067 隠し事


「大変です!!」


 馬車は仲間に託し、馬を乗り換えダンマーク辺境伯領から急いで帝都に戻ったヨーセフ・リンデグレーン宰相は、フレドリク皇帝がいると聞いた中庭に滑り込んだ。


「急にどうしたんだ?」

「そんなにホコリまみれで、何があったの?」


 そこには、フレドリクとルイーゼ皇后が穏やかな時間を楽しんでいたらしく、ヨーセフの焦りようを見てものほほんとしている。


「それが! ……いや、その……」


 いますぐ報告をしたくても、ヨーセフはルイーゼの前では喋りたくない内容なので言い淀む。


「何やら一大事みたいだな。執務室で話そうか?」

「ええ……」

「ルイーゼはそのままお茶を楽しんでいてくれ」

「うん。何があったか、あとで聞かせてね」

「ああ。またあとでな」


 ヨーセフがルイーゼをチラッと見たことで引き離したほうがいいと察したフレドリクは、笑顔で執務室に向かうのであった。



「なんだと……」


 ヨーセフから、帝国では元奴隷の死者が多数出ている可能性があると聞いたフレドリクは、あまりのことに固まってしまった。


「エステルの言葉を信じるのはしゃくですが、可能性は高いです。それと、いまから行動を起こしても、もう遅いのも……」


 ヨーセフも本来ならば有能なので、移動中も様々な可能性を模索していたのだが、結論は変わらない。


「ふざけるな! どうしてそんなことになっているんだ!?」

「それは調べてみないことには……まずは、正確な元奴隷の数と、死者数の確認が必要です。それを領主が語るかは、怪しいですが」

「クソッ! 何かいい案がないか考えよう。使いを出す!!」


 フレドリクは怒りはあるようだが、このまま行動に移してもいいことはないと自分に言い聞かせ、信頼厚いカイ・リンドホルム近衛騎士長とモンス・サンドバリ神殿長を急いで呼び出した。


「経緯はいま言った通りだ。だが、領主に知られないように行動しなくてはならない。私たちとしては、領主を隔離して、各地にいる神殿の信者を使うほうが正確な死者数を聞き出せるのではないかと話し合っていたのだ」


 フレドリクとヨーセフの頭脳を持ってすれば、2人が到着する前にある程度のアイデアはまとまっていたので、あとは細かい詰めだけ。


「そうだな……各地で小隊に一斉に襲撃させれば、他の領主に情報は伝わらないと思う」

「神殿は……各地の信者での調査ですね。ただ、元奴隷を受け入れるとなると、数が多いと厳しくなると思います」


 カイもモンスもすぐに対応策を提示できたが、いまある大穴を塞ぐには足りない。それをヨーセフとフレドリクが埋める。


「辺境伯がやっていたように、食料を馬車に積んだ救出部隊を送らないといけないでしょうね」

「だな。神殿のほうで、人を借りられないか? いや……元奴隷にやらせたらいいか??」

「そうですね……何人かの信者を指揮官にして、元奴隷を10人ほど連れて行けば、現地にも信者がいるからなんとかなりそうです」

「うん……いけそうだな……」


 有能な4人が集中すればあっという間に作戦は決まったのだが、その時ヨーセフが大事なことを思い出した。


「あ……」

「どうした?」

「麦……他国への買い付けを忘れて帰って来てしまいました……」

「それは仕方がない。これが落ち着いたら城から人を派遣するから、いまはこの危機を一緒に乗り越えよう」

「そうだぞ。誰のおかげでこの危機に気付けたと思うんだ」

「ええ。この情報を急いで持ち帰ることこそが、何よりもの手柄です」

「みんな……」


 些細な失敗はなかったような言い方のフレドリク、カイ、モンス。その言葉に、ヨーセフも感動していつもより力を発揮するのであった。


 でも、もとを正せば、これはエステルが口を滑らせたことが始まりなのに……



 それからしばらく経って、フレドリクたちの作戦は見事に成功した。その報告をいまかいまかと帝都城で待っていたフレドリクたちの元へ、第一報が届く。


「思っていたよりは少ないが……」

「はい。帝都の近くでこの数なら、遠くへ行くほど増え続けるでしょうね……」


 近場の報告だけでは楽観視ができないと続報を待つフレドリクたち。その予想は正しくもあり、最悪の報告。

 報告が届く度に一桁二桁と死者数が跳ね上がるのだから、作戦の成功など喜ぶこともできなかった。


「これで最後か……」


 ダンマーク辺境伯領周辺以外でも死者数がかなり少ない領地もあったが、それはまれだったので、最後も覚悟を持って報告書を読んだフレドリク。そしてヨーセフに渡して集計させると、およそフィリップの予想した数字となった。


「「「「こんなにも……」」」」


 何度見ても変わらない数字。帝国は総人口の1割近く、700万人以上もの命を失っていたのだ。



「唯一の救いは、辺境伯が早くに動いてくれていたことか……」


 約5分もの沈黙を破ったのは、フレドリク。気を取り直してこれからのことを話し合う。


「そうですね。いまや帝都より活気のある場所と言ってもおかしくない場所です。マネをすることが、一番の近道でしょう」


 ヨーセフは辺境伯領を隅々まで調べていたから、ノウハウまではわからないけど元奴隷がどんな職業に就いて働いているかはわかる。

 それを元に会議を進め、元奴隷の処置が決まったら、次は領主たちの処分。ルイーゼの顔が浮かんで死刑まではしなかったが、代官は左遷、貴族は平民に落とされるのだから実質死刑と言っても過言ではないだろう。


 これらのことをたった2日でやり遂げたら、最後の難関についてヨーセフがフレドリクに質問する。


「皇后様には、このことは……」

「隠す……ルイーゼなら、自分のせいだと思って耐えきれないだろう。だから元奴隷にも近付けさせるな。皆でルイーゼを守るんだ」

「「「はっ!」」」


 完全に、奴隷制度廃止を急がせたルイーゼのせいだと言うのにそれを告げず、初めてルイーゼに大きな隠し事をする4人であった……

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