緑の熱

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第1話 

緑の熱

 私は玄関から外に出なかった。正門の裏側に押し込む前のバネのような階段がついており、そこから出入りを繰り返していた。不登校だからといって、外に出ないわけではない。学校の勉強は家ではやらなかったが、リュックサックの中に指定された教材を一冊だけ入れて、それを持ち歩いていた。

 無地の黒い帽子を被ってマスクを着用した。幼く見られると時間が勿体ない気がした。学生服は目立つから着たくなかった。私はそこらを歩く人達よりも、自信に満ち溢れている。

 若くとも絶望とは無縁だった。ゲームセンターで音ゲーを何回かプレイしてから、日の当たらないベンチに座り、スマホをさわった。それで満足だった。一日の内の一回くらいは勉強しようかな、という気分になるのでその時だけリュックの中に入った教科書の存在を思い浮かべる。指定された教材を開くよりも、スマホを開いてネットやAIで調べ上げた方が、私の中では誠実だった。

 今日は昼の2時頃から人と会う予定がある。私が待ち合わせの場所にたどり着くと、彼女はコンビニの前で湯気の出ているフライドチキンを頬張っていた。

「きみの分も買ったから。ハイこれ、お姉さんからの反抗祝い」

 私は紙袋に包まれた、骨無しのチキンを受け取った。両手で持つと熱いくらいだった。

「ここのコンビニの商品ですか?」

「うむ」と言って彼女は歩き始めた。私はそのあとを追った。

「凄いですね。あの店からこんなに揚げたてのチキンが手に入るだなんて、私は考えられなかった。それに、ママについても、反抗とは言えませんが、はじめてちゃんと話せました。でも、気持ち悪いって言われた」

「君はよくやってるよ。あとで詳しく話してくれたら、それでいいよ」

 私は中学のテストを受けていない。教科書の内容についてどれくらい理解をして覚えているのか、正確なことはわからない。

 戦争体験者の人が学校に来てから、それ以降私は大人の言うことを無視するようになった。結論からいうと、あの講演は無意味であったとしか思えなかった。

 戦争の話は、何度も欠伸が出そうになるほど退屈だった。つまらないもので時間を無駄にしたという思いが、見知らぬ相手に批判的になる原因なのはわかっていたが、それを抜きにしても演劇っぽい話しぶりには警戒心をもった。話し方に抑揚をつけたり、意識的な間を作りながら話なれている壇上の人は、追われる心配のなくなった小動物のように見えるのだ。

 私は小学生の頃に、歩いて行ける距離の図書館に通って、哲学関連の本を読んでいた。原著を読むような語学力は無くて、その頃の私は今よりも余裕がなかったので、翻訳本か、有名な著書の解説本か、哲学者に対する評論を読んでいた。もちろん哲学の試験なんて無かったので、どれくらい内容を理解して読んでいたのかは今でもわからない。

 自分を疲労させるために、それらの本を開いていた。徹底的に突き詰めていくような哲学者の文章は、私を既存の教育課程から自由にしてくれた。

 それと私は、私の考えを説明しようとするとき、自分が幼稚に見えるのを発見した。会話をしようとすると巨大な氷塊に迫られるような危機感を覚えていた。

 ミステリー小説はデブに近しい、と思った。謎のお姉さんもデブだった。どんなに悲惨な事件を耳にしても、自分の満足が欠けているという気づきのほうが、私は熱心に興味を持った。

「事件の犯人は常に女子中学生」

 この文章を読んだのはSNSでハッシュタグを付けずに、

「中学生 犯人」

 と検索したからだった。意味がわからないのになぜか私は、その文章に惹きつけられていた。アイコンを設定していないアカウントの投稿で、これ以外にも色々な箴言のような言葉をいくつも呟いている。それはまるで、大人の都合によって自分を動かされることを拒んだ、生身の中学生のようだった。

 私は何もする気にならない。暇だから絵を見た。美術全集に乗っているレンブラントだ。いつも記憶よりも暗く見える。色が暗い、絵のほうが多いと思う。なにか様子のおかしい、男を見つけると本は大事にしなきゃなと思う。


山道


安土山をみたわたしが

もしや神様ではないかと

ほんの少しだけ思います

嘘だと思う相手もいませんから

マルコ・ボーロの赤ちゃんのお菓子

鼻につめる

とかを考える

いい感じになる

免許が無くても走れるし

飛びたいなんて思わない

もし工事現場に人形がいたら

やっぱり人間は優しいと思います

かならずしもそうでなくとも

色のない世界であっても

山道は素敵です

そうでしょ

フランケンシュタインさん

頭悪いふり辞めてみなよ

みんな離れていく

だったらもうぼくら詩人になるしかないね

枝や葉なんて見向きもせずに


 わたしは時々、詩を書いてみる。問題はどこで終わらせたらいいかさっぱりわからないことだった。これは、なんというか、人にきけない。でも、常日頃からたずねてる感じがしていた。家から一歩も出ないときでさえも。


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