005 ホーコン・ダンマーク辺境伯
フィリップがダンマーク辺境伯の屋敷に到着した翌日の夕暮れ時に、待ち人来たる。エステルからは当主の帰宅の知らせはあったが、説得に時間が掛かると言われたので客室に待機し、いまかいまかとその時を待つフィリップ。
その時は意外と早く来て、ウッラの案内で応接室にての面会となった。
「わははは。殿下、よく決断されました。さらに娘まで貰ってくれるとは幸福の至り。我らはいくらでも援助させていただく所存ですぞ! わははは」
大柄で筋肉質のオジサン、ホーコン・ダンマーク辺境伯は笑いながら手を差し出して来たのでフィリップは手を取る。
「それは助かるけど、ぜんぜん聞いていた話とは違うね。皇家に怒っていたんじゃないの?」
「ここだけの話、皇帝陛下にはそのような感情を少しありました。なので、なんとかフィリップ殿下に立ち上がってもらえないかと常々思っていたところです」
ホーコンがベラベラ喋ってくれるので、フィリップも額に怒りマークを作った。
「ハメやがったな……」
そう。これだけウェルカムモードの第二皇子派閥なら、エステルとの交渉は必要なかったのだ。
「何をおっしゃっているかわかりかねます。わたくしとの結婚がありましたから、お父様は浮かれているだけですわ。ですわよね?」
「わははは。そうだそうだ。そうだった。わははは」
「辺境伯は、少しは腹芸を覚えたほうがいいよ?」
元より竹を割った性格なので、フィリップの注意はホーコンには伝わらず。全員座るようにと促され、フィリップからソファーに腰掛け、ホーコン、エステルと続き、執事がお茶を出して退室した。
そこでエステルが司会をするように喋り始める。
「先ほど説明した通り、皇帝陛下は奴隷制度を廃止なさると殿下が情報を持ち寄り、協力を求められておりますわ」
「それなんですが、その情報は本当に正しいのですか?」
ホーコンの質問に、フィリップは腕を組んだまま静かに答える。
「この耳で聞いた。止めようとしたら追い出された。僕がこう言っているんだから疑わないで」
「信じたいのですが、まだうちにも入っていない情報だけで動くには、かなり厳しいので……もちろん我らは協力を惜しみません。ただ、他の領主や貴族は、殿下のお話だけでは動いてくれないでしょうな」
「確かに……表舞台に出ないヤツは信用できないか……」
「私の言葉に怒らないどころか、そのことにご自分で気付くとは、殿下は思ったより聡明であらせられる」
「いまの言葉は褒め言葉と受け取ってやるよ」
「ははっ! 寛大な処置、痛み入ります」
ホーコンが頭を下げるが、フィリップは興味なさそうに質問する。
「で……領主たちを動かす手は何かないの?」
「まずは、殿下の発起だけを伝えましょう。さすれば、皇家に反感を持つ者はかなりの数が集まるでしょう」
「だろうね。でも、それは却下」
「理由をお聞きしても?」
「あとで話すよ。えっちゃん、昨日の宿題はどうなった?」
ホーコンの問いを冷たく流したフィリップは、エステルには考えさせていた奴隷解放対策を振る。
「簡単ですわ。勅令書は破り捨てて、第二皇子軍で進軍すればいいだけですわ。さすれば、早急に解決になるでしょう」
「チッ……親子揃って脳筋だね。それも却下」
「何が気に食わないのですの? 第二皇子の名を出せば、皇帝陛下のやり方に不満を持つ者がそれ相応の数が集まりますわよ」
「それ相応じゃダメなんだよ!」
フィリップはイラつきを見せて、部屋の中を歩きながら喋る。
「まず、お前たちはあの2人をナメすぎ。第二皇子軍? 何人集まるかわかっているの? 先だって軍事費を下げられたのだから、総数から減っているんだよ。仮に6割の兵力を集められたとしよう。その数は、たったの36万人だよ」
「それたけあれば充分でしょう。何が問題ですの?」
「ああ。ここにさらに退役した兵隊が集まるのだから、40万は堅いな。相手はおよそ半分。これでどう負けるんですか?」
「だからナメすぎだ!!」
楽観的なエステルとホーコンを怒鳴り付けたフィリップは、頭を掻きむしりながら歩く。
「帝国の人口を思い出してみて。1億人だ。兄貴に反感を持つ者は、どんなに多く見積もっても1割にも届かない。戦争になったら、必ず残りがあの2人の味方に付くよ。敵は20万? 大違いだよ。九千万人の帝国人が敵だ!!」
「「……」」
エステルとホーコンは同時に息を飲む。フィリップの熱弁に押されたわけではなく、フレドリク皇帝とルイーゼ皇后の人気があれば、その説は間違いないと計算してしまったのだ。
「運良く帝都まで攻め入れても、帝都民だけでうちの倍だ。攻めあぐねていたら、後方から襲撃を受けておしまい。武器や練度が違うとかつまらないことを言わないでよ? 数の暴力には勝てない。特に神殿のヤツらなんて、手が千切れようが足が千切れようが向かって来るよ。これがお前たちの策を却下した理由だ。異論はある?」
「「いえ……ありません……」」
早口で2人を言い負かしたフィリップは、ドスンとソファーに腰を落として足を組む。
「んじゃ、次は僕の策だね。お前たちが不安に思うなら、僕の案も却下だ。その時は、一緒に隣国に行こうよ。さあ、楽しい悪巧みの時間だ」
フィリップはニヤリと笑い、今まで温めていた策を披露するのであった。
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