060 イーダとの別れ2


 エステルとイーダが思い出話に花を咲かせた翌日……


 辺境伯夫婦に別れの挨拶をしたイーダを見送りに、エステルとフィリップが外まで出ていた。


「それにしても、辺境伯様から売って貰ったこの馬車は、ぜんぜん揺れないのですね。行きもほとんど寝ていたので、すぐに着いた感じになりましたよ」


 到着直後にはフィリップのせいで出来なかった話をイーダはいま思い出して褒めると、エステルはコソコソと小声で喋る。


「これは、殿下が鍛冶師や職人と共に作り上げたのですわ」

「え……これを殿下が……」

「あの話を覚えていますわよね? もしかすると馬のいない馬車も、思ったより早くできあがるかもしれませんわよ」

「夢物語ではなかったのですね……」


 馬車の製作者を知ったイーダは驚いてフィリップを見たけど、フィリップはプイッと目を逸らすので、ちょっとイラッとしてる。

 そのことに気付いていないエステルは、あまり引き留めると帰りが遅くなってしまうと思って挨拶に戻る。


「子供もいるのだから、体には気を付けるのですわよ」

「お気遣い感謝します。エステル様も、でん……エリク様と仲良くしてくださいね」

「ええ。エリクも挨拶ぐらいしなさい」


 外なのでイーダも設定を思い出して言い直すと、エステルもエリクと呼びながらフィリップの背中を押した。


「まぁ……大きな旦那によろしくね」

「なんですのその言い方は……イーダの夫はそんなに大きな人でしたか?」

「いえ。普通ですよ。エリク様と比べれば誰でも大きく見えるだけですよ。ウフフフ」

「笑いやがったな! そっちが広がっただけだろ!?」


 しかし、よかれと思ってやったのに、フィリップはケンカ腰。なのでエステルはフィリップを背中に隠して別れの挨拶をする。


「次回はマルタも誘ってお茶会をしますわよ」

「はい! マルタも来年には産まれるはずですので、子供が落ち着いた再来年には会えると思いますよ」

「そんなにかかるのですの……でしたら、私たちで会いに行きますわ」

「え……エステル様は無期限の蟄居ちっきょ中じゃ……」

「そんなモノ、あってないようなモノですわ。先日も、エリクと他領に行ってもバレなかったのですからね」

「マルタ、喜ぶと思います……」

「わたくしもマルタに会うのが楽しみですわ」


 別れはここにいないマルタという女性の話題で持ちきり。それでも時間が来れば、別れなくてはならない。エステルとイーダは、ハグをして再会を約束するのであった……



「さて、エリク……イーダと何があったのですの?」


 イーダを乗せた馬車が走り出して肉眼には小さな点に変わった頃、エステルはフィリップを問い詰める。


「べっつに~」

「身長で怒るのは知ってましたが、それ以外にも何かあったのですわよね?」

「何もないって~。しいてあげるなら、別れ話がこじれてケンカ別れになっただけだよ」

「いつもそんな別れ方をしてますの?」

「してないしてない。もっとスマートだから、揉めたことなんて一度もないよ」

「これからは気を付けるのですわよ」

「は~い」


 エステルはそれ以上問い詰めて来なかったので、フィリップもいい返事。辺境伯邸に2人で戻るのであった。


 ちなみにイーダとの別れ話は、酷い物。

 エステルが仕事をしているのをいいことに、2人でイーダの泊まる予定だった宿屋の一室に入って、アメリカ映画の恋人どうしみたいにドアを閉めた瞬間からはっちゃけたまではよかったのだが、ベッドでもつれてから事件が起こる。

 2人とも最初の盛り上がりがあったからいちおう最後までしていたのだが、どちらもフィット感に違和感があったので、終わってからは2人とも天井を見上げるだけで一言も発さず。

 10分後ぐらいに違和感のことをお互い同時にボソッと言ったがために、どちらも尊厳を傷付けられたとケンカになってしまったのだ。


 綺麗な思い出がこうなってしまったのは、イーダの夫のせい。ナニとは言えないが大きかったから、以前と同じようには愛し合えなくなっていたのだ。

 このことはさすがにエステルに言うのは恥ずかしくなった2人。だからイーダは領地に帰ってからメイドに愚痴り、フィリップは酒場で隣に来た女性に愚痴を聞いてもらうのであった。

 フィリップだけは愚痴だけで終わらず、確認してもらって「普通」と言う言葉にガッツポーズしていたらしいけど……



 イーダが帰ってからひと月ほどが経ち、フィリップとエステルの仲は少しずつ前進しているけどまだまだの状況のなか、ホーコンから相談があるとフィリップは執務室に呼び出された。


「あ~……新年の祝賀パーティーね」

「二度目の登城も断っているので、どうしたものかと思いまして」


 帝国では年に一度、領主や貴族を一斉に帝都に集めて皇帝と謁見する催事がある。これは領主たちの忠誠を確認するためもあるが、昨今では形式的な物となり、もっぱら貴族たちの社交の場となっている。


「行きたいなら好きにしたらいいけど、今年は人が集まるのかな~?」

「確かに……半分近くはお取り潰しにあって、代理ばかりでしたな。これでは例年のようにはいきませんな」

「あ、やっぱ欠席で」


 フィリップが閃いた顔で欠席を指示するので、ホーコンはまた悪巧みかと考えている。


「うちって、元奴隷の移動禁止令、破りまくってるじゃん? いま行ったら帰って来れなくなっちゃうかも??」

「あ……」

「呼び出しの理由、それも足されているかもよ?」

「あ~……欠席したほうが無難ですな」


 ホーコンが納得して方針が決まりかけたが、フィリップはまだ続ける。


「欠席したら欠席したで、あらぬ疑いをかけられそうなんだよね~……長男を送り込もっか? 次期当主なら、向こうも満足っしょ」

「もし、もしも何かあったら……」

「大丈夫大丈夫。向こうには聖女ちゃんがいるから大丈夫だって。いいことしてるんだから、死にはしないよ」

「……信じていいのですよね??」

「アハハハ」


 フィリップが笑っているので、ホーコンはますます信じられず。しかし、これ以上いい案もないので、何も知らないベルンハルドに最低限の知識だけ入れて送り出すのであった……

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