします。あ、報酬の件は忘れないでくださいよ?」


 額に冷や汗をかきながら、席を立って俺に近づいてきて握手を求める田辺さんに対し、俺も立ち上がってそれに応じた。


 ただし、報酬の件は念を押しておく。


 ウチは貧乏なのでそこは譲れないのだ。キュウが増えて食費なんかも増えたしな。


「わ、分かってるって。後でちゃんと振り込むから」

「それならいいです」


 返事を聞く限り忘れていたっぽいが、言質は取れたので問題ない。


「はぁ……あれだけの働きに一体いくら払えばいいんだよ……。かみさん許してくれるかな……」


 部屋から去っていく田辺さんの背中は哀愁に満ちていた。


 しかし、美玲はまだ部屋から出ていくことなく、席に留まっている。


 どうやらまだ話は終わっていないらしい。


―バタンッ


「ご、ごめんなさい」


 田辺さんが部屋から出て言った途端、彼女は俺に深く頭を下げた。


「何がだ?」

「バレてしまって……」


 俺はなんの謝罪か分からずに聞き返したら、どうやら田辺さんに追及されて俺の実力が夢なんかじゃないことが知られてしまったことを言っているらしい。


「いやいいさ。田辺さんも誰かに言うことはないだろうしな。仮にも俺に命を助けられている状態だ。あの人はそういうことは義理を通してくれるだろう」

「そ、そうね。確かに」


 でも田辺さんが俺達の不利になるようなことをするとは思えない。付き合いのある彼女も同様のようだ。


 それにそもそも美玲が俺の力を隠すのに協力する義務はない。彼女はあくまで善意で俺の力を隠してくれているだけだ。


 それが少し漏れてしまったところで俺に責める権利なんてないし、むしろそうまでして隠してくれることに感謝しているくらいだ。


「これでお前に教えてもらうのも終わりか……」


 ふとこれで美玲との関係も終わりだと思うと少し寂しい気持ちになる。


「え?」


 しかし、美玲は不思議そうな顔をする。


「だってそうだろ? 合格したわけだし」

「そ、そうね……」

「今までありがとな。色々助かったわ」


 俺の説明を聞いて頷く彼女に俺は感謝を述べる。


 彼女いなかったら今の落ち着いた生活はなかっただろう。モルモットになって一生日の目を見ることが出来ない生活を送る……ということはなかっただろうが、陰陽師協会からは家族含めて一生隠れて過ごすことになっただろう。


 それは俺の本意ではない。


「え、ええ……いえ、まだ終わってないわ!!」


 しかし、彼女は急に返事を翻した。


「どうしたんだよ急に」

「だから、まだ終わってないわよ。私も不本意ながらあんたに助けられた。恩を受けておいて何も返さないなんて葛城家の娘としてそんなことは出来ないわね」


 彼女の剣幕に困惑しながら聞き返せば、彼女はまだ俺に対する礼が出来てないという。


「別にそんなこと気にしなくてもいいだろ。たまたま運が良かっただけなんだから」

「いいえ駄目よ。ちゃんと借りを返すまであんたの陰陽師生活をサポートしてあげるわ。どう? 嬉しいでしょ?」


 俺がヤレヤレと返事をしたら、彼女は名案とでも言いたげな様子で俺に不敵に笑いかけた。


 こりゃあ諦めそうにないな……。


「はぁ~、しょうがねぇな。何言っても聞きそうにないし勝手にしろ」


 俺は何を言ったところで付きまとってきそうな彼女に、こそこそと付きまとわれるよりは自分の視界に置いておいた方がまだマシかと説得を断念した。


「勿論勝手にさせてもらうわ。それに太極属性の謎もまだまだ解明できていなんだからね」


 俺が許可した途端、美玲はふふんと鼻を鳴らして嬉しそうに語りだす。


「そっちが本音じゃないだろうな?」

「ち、違うわよ!! こ、これでも本当にあんたには感謝してるんだから!! 助けてくれてありがと……」

「お、おう」


 そんな彼女をジト目で見つめたら、彼女は焦りながら否定した後、ぼそりと素直に俺に礼をいった。


 俺は彼女の珍しい姿に少し面食らって返事に困る。


「でも勘違いしないでよね!! ほんのちょっと感謝してるだけなんだから。別にあんたのことなんかどうでもいいんだから。ただ、葛城家の娘としての義理を果たしたいだけなんだからね!!」

「はいはい、そうだな……」


 俺の反応を見て恥ずかしそうにそっぽを向いて言い訳をする美玲を俺は適当にあしらう。


 俺はうるさい彼女を無視して窓から外を眺める。そこからは普段と変わらぬ街の姿が見えた。


 どうやら俺の陰陽師生活はこれからも波乱が続きそうだ。一体いつになったら平穏な生活が送れるのだろうか。


 そんなことを考えた後、俺は第五級陰陽師という最下級の協会員証を受け取って、美玲とやいのやいの言い合いながら身体強化で家に帰るのであった。

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